第41話 魔界再び
ルーカスの事が目から離せなく、ミルディアも付いてきてしまった。
二度目の魔界。目の前に聳える魔王城。
「うっ…!なっ、何これ…っ」
咄嗟に口元を覆い、顔をしかめて魔王城を仰ぎ見る。
息苦しさは変わらないが、前回よりも城の周りが汚く見える。煌びやかな外装は所々変色し、地面に黒いシミのようなモノができており、生ぬるい風に乗ってどこからか腐臭がした。
(どういう、こと…?こんな、まるで魔王城が、腐敗しているかのような…っ)
「おいっ!なんでついて来たんだっ」
だが、そこで声をかけられて、ミルディアはハッとしてそちらに意識を向けた。
いつのまにか、また幽体したルーカスがセシアの身体に入って、ミルディアの目の前に立っていた。
「あんたこそ…!それはセシア様の体よ!?」
思わず非難すると、セシアの顔でルーカスが面倒臭そうにため息をついた。
「知らないようだけど、この身体はもともと僕のなんだよ。あ…いや、そうじゃないな。まぁ、今はそんなことどうでもいいだろ。人間のくせに…ちっ、これを…」
そこまで言って何かに気づき、舌打ちしてルーカスが素早く口の中で呪文を唱えた。
不意打ちにギョッとして、慌てて防御魔法を唱えようとしたが、自分の中にある魔力がからになっている事を思い出した。
「くっ…、しまっ…!?」
途中で、その後の言葉が出てこなくなった。
声を塞がれたのかと、一瞬パニックになったが、すぐに大きく息を吸える事に気づき、眉を寄せた。
「あ、れ…?これって…っ!スゥーーーッ、ハァーーー…!!」
息が、し易くなった。
息苦しさが、突然消えたのだ。
「どうだ…?空気が吸えるようにした。息苦しさが、なくなった?」
どこか呆れたような表情で、なんて事のないように尋ねてきた。
ミルディアはその姿を、過去にもよく見ていたと思い出す。
そして、すぐに無意識のうちに昔のルーカスの態度と見比べていた事に気づき、恥ずかしさに彼からさっと視線を逸らした。
「あ、あんたが…また逃げるからよっ!私も、まだあんたに言いたい事があったから」
咄嗟だったとはいえ、あの場で彼を掴むのはよくなかった。
亀裂に引きずりこまれるあの一瞬、後ろを振り返ると、カインがこちらを冷たい眼差しで見つめていた。
あの目にぞくりとした。彼もまた過去に縛られている。
「馬鹿な…ホント、面倒臭いな。メアリーならもっと冷静に…いや、お前は違うんだった。それにしても…こんな、厄介だな」
一度メアリーの名を出したが、ミルディアが本物のメアリーだと思っていない彼には禁句の名だ。
あそこでミルディアが自分についてきたことで、調子が狂ったのだろう。
言葉を濁して言い換え、うんざりした様子の彼に、ミルディアはふんっと小さく鼻を鳴らした。
「これは、手間が省けたぞ。主人は、この娘を、御所望だ」
そこに、一緒に帰還したモイスが、少し強引にミルディアの腕を掴んだ。
「いっ…!ちょ、ちょっと!そんな強く掴んだら痛いじゃないっ」
あのときカインが言った言葉が頭に浮かぶ。
ネクロマンサーの人形。
過去にもそう呼ばれた者達がいた。
人と同じだが、実験で造られた人造人間。その中に本物の魂を宿して、人間そっくりに生まれ変わる。
「ちっ…。あ〜〜っ、ホント!面倒臭いなぁ」
すると、ルーカスがモイスにそっくりの人形の手から、ミルディアを引き離した。
そして、彼の前に出てニヤリと、意地汚い笑みを浮かべた。
「お前、さっさと戻ったほうがいいんじゃない?あのおっさんに、ご主人様が勝手にイケな〜いことしてるの、バレちゃうよ?」
モイスが微かに顔色を変え、慌てたように城の中へと戻って行く。
その後ろ姿を見て、ルーカスははぁ〜、と大きなため息をついて頭を掻き出した。
「ああっ、ホント!予定が狂ったわっ。どうすんだ…。連れてきたら思うツボだろ」
誰にともなく呟くと、ルーカスは一瞬疲れたような表情を浮かべ、ミルディアへと鋭い眼差しを向けた。
「おい、お前。戻ってきた事を覚悟しとけ。魔王代行はお前を見たら、何するかわからないからな」
脅すように冷たくそれだけを言って、ミルディアから城の方に体を向け、前へと歩き出した。
「え…?ま、待って!ルーカスっ」
何を言われているのか分からず、困惑したまま、ミルディアはルーカスの後を追いかけた。
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