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中央都。
それは、彰が転移してきた国『マテラス王国』の首都である。
その街には空に向かって伸びる高層ビルも、血管のように張り巡らされた電線も、エンジンを唸らせる自動車も無い。代わりに見えるのは、中央に建つ大きな城と、綺麗に舗装された石畳の道路、そして、その上をガタゴトと揺れながら走っていく馬車だ。
当然、そこに暮らす人々も日本人ではない。現代日本では見ないようなデザインの服に身を包んだ人々が街を歩いている。彰が一番驚いたのは、剣を提げ軍服に身を包んだ軍人が素知らぬ顔で街に立っている光景だ。
現代日本とは明らかに違う文明が、目の前で平然と成り立っている。「実は壮大なドッキリでした」という彰の僅かな希望は、ここで潰えることとなった。
さすがに血糊のついたボロボロの服で街を闊歩するわけにはいかない。二人は手ごろな服屋に立ち寄ると、ヨハンは適当に服を見繕って買ってくれた。
その足で近くの宿屋まで行くと、一部屋借りる。
彰は自分の着ていた学生服を畳むと、ベッド脇にある棚に置いた。この学生服だけが、元の世界に所以する唯一のものだ。捨てるか悩んだのだが、結局持っていくことにした。
「さて、早速で悪いんだが、君に会わせたい人がいるんだ。」
「会わせたい人……って、もしかして、転移者の誰か?」
「いや、残念ながら違う。実はこの街にも転移者は居たんだが、一年前から行方知れずでね。」
「行方知れず?」
「そうだ。まぁ、詳しい話は今から会う人に聞いてくれ。彼女の方が詳しい。」
行方不明。それは、元の世界へ帰ることができたという事だろうか。だとするならば、彰の転移した数年前に、その人物が帰ってきているはずだ。
だが、元の世界で異世界転移の話を聞いたことはなかった。よく考えてみると、異世界に行ったと主張しても、まともに取り合ってくれる人はいないかもしれない。
どちらにせよ、ヨハンが紹介したいという人物が何かしらの手掛かりとなることは確かだ。
彰はヨハンと共に宿屋を後にした。
―――
ヨハンが連れてきたのは、中央都の街の中でも群を抜いて大きな建物だった。建物だけでなく周りのほとんどが、その建物の敷地らしい。
国立中央都総合研究棟というのが、この建物の正式名称だ。ただ、この街の人々は、赤煉瓦づくりの建物から『赤煉瓦棟』だとか、『研究棟』だとか好き勝手に呼んでいるようだ。
総合研究棟という名前通り、この施設には国中からあらゆる分野の優秀な研究者たちが集められ、日夜、最新技術の研究が行われている。
「ここは元々小さな建物だったんだが、アルフレッドという科学者が大改造案を国王に直訴したんだ。」
「アルフレッド?」
「あぁ、言ってなかったな。彼が一年前に行方知れずになった転移者だ。」
異世界転移者は日本人だけだと勝手に思っていたが違うらしい。転移者に会えば、何らかの情報を入手できると思っていたのだが、もしも見つけた転移者が日本語を話せなかったら、情報交換以前の問題である。ただ、それについて考えるのは後回しだ。
二人は建物の出入り口を見張る兵に会釈すると、その大きな建物の中へと入っていった。
入ってすぐの受付でヨハンが名前を告げると、受付の女性は笑顔で通してくれた。顔パスならぬ、名前パスである。
ここで行われている研究は、全てこの時代の最先端を担うはずの物であり、その流出は最も避けなければならないことである。その施設に名前だけで入れるという事は、この男はもしかしたら、この世界での凄い人物なのかもしれない。
彰がヨハンの背後でそんなことを考えていると、彼はとある部屋の前で立ち止まった。彰はふと上を見上げると、今いる廊下の天井に「兵器開発部」とかかれた看板が提げられている
兵器という文字を見て固まる彰の横で、ヨハンは一切の躊躇なく扉を開けた。
「相変わらずだなぁ。」
部屋の様子を見てヨハンが呟いた。
その雑多に物が置かれた部屋では、一人の女性が机に突っ伏していた。その周りには様々な書類が山積みにされており、まるで壁に囲まれた要塞のようだった。
ヨハンが部屋を踏み分けて彼女の肩を軽く揺すると、すぐに体を起こした。その目の下には大きなクマができている。
「あら、ヨハン先生……と、お孫さん?」
彼女は肩まで伸ばした茜色の髪の毛を掻き上げると、ヨハンの横に立つ彰を見て言った。
「いや、違う。紹介しよう、転移者のイリヤ・アキラ君だ。」
ヨハンの言葉を聞いた瞬間、赤毛の女性は立ち上がった。彰の目の前まで歩み寄る。
「初めまして、アキラ君。私はソフィア。」
そう言う彼女の顔は、まるで幽霊でも見ているかのようだった。
「……ヨハン先生。」
「そう。おそらく彼だ。」
ヨハンはそう答えた。何のことだか分からずに彰が困惑していると、ソフィアは棚から小さな箱を取り出す。何の変哲もない、ただの木の箱だ。ソフィアは、その箱を彰に手渡した。
「えっと……。これは?」
「この箱は、アルフレッド先生が行方不明になる直前に置いて行ったの。『アキラという転移者に渡してくれ』っていう書置きと一緒に。」
「え……?」
彰の知り合いに、アルフレッドという人物はいない。突然、行方不明になった知り合いもいない。それならば、彰の事を知るこのアルフレッドという男は何者なのだろうか。彰は恐る恐る木箱を開けた。
その中にあったのは、一枚の封筒だった。端には筆記体の英語でAlfredと記名されている。手紙の封を開けると、中から英語で書かれた手紙が出てきた。
その文面を覗き込んで、ソフィアが呟く。
「これ、あなた読めるの?」
「まぁ、英語苦手じゃないし。読めなくもない。」
正直なところ、彰も読めるのか不安だったが、その手紙で使われている英語はどれも簡単な単語と文法だった。
我が親愛なる友人へ
この手紙を読んでいるとき、既に私はその場にいないだろう。そして、君自身も私の存在を知らないはずだ。だが、それで構わない。
突然、知らない世界へ飛ばされて困惑している君へ、少し助言とヒントを与えようと思って、この手紙を書いている。
君は今、大きな運命の渦の中へ放り込まれていることを自覚しなければならない。その運命は、時に優しく、時に激しく君を飲み込んでいくだろう。しかし、君はそれに抗ってはいけない。その渦は、必ず一つの場所で収束する。
頭の良い君の事だから、既に勘づいているとは思うが、私はこの異世界からの帰還方法を知っている。それを教えることは容易いのだが、訳あって今は教えることはできない。君が「月島」へと向かうなら、そこへ辿り着くころには話してやっても良いかもしれないが。
最後に、この世界は非常に危険だ。君が命を落とすことは無いだろうが、いざという時は、この世界の英雄を頼ると良い。
Alfred
「……アルフレッドさんって、占い師か何か?」
「……いや、科学者のはずなんだけど。」
その手紙の内容は、どう考えても未来に起きる出来事を知り尽くしたようなものだった。
何故、そんなことができるのか。考えられるとすれば、それこそ彼が変な能力を持っている場合。だが、当然これは可能性が低い。
もう一つ考えられることとすれば、この異世界転移を彼自身が仕組んでいた場合だ。
「月島と言えばこの国の西にある島だ。街道を行けば、そこまで苦労することはない。」
ヨハンが呟いた。
ここマテラス王国は、主に四つの島からなる島国だ。月島というのは、その四つの島の中でも、本島より西側に位置する島の事である。
「月島まで辿り着いたら話しても良いってことは、そこにアルフレッド先生もいるんでしょうか?」
「そこまで行けば、帰る方法が分かるってことか……。」
アルフレッドを信用してもいいのか。
彼は帰還方法を知っているにも拘らず、あえて月島に残っているという事になる。ここまで来ると、月島へ行くこと自体が何らかの罠のような気がしてきた。
しかし。
「行くしかないな。」
このアルフレッドという男が唯一の手掛かりであることは間違いない。たとえ、進んだ先が棘の道であったとしても、この世界から帰還するためならば突き進むと、彰は疾うに決めていた。
向かうべき場所は「月島」である。
―――
「だぁぁぁーーー……。疲れた。」
「いやぁ、悪かったね。」
ヨハンは笑いながら謝る。宿へ帰る途中、彰は何度目か分からないため息をついた。
手紙を受け取った後、彰はすぐに帰ろうとしたのだが、それをヨハンとソフィアが止めた。ヨハンが彰を研究施設まで連れてきた最大の理由は、なにも手紙を渡すことではないのだ。
彰にとって異世界が未知なものであるのと同様に、この世界の人々にとっても、転移者という存在は未知な存在だ。
そして、未知というものを見ると、踏み込まざるを得ないのが、科学者の性である。すぐに各分野のエキスパートたちが招集され、彰の体を隅々まで調べ上げていった。
お陰で、街は既に夕日に染まっている。
「体が重いのも、魔力欠乏症って奴の症状?」
鼻に血の滲んだ脱脂綿を詰めた彰が言った。
「出血、倦怠感。一時的な魔力欠乏症の症状だな。吐き気が無いなら、今日寝る前には治っているだろうさ。」
彰がこの世界に来て驚いたのは、「魔法」が存在していることだった。
魔法と言っても、この世界では呪文を唱える代わりに「構築式」と呼ばれるものを書き、それに触れて発動させることで自然現象を操るらしい。
そして、その構築式が描かれたものは「魔法具」と呼ばれる。ヨハンが化け犬たちを吹き飛ばした銃も、圧縮された空気弾を発射する魔法具だ。
ただし、その魔法を操るためには、体内の「魔力」と呼ばれるエネルギーを消費する。これには個人差があり、一切ない人も居れば常人の何倍もの魔力を有する人間もいる。
「でも、これだけ魔力とやらを消費したのに、本当に何も使えないとはね。」
彰は東の空に昇り始めていた月を見上げて言った。
理由はよく分かっていないが、これまで現れた転移者は全員、魔法具を発動させても魔法が起こらなかったという。彰も例外ではなかったようで、発動時に何かを吸われるような感覚はあったものの、魔法が発現することは無かった。
転移者とこの世界の人々とでは、見た目の違いは無さそうだが、体内の構造が違っていたりするのかもしれない。
「この世界にも、魔法が使えない人もいる。そこまで支障はないさ。」
「そうだろうけど、使ってみたかったなぁ……。」
彰が呟くと、二人は大通りを曲がって、細い路地に入った。この路地を抜けてしまえば、宿はすぐそこだ。
二人が歩いていると、突然、壁にもたれかかっていた男が目の前に立ちはだかった。
男は目深にかぶった帽子を少し上げる。その顔には深いシワと幾つもの傷跡が刻まれており、彼の目は刃物のような鋭さで二人を見つめていた。
彼は口に咥えていた葉巻を地面に捨てて踏み消すと、大きく煙を吐き出す。
「……俺も仕事なんでね。悪く思うなよ。」
男はしわがれた声でそう言うと、上着の内側から何かを取り出した。
それがナイフだと気付いた瞬間、ヨハンは懐から拳銃のような魔法具を取り出して引き金を引いていた。
不意を突かれた男は、ヨハンの攻撃を避けられず、魔法具から発射された空気弾をまともに受けた。
だが、道具自体が小さいせいか、森で見せた魔法具ほどの威力は無い。数メートル後方へ押しやられると、鋭い目でこちらを睨んできた。
「アキラ君、逃げるぞ!」
ヨハンが叫ぶ。しかし、二人の体はそれよりも早く動いていた。
男の目を見て悟ったのだ。彼は殺す気でいると。
何度も道を曲がり、細い路地裏から広い大通りまで、二人は縦横無尽に走り続けた。その間、一度でも振り返ることは無かったが、体を芯から揺するような殺気が、確かに後ろに居るのを感じた。
しかし、体力は無限に続かない。まして、彰は魔力欠乏症であり、ヨハンは白髪混じりの老人だ。二人は人通りの無い路地裏に積まれた木箱の裏に身を隠すと、脈打つ心臓を宥めながら、荒い呼吸を飲み込んだ。
「……あれは……、おそらく……、転移者狩りだ……。」
大粒の汗を拭いながら、ヨハンが呟いた。
転移者狩り。
その存在は、彰も研究棟で聞いていた。文字通り、異世界転移者を見つけ、狩る者たちだ。
彼らの目的は一つ。転移者を売り捌くこと。
異世界転移者たちは、この世界には無い知識、技術を持ってやってくる。その存在は、この世界にとって、発展の起爆剤なのだ。
事実、アルフレッドという男がやってきてから、この国の科学分野は大きく発展した。
これまで考えつきもしなかった法則、不可能と思われていた事象の実現、不治とされてきた病の治療方法。彼がもたらしたのは、それだけではない。
科学分野の発展は、そのまま軍事分野の発展にも直結する。彼のもたらした知識と技術は、この国の軍事力を大幅に増強させ、一気に国力を増大させた。
転移者とは、この世界にとって未知への覗き窓なのだ。
「でも……、俺、知識も……全然ないし……」
「そんなことは関係ない……。転移者というだけで……、高額で買い取る人間もいる……。彼らにとって重要なのは……、転移者か……、そうでないか、だけだ……。」
転移者というだけで買い取る人間たち。彼らの目的は『コレクション』だ。転移者という『希少価値』を手にしておきたいのだ。無論、彼らにとっては、転移者が生きていようと死んでいようと構わない。その死体に希少価値がつく。
転移者狩りの存在を聞いて、彰は恐ろしい存在だと思った。だが同時に、きっと何とかなるだろう、という楽観的な感情があった。
何故なら、実感がなかったからだ。現実が、これほどまでに恐ろしいものだと知らなかったからだ。
「俺も年なんだ。あんまり逃げ回るんじゃねぇよ。」
男の声がした。足音が段々と近づいて来る。
横のヨハンを見ると、彼は何かを覚悟したように、魔法具を握り締めていた。
「アキラ君……。私が時間を稼ぐ。その間に逃げるんだ。」
「何言ってんだよ!」
「それ以外に君が助かる方法が無い!」
ヨハンはそう言うと、彰の制止を振り切って飛び出した。すぐさま魔法具を構えて引き金を引く。
しかし、発射された空気弾は、一つたりとも当たることは無かった。転移者狩りの男は、ヨハンの攻撃を全て躱したのだ。見た目からすると、ヨハンとそう変わり無いような年齢に見える。しかし、彼の運動性能は、二回りも年の若い彰のそれを大きく凌駕していた。
「ッか~~、見切ったぜ! 俺もまだまだ現役だな!」
男はそう言うと、持っていたナイフを投げた。そのナイフは、まっすぐヨハンの太ももに突き刺さる。
赤い血が溢れだし、ヨハンはその場に倒れこんだ。
「ヨハンさん!」
「私の事は良い! 君は逃げることだけを考えろ!」
すると、それを聞いた男が首を傾げた。
「なんか、勘違いしてんな? 俺の標的はアンタだぜ、ヨハン先生。」
「何だと……?」
「依頼主の名前は『番号六一三』って奴だ。これでアンタも分かるだろう?」
男がその名を告げた時、ヨハンの顔は死人のように青白くなった。刺された痛みも忘れたように、口をパクパクさせている。
「ヨハン……さん……?」
彰が声をかけると、ヨハンはすぐに我に返った。
「……それならば好都合だ。」
「え?」
「アキラ君、君は逃げなさい。どうやら彼らの狙いは『まだ』私らしい。とにかく、君が生きていてくれさえすれば……」
「あいつはヨハンさんを殺す気なんだぞ! 一緒に……」
「君という存在は、君が思う以上に重要なんだ! いずれ全てが分かる日が来る!」
彼はそう言うと、足を引きずりながら男の方へと歩いて行った。
「運命は正常に回りだした! もはや恐れることはない!」
「気でも狂ったか? やけに元気が良いじゃねぇか。」
ヨハンは魔法具を握り締めると、男に向かって何発も空気弾を撃ち込んだ。男はそれを軽く躱すと、お返しと言わんばかりにナイフを投げつける。やがて、ヨハンは魔法具を落とすと、その場で意識を失って倒れてしまった。
「……待てよ。」
彰はヨハンを担ぎ上げた男に向かって言った。その手には木の棒が握られている。
「ヨハンさんを離せ。」
「なんだ、ガタガタ震えてたかと思ったら、やっとやる気になったか? ただなぁ、お前程度のクソガキじゃ、俺には勝てねぇよな。」
絶対に敵わない。そんなことは分かっている。だが、それでも助けてくれた恩人を見捨てることなどできなかった。
距離は数メートル。敵の武器は投げナイフだ。間合いを詰めれば一撃でも打ちこめるかもしれない。
「らァッ!」
彰は叫ぶと駆けだした。棒を構えて一気に距離を詰めようとする。男はヨハンを担ぎながら、片手でナイフを投げた。
ナイフはまっすぐに飛ぶ。その軌道さえ分かれば、避けることはできる。彰が向かっていけば、男は当然殺しに来るだろう。手早く殺すとすれば、男の狙いはおそらく心臓だ。
彰は思い切り体を捻ると、ナイフを躱した。が、完全に避けきれず、腕をナイフが掠める。
「軌道を読んで避けたか。やるなぁ、ボウズ。」
男は少し嬉しそうに言う。
彰の間合いに入った。ここからなら打ち込める。
「ま、惜しかったが、俺はそんなに甘くねぇ。」
男がそう呟いた直後、彰の足に激痛が走った。避けたはずのナイフが刺さっている。
「……何……でだ!」
「俺の武器は利口でね。呼べば、すぐに巣に帰ってくるのさ。」
男の指にはめられた趣味の悪い指輪が怪しく光る。すると、まるでその光に共鳴するかのように、彰の足に刺さっていたナイフが光りだした。いや、違う。ナイフに彫られた記号が光っているのだ。
魔法具だ。
彰が気づいた瞬間、そのナイフはするりと抜けた。そして男の手の内へと帰っていく。
彰の傷口から大量の血が噴き出してきた。出血のせいか、それとも魔力欠乏症のせいか、彰の視界がぐるぐると回り始める。
男は、彰の傍まで来ると、うずくまる彰を見下ろした。
「お前、転移者だろう。」
「なんでそれを……。」
「正直なガキだなぁ。お前も連れ帰りたいところだが、二人抱えられるほど俺も若くねぇ。……それに、もう時間切れらしい。」
男は呟くとナイフを投げた。狙いは彰ではなく、その後ろ。
「じゃあな、ボウズ。英雄によろしく。」
男はそう言うと、ヨハンを抱えたまま軽快に走り去っていった。
「……待てよ。」
彰がその後ろを追おうとするが、体に力が入らない。だが、すぐに何者かによって体を起こされた。
「大丈夫か!意識はあるか!」
彰の顔を覗き込みながら、大男が声を叫んでいる。
その大男に抱えられながらチラリと自身の右足へ目をやると、まるで噴水のように赤黒い血が噴き出ているのが見えた。このまま死ぬんじゃないか、という不安が頭をよぎる。
「一瞬、死ぬほど痛むが我慢しろよ!」
そう言って、男は彰の傷口を手で押さえる。瞬間、とんでもない痛みが走った。ナイフで刺された時とは比にならない痛みだ。
その痛みの原因はすぐに分かった。彰の傷口を抑えている手から煙が出ている。男は何らかの方法で、彰の傷口を焼いているのだ。
「よし。大丈夫だな。」
「よし、じゃねぇよ! もっと他に方法が……っつぅー……。」
「おうおう。無理して動くなよ。まだ血を止めただけだ。」
「あいつ、追わないと……。」
「その体じゃ無理だ。俺がもっと早く気付ければ……。」
そう言って、大男は悔しそうに唇を噛む。
「いや、今はお前の治療が先決だ。住所は何処だ? そこまで連れて行ってやる。」
「……住所は無い。まぁ、宿はあるけど。」
「は?」
「俺、転移者なんだ。」
「テンイシャ……。って、あの転移者か?」
彰が頷いたのを見て、大男は少し悩むと言った。
「よし、俺の家に来い。」
「え?」
「行くところも無いんだろ。居候させてやる。」
そう言うと、男は彰の肩を担いで立たせた。立った拍子に鋭い痛みが走り、彰は思わず顔をしかめる。
「自己紹介がまだだったな。俺はアクレス・ブラッドフォード。この国で軍人をやってる。」
「俺は入谷彰。よろしく、アクレスさん。」
「アキラか。良い名前だ。」
アクレスはそう言って笑うと、彰に合わせてゆっくりと歩き出した。
日は疾うに沈んで、空には月が昇っている。その白い月光に照らされた中央都の街は、彰の不安な心情とは裏腹にとても静かだった。
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