第11話 攻撃
「さて、初回の攻撃が始まりますが、始めに一つ言っておきます」
一回裏の攻撃に向けて準備をしている生徒達に早織が声を掛ける。
「必要があればサインは出しますが、各々自分の判断でプレーしてみてください」
早織は全員の姿をしっかりと見渡してから、続きの台詞を口にする。
「私は言われた事を言われた通りに行う、言われなければ何も出来ない選手を育てるつもりはありません。自分達で考え自分達の判断で行える選手を育てる方針です。ですが、サインを出した時はしっかりサインを実行してくださいね。守備の時は捕手を中心に自分達で考えて判断してください」
「当然だよ。そんな軍隊の様な、つまらない野球なんてしたくないからね」
早織の言葉にレンが同意を示す。
「まぁ日本は時代遅れな軍隊式の教育が好きだからね。私の偏見だけど」
この国では野球に限らず、他のスポーツや学校教育も昔ながらの軍隊式の教育を好む傾向にある。
言われた事を言われた通りに行う、マニュアル通り、個性を殺す、皆一緒、皆同じ、その様な下らないものに固執している。
むしろ教育を受ける側も、その事に何の疑問も持たずに喜んで受け入れている。
余計な事はせずマニュアル通りにやる。
個性なんて不要、周囲から浮きたくない。
変わっていると思われたくない。
皆と同じがいい。
皆と一緒、皆と同じなら安心、怖くない。
その様な人間を量産している現在の教育方針。受ける側も何の疑問も抱かない。
心底下らないものである。
もちろん全員とは言わない。そうではない者もいる。
昔はその様な教育方針が適していたし必要だった。
だが今は時代が違う。
そんな時代遅れな事をしていて恥ずかしい限りだ。
だが、教育現場でも徐々に変わってきている所もある。良い傾向だ。
なのでレンとしては、早織の方針には大賛成である。
「ヴィルケヴィシュテさんの言葉は少々辛辣ですが、私の考えと同じという事です」
レンの言葉に苦笑を浮かべていた者もいたが、全員が納得したのか一様に頷いた。
「それじゃ、行ってくるよ」
そう言って、飛鳥はバッターボックスに向かって行った。
◇ ◇ ◇
「早速椎名さんの打席ね。要注目よ百合ちゃん」
「あのぉ、麗子さん」
意気込んでいる北村に桃井の気の抜けた声が掛かる。
「私、良く知らないんですけど、その椎名さんという
「え? 百合ちゃん椎名さん知らないの!?」
「知らないですぅ」
桃井の言葉に驚いた北村は愕然とした表情を浮かべる。
驚愕した北村であったが、落ち着きを取り戻し桃井に説明をする。
「百合ちゃん。椎名さんは元U-15日本代表のキャプテンよ」
「へぇ~ そうなんですかぁ。凄いですねぇ」
いまいちわかっていない桃井の様子に北村は苦笑を浮かべる。
「百合ちゃんが元々スポーツ誌志望じゃなかったのは知っているけれど、少しは勉強しましょうね」
「はぁ~い」
桃井は元々ファッション誌を志望して入社したが、配属されたのはスポーツ誌だったのである。
その様な話をしていると、飛鳥が左打席に入った。
◇ ◇ ◇
(鎌倉学館で最も注意すべきなのは、この椎名だ。先頭打者を塁に出して勢いに乗らせる訳にはいかない)
横浜総学館の捕手は、鎌倉学館で最も注意すべきなのは飛鳥だと判断する。
その飛鳥を簡単に塁に出す訳にはいかないと、配球を組み立てる。
石野は初球スライダーをアウトローのストライクゾーンからボールに外れるコースに投げる。
そのスライダーを飛鳥は見逃してボールとなった。
二球目はインハイにフォーシームを投じる。
飛鳥はこれを見逃してストライクとなり、ワンボール、ワンストライクとなった。
そして三球目、アウトローの際どい所に投げ込まれた打球を飛鳥は打ち返して遊撃手の頭を越える打球となり左中間に飛ぶ。
その間に飛鳥は二塁まで走り二塁打となり、ノーアウト二塁となった。
続いて二番打者である恵李華が左打席に入る。
(手堅く送るのも良いけど、折角の練習試合だし打ちに行ってもいいよね)
恵李華は手堅く送りバントでランナーを二塁に送る事も考えたが、折角の練習試合なので打ちに行く事にした。
恵李華に対して石野は初球アウトローにフォーシームを投げた。
このフォーシームはストライクゾーンギリギリに決まりワンストライクとなる。
二球目はインローにスクリューを投じる。
恵李華は投じられた打球を打ち返し、一塁線に切れるファールとなる。
三球目、インローに投じられたフォーシームを打ち返す。
打った打球はセカンドゴロとなり、その間に飛鳥は三塁に進塁して恵李華の打席は進塁打となった。
これでワンナウト三塁だ。
チャンスを迎えて打席に立つのは三番打者のセラだ。
セラが左打席に入る。
(先制点頂くわね)
セラは二球目のスライダーを捉えてセンター前ヒットを打つ。
これで三塁ランナーの飛鳥がホームに還って一点を制する。
そしてワンナウト一塁の場面で四番のレンに打順が回る。
(遠慮なく初球から行かせてもらうよ)
レンは初球、アウトローに投じられたスクリューを打ち返し右中間に打球を飛ばす。
中堅手である秋本が打球を追い捕球した所で、一塁ランナーであるセラは既に三塁を回っており、打ったレンは二塁に到達しようとしていた。
秋本は中継に入った早坂に送球するが、セラは悠々と本塁に帰還する所であったので三塁に向かって走っていたレンを補殺すべく三塁に送球しようとするが、無理と判断して送球を諦めた。
当のレンは悠々と三塁ベースを踏んでいた。
(
思ったより変化したスクリューに、真芯で捉えるのに失敗した様だ。
兎も角これにより鎌倉学館は二点目を追加し、尚も走者三塁のチャンスを迎えていた。
続いて、五番打者である涼が右打席に入る。
(ここは最悪犠牲フライだな)
涼は初球、失投気味のフォーシームを捉え外野、レフト方向に打球を飛ばした。
打球の行方は、横浜総学館の左翼手が少し後退して捕球をしレフトフライとなった。
レフトが捕球したと同時にレンはスタートを切りタッチアップを敢行する。
当然レフトも予測しており、助走をつけて捕球した流れのままホームへ送球するが、間に合わずセーフとなり三点目を追加した。
(ほんとに犠牲フライになったか)
自分に課していた最低限の仕事を、本当に最低限こなした事実に涼は複雑な心境になっていた。
(まぁ、ランナー還したし良いか)
前向きに考えた涼は気持ちを切り替え試合に集中する。
ツーアウト三塁となって六番打者である千尋に打順が回ったが、その千尋は三振しスリーアウトとなってこの回の攻撃を終えるのであった。
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