2
夏休みはあっという間に終わる。朝早くに起きなくていい生活は、もっと長く休みを欲しいとさえ。だが、段々と友人に会いたい気持ちも募ってきて、夏休みの最終日は何とも言えない気持ちなる。
理仁は週一回バイオリン教室へと通っていた。教室の最寄り駅にある連絡デッキを通りすぎ、降りてからもまっすぐ進み、信号を一つ渡った先が通う教室の入ったビルだ。
腰板パネルに寄りかかってコンビニ袋を漁る。成長期のせいか、食べても食べてもお腹が空いて仕方がない理仁はおにぎりを口いっぱいに押し込む。
「五藤理仁か!」
呼ばれて、理仁は顔を上げる。目の前には、真っ白い髪の毛に、紫のような不思議な瞳をした女の子がいた。
辺りを見渡して迷子かと、理仁は少女に近づき声をかける。
「迷子かな?」
「覚悟!」
少女が背中に背負っていた日本刀を鞘走らせた。
「なんや、どっきりか? お嬢ちゃん、あんな? 関西の人は、そんな小道具なくても切られたるで。よしこい」
手をパンパンと叩いた理仁は、両手を広げみせた。
金属が揺らめき音叉のように甲高い音を発する。ガラスパネルが砕け散る音が響き渡る。行きかう人々の悲鳴が交錯する。
その連続した音にしゃがみ込んだ理仁は、目の前に落ちた刀の刃先を一瞥する。
一瞬でパニックに陥った駅前を、人々が逃げ惑う。
腰が抜けそうになっていた理仁も、目の前にいる少女に気づいて、慌てて手を摑み建物内へ駆け込んだ。
しばらくするうち、外からはパトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「あぁ、びっくりしたね」
ボロボロと泣き出した子供に、自分が冷静にならねばと、理仁は落ち着きを取り戻した。
「すみません、あー……うわ外国人か」
顔を上げた理仁は、声をかけてきた警察官に少女を引き渡そうとする。
「あの、何があったんです?」
誰か英語のできる人。周りを忙しなく行きかう警察官を見ていた若い警察官は、声をかけられて振り返った。
「あ、あれ? 日本語わかる?」
「え、はい。俺、日本国籍なんで」
「いやー! 焦ったわ。俺、英語苦手やねん」警察官は、安心して二人へ近づく。「お嬢ちゃん、なんで、日本刀なんか持ってたん? 危ないやろ?」
無反応の少女に、若い警察官は少年の方へと矛先を変えた。
「妹さん、言葉通じひんの?」
「俺の妹とちゃいますよ。なんや、パニックになってるみたいやったから」
「ほな、この子警察で預かったる」
ぎゅっと少年の足にしがみついたまま離れない少女に、警察官は困ったような顔をする。
「なんや、この子、お兄さんにえらい懐いてはりますね。一緒についてきてもらわれへんかな?」
「家族に電話してもいいなら」
自分の足にしがみついて離れない女の子に、理仁は同行することを承諾した。
ようやく、連絡がついた兄に事情を説明し、理仁は女の子とともにパトカーの後部座席へと乗り込む。こうして、パトカーに乗るのは二回目だった。反抗期をこじらせた兄と、駅前で大喧嘩した時に乗って以来。止めに入った警察官を払いのけたせいで、最寄りの警察署で保護者を待つ羽目になったのだ。その時ぶりだ。
パトカーは、ポテチトップの筒で抉ったように半円形上に削られた外観を持つ建物の地下へと至るスロープを下っていく。
地下駐車場で車から降りた理仁は、横にいた女の子の手を取っておろしてやった。
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