ヤンキーになって疎遠になった幼馴染が、美少女にジョブチェンジして戻ってきたんだけど

布施鉱平

ヤンキーになって疎遠になった幼馴染が、美少女にジョブチェンジして戻ってきたんだけど

「……………………」

「……………………」


 玄関開けたら美少女がいた。

 そんな経験、皆さんにあるでしょうか?


 ちなみに俺は、つい五秒前までありませんでした。


「……………………」

「……………………」


 俺はいま、今までの人生で一度も見たことがないような美少女と向き合っている。


 なんで黙りこくったままなのかって?


 そりゃあ、ほら、あれだよ。

 富士山から見る朝日とかさ、絶景に心を奪われると声も出なくなるっていうじゃん?

 そんな感じだよ。


 美少女ちゃんの方が黙ってるのは………… 

 

 …………俺に一目ぼれしたとか?


「……………………」

「……………………」


 …………いや、ないな。

 どちらかというと、なんか睨むような感じで俺のこと見てくるし。


 ていうか、なんなの?

 

 なんでアポもなくいきなり現れて、俺のこと睨んでくるわけ?


 前世なの? 前前前世の恋人なの?

 そんで俺がいつまでたっても探しに来ないから怒ってるの?


 まあ冗談はさておいて、そんな綺麗な瞳で睨まれ続けたら、股間にズキュンと来ちゃうんですけど?


「…………おい」


 沈黙が続く中、口火を切ったのは美少女の方だった。

 その外見に似つかわしくない荒っぽい口調にドキッとしながらも、俺はなんだか既視感のようなものを感じていた。


 初めて会ったはずなのに、どういうわけかその「……おい」の一言が無性に懐かしく感じる。


「……おい、涼介りょうすけ

「…………」


 そしてその鈴の音のような声で名前を呼ばれた瞬間、俺の脳裏には目の前の美少女とは全く関係のないひとりの人物が思い浮かんだ。


 そいつは小学校の頃からの幼馴染で、昔はよく一緒に遊んだ、俺の一番の親友。


 けど、中二の時にそいつの両親が離婚していきなり引っ越してしまってからは音信不通になり、高校で再会した時には金髪ピアスの立派な不良になっていた。


 親友の変わり果てた姿にビビってしまった俺は話しかけることもできず、そのまま疎遠になってしまい、今日に至るまでろくに話もしていない。


「…………」


 俺は目の前の美少女を、もう一度じっくりと観察した。


 金色に染められたセミロングの髪、三白眼気味の鋭い視線、左右の耳にはシルバーのピアスが計三つ。

 それはどれも、かつて親友と呼んでいた男の特徴に一致していて……


「…………お前…………ケイ、なのか?」

「…………よく分かったな」


 しかめっ面を崩さないまま、その美少女は俺のありえない言葉を肯定した。





 ◇





「…………」

「…………」


 俺は美少女────ケイを家に招き入れて自分の部屋に通すと、座布団を勧めてローテーブルの上に水を置いた。


 無言で水を飲むケイの喉は白くて細くて凹凸おうとつがなくて、どこからどう見たって正真正銘女の喉だ。


「ケイ、なんだよな?」

「……ああ」

「どういうことなんだ?」

「オレだって知らねぇよ」

「お前、女だったの?」

「ちげーよ、寝て起きたらこうなってたんだよ」

「まあ、何度も一緒に風呂入った仲だし、間違いなく男だった・・・のは知ってるんだけどさ……」


 ぽつぽつと短い言葉の応酬をしながら、俺は改めてケイの姿を観察する。


 最近はあまり学校にも来なくなっていたケイだったが、それでも幼馴染で元親友の俺がケイの姿を忘れることはありえない。


 かつてのケイは180近い長身で(俺は165)、キツめの容姿だが顔は整っており(俺はモブ顔)、体つきは細いがしっかりと筋肉のついた細マッチョだった(俺は標準体型)。

 

 それに対して今のケイは、身長は多分150半ばくらい、目は変わらずキツめの三白眼だけどむっちゃ美少女で、体つきが細い割に胸はワイシャツのボタンが弾き飛ばんばかりに膨らんでいる。


「……まあ、女体化の謎はとりあえず脇に置いておいて…………なんで女ものの制服着てるの? 持ってたの?」

「んなわけねぇだろ! ……よく知らねぇ女のだよ」

「よく知らねぇ女って……どうしてよく知りもしない女の制服をケイが着てるんだよ」

「…………ヤリ部屋に、脱ぎ散らかしてあったから」

「へ、へぇ、そうか……」


 ケイの言葉にDQNドキュンとした俺は、なんと言っていいのか分からず曖昧な返事を返した。


 ケイが素行のよくない友人とつるんでいることは知っていた。


 聞いた話でしかないが、酒やタバコは当たり前、女を連れ込んで輪姦まわしたり、ヤクの売買をしてるなんて噂もある。


「……でも、下着はトランクスのままなのな」


 話を逸らすように、俺はどうでもいい話題を振った。


 ケイがスカートを履いているにも関わらずあぐらをかいて座っているので、中が丸見えなのだ。

 女物の制服を着ているケイだが、スラっとした両脚の付け根にあるのは、女性向けのショーツではなく男物のトランクスだ。


「女物のパンツなんて履けるかよ……しかも使用済みの……」

「まぁ……そうな。気持ちはわかる」


 ケイの話を聞く限り、ヤリ部屋に女を連れ込んでそのまま寝て、起きたらなぜか女体化してたってことなんだろう。


 その状況に自分がなったと考えれば、確かに体が女になったからといって女性物のパンツを履く気にはなれないと思う。

 ブラもまた然りだ。


「でも、お前に服盗られちゃった娘は大丈夫なのか? 着るものないんじゃないの?」

「……さあな。他にも何人かいたし、携帯もあんだから大丈夫だろ」

「…………」


 他にも何人かいたのか…………

 えっ、じゃあなに、乱交してたってこと?


 俺なんか未だに童貞なのに?


 …………くそぅ、それなら俺も高校デビューして不良になれば良かった……っ


「この変態っ」

「なっ…………誰が変態だ、誰が!」


 悔し紛れに悪口を言うと、ケイは細い眉を吊り上げて声を荒らげた。


「つい数時間前まで男だったのに女物の制服着て外歩くとか、変態以外の何者でもないだろうが」

「し、仕方ねぇだろ! この体にオレの服じゃデカすぎたんだから!」

「変態っ、女装癖っ、ヤリマンっ」

「て、てめぇ……っ、誰がヤリマンだ! 女になってからセックスなんて一度もしたことねぇっての!」

「変態と女装癖は認めるんだ」

「認めてねぇ! だいたい、変態っていうならお前のほうだろうが! 知ってんだからな!? さっき玄関でチ○コおっ勃ててたの!」

「うっ……し、仕方ないだろ! ケイだって分からなかったし! いきなり目の前にどストライクの美少女が現れたら、思春期の男なら誰だってチ○コ勃つだろ!」

「べっ、べつに美少女じゃねぇし! 涼介の好みなんか知らねぇし! っていうかお前、現在進行形でチ○コ勃ってんじゃねぇか! もうオレが誰だかわかってるくせによ!」

「こ、これは…………」

「ほら見ろ、お前の方が変態じゃねぇか! 」

「う、うるせぇな! だいたい、なんで俺んとこに来たんだよ! 高校入ってからろくに話もしてないのに!」


 口で負けそうになった俺は、まくし立てるケイに指を突きつけながらそう言った。

 すると、激昂していたはずのケイはとたんに大人しくなり、むしろしょんぼりとした感じで俯いてしまった。


「お、おい、ケイ?」

「…………涼介以外、頼れるやつが思いつかなかったんだよ」


 急にトーンダウンしたケイを心配して声をかけると、そんな言葉が返ってきた。


「……友達なら、いっぱいいるだろ」

「あんなやつら、友達じゃねぇし……」

「じゃあなんでつるんでんだよ」

「…………」

「おい、ケイ」

「…………の…………し」

「あ?」

「…………お、お前のせいだし!」

「はぁ!? なんでだよ!」

「親の都合で中二で転校させられて、涼介と会えなくなって、でも高校は絶対戻ってきて涼介と遊ぶんだって決めてて、それで、どうせならびっくりさせてやろうと思って髪染めて高校デビューしてみたら、お前めっちゃ引いてて、声かけづらくて……なんとかしなきゃって思ってたんだけど、時間が経てば経つほどどうしていいか分かんなくなって、気づいたら周りにはヤンキーしかいなくて…………」

「…………」

 

 思いつめたような表情で語るケイの言葉に、俺は絶句した。

 俺は、両親が離婚したせいで不良の道に走ったケイが、昔を知っている俺との関係が煩わしくなって距離を置いたのだとばかり思っていたのだ。


「そ、それで、ヤケんなってそのままヤンキーたちとつるんでたんだけど、ぜんぜん、面白くなくて…………ひぐっ、涼介に会いたくて、でも、また引かれたらと思うと、怖くて…………うぅっ…………なんだか、わからないけど、オレ女になってて…………パニクって…………うぇぇぇ……っ」

「お、おい、泣くなよケイ、俺が悪かったから……」

「……ふぐっ、涼介は、なんも、悪くねぇしぃ……っ」


 さっき俺のせいだって言ってたじゃねぇか…………

 

 そんなことを思いつつも、俺はぽろぽろと涙をこぼし続けるケイを放っておけず、随分と華奢になってしまったその体を抱きしめた。

 

 もしケイが男の姿のままだったら、いくら泣いたところでこんな慰め方はしなかっただろう。

 でも、今のケイはヤンキーっぽいけど可愛い女の子で、肩を揺らしながら不安そうな顔で泣いているのだ。



『女の子が泣いていたら、優しく抱きしめてあげなさい。女の子が怒っていたら、自分が悪くなくても謝りなさい。女の子が酔っていたら、判断力が鈍っているうちに口説き落としなさい。そうやってお前は生まれたんだから』



 というのが、酒に酔った時の親父の口癖だ。


 正直最低だと思うが、最初の部分だけは同意できるので俺もそのようにしたのである。


 ケイは一度ビクリと体を揺らしたが特に嫌がる様子もなく、むしろその小さな手で俺の服をギュッと掴み、そのまま腕の中でぐすぐすと押し殺した泣き声をあげ続けた。


「俺が悪かったんだよ、ケイ。見た目がちょっと変わったからって、親友のお前を避けた俺が悪かったんだ。ごめんな」

「……ひぐっ……ひぐっ……オレも、ごめん……っ」

「やり直そうぜ、俺たち。また昔みたいに、仲良くしよう」

「……っ、うん……っ」 











 ────こうしてヤンキーになって疎遠になった俺の幼馴染は、美少女にジョブチェンジして俺の元に戻ってきた。


 このあとさらに、俺とケイの関係はとても親友・・と呼べるものじゃなくなってしまうんだけど…………


 それはまた、別の話。

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