第12話 予測

三対〇で迎えた二回の表の守備は、横浜総学館の主将で四番の坂木を先頭打者として迎える。

 その坂木には、三球目のカーブをライト前に打たれノーアウト一塁となった。


 続く五番打者には四球フォアボールとなり、ノーアウト一二塁となる。


(攻めた結果だ。仕方ない)

 

 打者を打ち取る為に攻めた結果四球を献上してしまったが、千尋は積極的に行った結果として割りきり次の打者に集中する。


 ランナーを得点圏に進ませてしまった後の六番打者には送りバントでランナーを進められてしまい、ワンナウト二三塁となった。


 ここで千尋はタイムを取り、投手である春香の元へ向かう。

 内野陣は集まらずに、捕手である千尋一人だけだ。

 マウンドに野手が二人以上集まるとタイムの回数制限を取られてしまうためだ。


「リードしていますし一点は仕方ないです。二失点目は防ぎましょう」


 千尋はグラブで口元を隠しながらマウンドにいる春香に声を掛ける。


「そうね」

「とは言え態々一点くれてやるつもりもないので、内野には前進守備のサインを出しますから多少コースはずれても良いので低めを意識してください」

「えぇ。わかったわ」


 戻った千尋は内野陣に前進守備のサインを出し、右打ちの七番打者を迎える。


 初球スライダーがボールとなり、二球目はフォーシームがアウトローに決まりストライクとなった。

 そしてワンボール、ワンストライクとなる。


 千尋は三球目、インローにシュートのサインを出す。


(これで詰まってくれれば御の字)


 サインに頷いた春香は、要求通りに確りインローにシュートを投げ込んだ。


(長打はいらない。確実にランナーを還す!)


 打てると判断した七番打者はバットを振った。


(シュート!?)


 フォーシームだと判断してバットを振った七番打者だったが、投じられた球はシュートだった。


 そして打球は詰まった当たりになっていた。

 内野を越し、センター前に落ちる様な打球だ。


(落ちろっ!)


 七番打者は一塁に走りながら打球がセンター前に落ちるのを祈っていた。


 その打球に対して、中堅手であるレンが猛ダッシュで前進していた。


(届く!)


 打球に届くと判断したレンは、前進したまま滑り込み、確りとグラブで打球を捕球した。ファインプレーである。


(嘘っ!? あれに追い付くの!?)


 その光景を見届けた七番打者は、悔しいという気持ちよりも驚きと称賛が先行していた。


 この打球ではランナーもタッチアップ出来ず、ツーアウト、ランナー二三塁となったのである。


「どんまい。あれは仕方ないよ」


 七番打者は一塁のベースコーチをしている子に慰められていた。


(助かった)


 正直、内野前進守備のサインを出さなければ定位置に居た二遊間のどちらかが捕球し、アウトに出来ていたであろう打球だったので、サインを出した事に少し後悔していた千尋は安堵した。


(でも、普通あの打球に追い付く? 打者が打つ前から動いていた様に見えたけど。後で確認してみよう。とにかく今は次の打者に集中だ)


 次の八番打者に集中すべく、千尋は気持ちを切り替えた。


 内野の守備位置は定位置に戻す。

 結果八番打者をセカンドゴロで打ち取って、この回も無失点で切り抜けたのであった。


◇ ◇ ◇


「麗子さん。さっきの滑り込んだままボール取ったやつ凄かったですねっ」


 丁度二回の表の攻撃が終わったところで、桃井が北村に少し興奮気味に声を掛ける。


「それにあの、凛々しくて格好いいですよぉ」

「格好いいかはともかく、確かにさっきの守備は凄かったわね」


 桃井に声を掛けられた北村は、桃井の格好いいという台詞を軽く流してレンに鋭い視線を向ける。


(あの守備範囲は高校生レベルを越えている。純粋に足が速いというのもある様だけれど、それだけじゃない。きっと打球予測がずば抜けているのね。それにその前の回の打撃バッティングも良かったわ)


 レンに鋭い視線を向けている北村は、思考の渦に潜っていた。


(あのは一体何者なのかしら? 私としたことがノーマークだったわ)


 考え込んでいた北村に、レンについて桃井が指摘する。


「見た感じあのハーフっぽいですよね。髪も綺麗なブロンドですし」


 顔は遠くてはっきりとは確認出来ないが、レンのプラチナブロンドの髪は確り確認出来た。


(そうか。あくまで推測だけれど、中学までは外国にいたってことかしら。あのなら日本で野球をやっていれば名は知られている筈だものね。今後は要注目よ)


 一人納得した北村は、飛鳥、澪、千尋だけではなく、レンの事も含め、鎌倉学館の事を注目すると心のメモ帳に確りと記載しておくのであった。


◇ ◇ ◇


 鎌倉学館の二回裏の攻撃が始まっている頃、ベンチで千尋はレンの隣に座り質問をしていた。


「さっきのセンターフライになった打球、予測してた?」

「確かに打者バッターが打つ前には既に前進していたよね」


 千尋の質問を近くにいて聞こえていた恵李華がレフトから見ていて気付いた事を補足する。


「ん? 予測していたよ」


 質問に対してレンは事も無げに肯定する。


「恐れく打者バッターは確実に内野を抜く事を考えていただろうから、無理に長打は打たないだろうというのが一つ」


 レンはそこで一息ついてから続きの台詞を口にする。


「あとは、打者バッターのスイングや、春香の投球の球種やコースでも判断して、最後にボールがバットに当たった時の音で確信したって感じだね。それでも間に合って良かったよ」

「・・・・・・なるほど。杉本さんは出来ます?」


 説明を聞いた千尋は恵李華に話を振る。


「私? 無理だよ。無理無理。そもそも私本職は二塁手セカンドだし」

「ですよね」

「あー、でも、静なら出来るのかな?」


 恵李華は現在打席に立っている静に視線を向けた。


「静、外野守備だけなら超高校級だと思うし」

「静ならやっているよ」


 恵李華の指摘にレンがまたしても事も無げに肯定する。


「やっぱり!?」

「うん」


 自分の予想を肯定された恵李華は、驚きの表情を浮かべてレンに確認した。


 事実、元々静は普段からレンと同じ事をやっていた。

 レン程のレベルではないが、同じ事をやってのけているのだ。


(やっぱりこのチーム、思っていた以上にポテンシャル高いな)


 レンと恵李華の話を聞きながら、千尋は自分のチームのポテンシャルを再認識していた。


(いや、普通に私も出来ませんけど。というか二人のやっている事はプロでも特に外野の守備を売りにしている一部の選手がやっている事ですよ)


 三人の会話が耳に届いていた早織は心の中でツッコミを入れる。


(ですが頼もしいですね)


 早織は生徒達を頼もしく想い、微笑みを浮かべるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る