第16話 クロストレーニング

 現在レンとセラは、球技大会での出場競技であるバスケットボールの初戦を向かえるところである。

 一年C組であるレンとセラのクラスは、二年L組との対戦だ。


 レンとセラは共にスターティングメンバーである。

 そしてティップオフし、試合が開始された。


 一年C組のセンターを務めるバレーボール部所属のがボールを味方にトスし、一年C組のボールから試合は始まった。ちなみに、このバレーボール部所属のは身長一九二センチである。


 トスされたボールを拾ったパワーフォワードを務めるハンドボール部所属のが、ポイントガードを務める中学までバスケットボールをやっていたにボールを渡す。

 ハンドボール部のは身長一八〇センチであり、ポイントガードを務めるは一六三センチである。


 ポイントガードがボールを運んでアイソレーションの指示を出し、ゴール下に向かって果敢にペネトレイトを仕掛けた。

 マークマンを抜き去ったところで、相手のシューティングガードがヘルプに来た事によりフリーになった、左側のスリーポイントラインで待機していたシューティングガードを務めるセラにパスを送った。


 パスを受けたセラは、綺麗なフォームからスリーポイントシュートを放つ。放たれたシュートは綺麗な軌道を描きリングに吸い込まれていった。これで一年C組が三点を先制した。セラの見事なキャッチ&シュートであった。

 ちなみにセラの身長は一七七センチだ。


「上手い」


 試合を見物していた誰かが、一連のプレーを見て無意識に呟いていた。


 相手のスローインから再開される。

 相手はセンターラインを越えて、数回パスを繋いだところでジャンプシュートを放った。放たれたシュートは残念ながらリングに弾かれる。

 

 弾かれたボールをパワーフォワードを務めるハンドボール部のが確りとリバウンドで確保した。そして彼女は自陣のスリーポイントライン付近にいたセラにボールをパスする。


 パスを受けたセラは自らボールを運んでいき、相手スリーポイントラインを越えた辺りで、彼女の逆サイドから走り込んできたスモールフォワードを務めるレンにアリウープパスを送った。


「え?」


 セラのマークをしていた相手のシューティングガードは、予想外のプレーに呆けた表情を浮かべる。


 パスを空中で受けたレンは、そのままアリウープダンクを叩き込んだ。


「は?」


 一連のプレーを見物していた全ての者が呆気に取られ、場を静寂が満たした。


 アリウープダンクを叩き込んだレンは、ダンクをした流れのまま片手で数秒リングにぶら下がっていた。

 手を放し地面に着地すると、我に返った見物人達から歓声が沸き起こる。


「凄いっ!」

「生でダンク初めて見た!」

「しかもアリウープ!」

「ダンク出来るんだっ!?」

「かっこいい!」


 沸き立つ見物人達とは対照的に、平静なレンはセラの元に歩み寄った。


「ナイスパス」


 レンは精確なパスを供給してくれたセラとハイタッチを交わす。

 

 豪快なダンクを決めたレンの身長は一八三センチだ。


 そうして試合は順調に進んで行き、この対戦は圧勝したのであった。


◇ ◇ ◇


 球技大会も三日目を無事終了し、レン達野球部員は寮に戻っていた。

 食堂では夕食に興じながら、球技大会について話題が盛り上がっていた。


「レンちゃんとセラちゃん大活躍したんだってねっ」

「噂になってるよ」


 球技大会でのレンとセラの活躍についた亜梨紗が話題を振っている。慧も噂を耳にしたと言う。


 レンとセラの二人の球技大会の結果は、バスケットボール優勝、テニス優勝、サッカー準優勝である。


「バスケではやられたよ」


 亜梨紗達の話を聞いていた涼が肩を竦めた。


 レン達は決勝で涼のクラスである三年D組と対戦していた。


「中を固めれば外からやられ、外を固めれば中からやられる。どうしようもなかったよ」


 ゴール下を固めれば、レン、セラ、ポイントガードの三人にスリーポイントを決められる。

 外を厳しくすれば、ゴール下からレン、パワーフォワード、センターの三人にやられる。


 確率で言えば、当然外からの方がシュート成功率は低いので、中を固める事を優先しても、リバウンドもレン達に取られるという無限ループであった。


「テニスとサッカーも凄かったわね」


 春香は試合光景を思い出すかの様な仕草をする。


 テニスでは、レンとセラのダブルスで抜群のコンビネーションに相手は為す術がなかった。

 サッカーでは、二人が共にセンターバックを務め、鉄壁の守備を構築した。攻撃でも、ビルドアップでゲームを作り、ミドルシュートやセットプレーからのエアバトルで数得点をあげていた。


「二人共、何でもスポーツ出来るんだね」

「何でもは出来ないけど、アメリカでは複数のスポーツを掛け持ちするのは当たり前だからね」


 アメリカでは複数のスポーツをこなす事は当たり前で、誰もが子供の頃からなるべく多くのスポーツを経験し、高校生になっても複数のスポーツを行う事が奨励されている。


 アメリカのスポーツ部活動はシーズン毎に分かれているので、意志さえあれば複数のスポーツを掛け持ちする事が可能なのである。


 地域や学校によって多少の違いはあるが、一般的にカリフォルニア州の主な高校各スポーツ部のシーズンは以下のようになっている。


 秋(八月~一一月)

 フットボール、クロスカントリー、女子バレーボール、女子テニス、など

 冬(一二月~二月)

 バスケットボール、サッカー、レスリング、など

 春(三月~六月)

 陸上――トラック競技、水泳、男子バレーボール、男子テニス、ラクロス、など


 この様に、どのシーズンも二、三ヶ月程度の長さでしかない。なので選手は一つのスポーツに専念する事も、複数のスポーツに参加する事も、制度上可能なのだ。


 オフシーズンの過ごし方は完全に選手達の自己判断に任せられているが、スポーツ指導者としては、別のスポーツに参加する事を選手に強く奨励している。専門のスポーツ以外に多種目のトレーニングを取り入れる方法をクロストレーニングと呼ぶが、オフシーズンに別のスポーツを行うことが、絶好のクロストレーニングになると考えられているからだ。


 これは、アメリカでは特に珍しい考え方ではない。どのスポーツ指導者も、自分達のチームの選手が別のスポーツを経験する事を奨励しているし、クロストレーニングを否定する指導者も恐らくいないだろう。


 大学スポーツのスカウトが選手を評価する際に、その選手の専門スポーツでの成績は勿論だが、他にはどんなスポーツをやっていたかを重視する事もある様だ。


 クロストレーニングのメリットは何かと考える際には、逆に特定のスポーツのみを行うデメリットを考えるとわかりやすいかもしれない。あるスポーツに特化すればするほど、特定の動きを特定の身体の部分を使って繰り返し行う事になる。


 例えば、野球の投手ピッチャーは片腕だけでボールを投げる動作を繰り返す。ピッチングに限らず、どんなスポーツでもある技術の上達には反復練習は欠かせないが、度が過ぎてしまうと特定の筋肉や関節に疲労が溜まり、怪我のリスクを増やしてしまう。


 同じ事を長期間に渡って繰り返す事による精神的な飽きも避けられない。技術的にも体力的にも上達が足踏みし停滞期に陥る事もある。


 そこで敢えて専門とは異なる動きのスポーツを積極的かつ計画的に取り入れる事で、普段行っているトレーニングで欠けている部分を補い、身体能力の向上とスポーツ障害の予防を同時に目指すのがクロストレーニングなのだ。


 日本のスポーツは武道的な精神修養の一面が強調されるあまり、一つの事に打ち込む事を良しとする土壌がある。そしてそれが高いレベルの技術を生み出す事もある。少年野球でもサッカーでも、世界的に見て日本の子供達の競技レベルは非常に高い。


 その一方で、高校、大学と年齢が上がるにつれて、燃え尽き現象やスポーツ障害などの弊害が数多く発生している事も事実だ。


 何よりも大切な事はスポーツを楽しむ事。アメリカのスポーツ文化にはその考えが根底にあるので、複数のスポーツに挑戦したり、専門外のスポーツをレクリエーションの様に楽しみながら行うクロストレーニングが推奨されているのだと思われる。


 クロストレーニングのメリットには以下の事柄があげられる。

 ・飽きがこない。

 ・天候や施設の空き状況に柔軟に対応する。

 ・全体的な運動能力が向上する。

 ・全身のコンディションが改善する。

 ・怪我のリスクが軽減する。

 ・ある筋肉を休めている間に別の筋肉を鍛える。

 ・ある部分の疲労を回復しながら、基礎体力を維持する。

 ・専門とするスポーツからは上達しない身体能力が高まる。

 ・複数のスポーツを行う事によって、将来の選択しが増える。


 実際に複数のスポーツでドラフト指名を受ける選手もいる。

 あるスポーツでプロとして活躍した選手が、引退後に別のスポーツでプロになる例もある。


 長くなったが、以上の事をレンは皆に説明した。


「へぇ。じゃあ、レンとセラも複数のスポーツをやっていたって事か」


 話を聞いた涼が、納得した様に呟いた。


「あぁ。私は野球の他に、バスケとアメフトを主にやっていたよ。後は時々サッカーもやっていたかな」

「私も野球の他に、バスケとアメフトを主にやっていたわよ。たまにテニスもやっていたわね」

「皆もたまには他のスポーツをやってみたら良いと思うよ」


 レンが皆に他のスポーツを行う事を勧めていると、いつの間にか早織が食堂にやって来ており、レンの意見を採用する事にした。


「良いですね。私も元々クロストレーニング推奨派です。なので折角の機械ですから、我が野球部の伝統にしましょう」


 特に対外試合禁止期間に他のスポーツを体験するのがベストだろう。勿論、普段から別のスポーツに取り組むのも構わない。


「皆さんも、野球以外にどのスポーツをやってみるか考えておいてくださいね」


 早織が部員達に他に何のスポーツをするか考えておく様にと話している頃、レンは学校全体でクロストレーニングを推奨する事を伯母に提案しようと思考していたのであった。

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