第17話 春季東京都大会ベスト一六

 六月に入り鎌倉学館は、第九九回全国高等学校野球選手権神奈川大会に向けて最後の練習試合を行う。対戦相手は西東京の片倉城高校だ。


 レン達鎌倉学館野球部の面々は、バスに揺られ片倉城高校を目指して移動していた。

 鎌倉学館は小型バス、中型バス、大型バスをそれぞれ数台ずつ所有しており、部活や課外授業などの際に活用されている。

 今回レン達は小型バスを利用していて、運転は中型免許を所持している先生が務めてくれていた。


「今日の相手はどういうところなんだい?」

「片倉城高校は春季大会ベスト一六の学校です」


 日本の高校野球について詳しくないレンが尋ねると、彼女の前の席に座っている瞳が解説を買って出た。


「東京の春季大会は東西で分かれないので超激戦区です。その中でベスト一六になっているので相応の実力があると見て良いでしょう」


 夏の選手権では東東京と西東京に分かれている東京都だが、春季大会では分かれていない。

 東西に分かれていても激戦区として有名な地区であるが、春季大会では東西に分かれていないので超激戦区になるのも道理であろう。


「横浜総学館とどっちが強いんだい?」

「そうですね。横浜総学館だと思います」


 春季大会でベスト一六になる程の片倉城高校だが、横浜総学館と比べると恐らく格下になるだろう。

 激戦区である東京だが、神奈川は魔境と呼ばれる程、常に超激戦区である地区だ。その中で揉まれている横浜総学館の方が格上と見て間違いないだろう。


「ちなみに片倉城高校は吹奏楽部が有名ですね」


 片倉城高校の吹奏楽部は全国常連である強豪だ。


「それは鎌倉学館うちもだな」


 涼が言う通り鎌倉学館の吹奏楽部も全国常連であり、金賞を何度も受賞している。


「何にせよ、大会に向けて最後の練習試合だ。勝って本番を向かえようじゃないか」


 これまで他県のベスト八やベスト一六である高校を中心に練習試合をしてきたが、四勝五敗と負け越している。主将としては今日の試合に勝ち、勢いをつけて本番に臨みたいところであろう。


 そうして話している間に、鎌倉城高校に到着した。


◇ ◇ ◇


「それでは、今日のスターティングメンバーを発表します」


 スターティングメンバーを発表するために、早織は部員達をベンチに集めていた。


「一番中堅手センターヴィュルケヴィシュテさん」


 出塁率が高く、盗塁を何個も決めているレンを一番に抜擢した。

 練習試合では特に打順は固定されておらず、様々な打順を試している。


 そして、今日のスターティングメンバーは以下の通りになった。


 一番 中堅手 V・ヴァレンティナ

 二番 二塁手 椎名飛鳥

 三番 左翼手 N・セラフィーナ

 四番 三塁手 岡田涼

 五番 一塁手 武内攸樹

 六番 遊撃手 杉本恵李華

 七番 捕手  守宮千尋

 八番 右翼手 佐伯静

 九番 投手  市ノ瀬澪


 全試合でクリーンナップを任されている涼を打撃の中心と考えているのだろう。

 出塁率が高く足のあるレンを一番に据え、自ら打つ事も出来て小技も上手い飛鳥を二番に置く。

 そして高打率を誇るセラを三番にして、打撃の中心と考えている涼に四番を任せる。

 仮に涼が打ち取られても、打撃全振りと言っても過言ではない攸樹を五番に据える事で打順に厚みを持たせ、続く六番には何でも出来る恵李華を置いて、あらゆるパターンに対応出来る様にしている。

 捕手である千尋は守備に集中出来る様に下位打線に据え、守備走塁のスペシャリストである静を八番に置き、九番に投手を据えた打順だ。


 そうして試合が開始される。


 先攻である鎌倉学館の一番打者であるレンが、左のバッターボックスに入った。


(さて、一番だし見ていこうかな)


 相手投手の球筋や球種を詳らかにする事にしたレンは、相手投手の球数を稼ぐ事にした。


 初球のフォーシームはストライク、二球目のスライダーはボール、三球目のフォーシームもボールとなった。

 続く四球目はスライダーがストライクで、ツーボール、ツーストライクとなる。


 五球目に投じられたフォーシームをカットし、ファールにする。六球目のカーブもカットした。

 そして、七球目に投じられたスライダーはボールとなり、カウントはスリーボール、ツーストライクとなる。


 八球目、九球目のフォーシームは共にカットする。


(ったく、しつこいっ! これで終わりよっ!)


 粘るレンに苛立ちを募らせた投手は、十球目にチェンジアップを投げた。


 緩急でタイミングをずらされたレンは何とかカットする。


(焦ったー。危ない危ない。チェンジアップもあるのか)


 レンは気を取り直してバットを構え、一一球目に投じられたフォーシームを再びカットした。


「うわぁ。あれは困るねぇ」


 レンが相手投手に球数を投げさせているのをベンチで見ていた亜梨紗は、心底嫌そうな顔をする。


「お陰で存分に相手の球を見させてもらっているがな」


 苦笑を浮かべる涼は、相手投手の球筋を確りと観察していた。


「あっ、フォアボールだ」


 投手が一二球目に投じたカーブがボールとなり、フォアボールとなったのを確認した亜梨紗が呟く。


「あれだけ投げさせられた結果、フォアボールになるのは気が滅入るのよね」


 春香は同じ投手として、相手投手に少し同情した。


 そして、二番打者である飛鳥が左打席に入った。


 飛鳥に対して初球はボールとなった。

 相手投手はレンに球数を投げさせられた挙げ句に、四球を出してしまった事で調子が狂ったのかもしれない。


 続く二球目、レンが盗塁を仕掛けた。

 レンが盗塁を仕掛けたのを視認した飛鳥は空振りをし、盗塁をアシストした。

 捕手は二塁にすかさず送球するが、レンは悠々セーフとなる。


 そして飛鳥は三球目を捉え、二遊間の深いところに打球を飛ばした。

 二塁手は何とか追い付いて捕球するも、内野安打となる。

 その間にレンは三塁へと進塁しており、ノーアウト、一塁三塁となった。


 チャンスの場面で、三番打者であるセラに打席が回ってくる。

 セラは初球を流し打ちし、レフト前ヒットを放った。これでレンはホームへと還り、一点を先制する。


「ナイスバッティング」


 一塁に進んだセラは、一塁ベースコーチを務める慧と互いの拳を突き合わせた。


 ノーアウト、一塁二塁となって、四番である涼に打順が回ってくる。

 その涼は外野フライとなり、ワンナウトとなったが、飛鳥がタッチアップに成功してワンナウト一塁三塁となった。


(くっ。不甲斐ない)


 悔しがる涼は、五番打者である攸樹に耳元で一言声を掛けてベンチに下がって行った。


 チャンスが続く場面で、攸樹は右打席に入る。

 だが、残念ながら攸樹はショートライナーとなってしまう。ヒット性の当たりだっただけに不運であった。


 そして六番である恵李華が打席に立つが、セカンドゴロとなり、スリーアウトになる。


 初回の攻撃は、チャンスの場面で一点しか奪う事が出来なかったのであった。

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