第40話 思いがけない因縁の再会

これは夢だ。



勝手に足が下がり、彼から距離を取る。



突如現れたカイトと呼ばれる王子を前に、ミルディアは青ざめて、吐き気が込み上げるのを抑えながら過去の人物を思い出していた。



「カイン様!いつ、こちらに…?」



そこに、一度会った事があるのか、アリシアは緊張した様子で彼に話しかけた。



カインはゆっくりとそちらに顔を向けて、


「さきほど…クロードを引っ張って…ね」



意味ありげに後ろに視線を送って答えると、スッと壁陰からクロードが姿を現した。



彼はブスっとした顔でカインを睨みつけて近づいてくると、アリシアに甘えるように彼女の方へと顔を向けた。



「聞いて、アリシアぁ!僕、止めろって言ったんだよー!だけど、この唯我独尊男がぁ〜〜って、いたっ!」



アリシアには見えないように、カインは自分の悪口を言い始めたクロードの腕をつねった。


「ははっ!こらこら、駄目じゃないかクロード!聖女の、前だぞ?」



冗談はよしてくれ、と笑いながら止めたが、その目はまったく笑っていない。冷たくクロードを見据えて、これ以上言わせないように彼の口を閉ざしたのだ。



クロードはその視線に脂汗をかいて、カインに対し怯えたように硬直した。



「カイン様…」



そこに苦虫を噛み潰したような顔のユリシスが近づいてきて、カインに何か言いたげに見つめた。



その様子にカインは微かにため息をつくと、



「ユリシス。何回も言わさないでくれ。あれは…お前では無理だ」




一瞬、「あれ」と呼んだ方に視線を向けた。



そこには立ち上がっては警戒するように聖女達を見る、幽体のルーカスの姿があった。



そして、その場所に向かおうとしていたミルディアは、カインの登場でその場から動けず、緊張から汗ばんだ手にグッと無意識に力を入れる。



「クラウス…クラウス=オルゼンセ?あれは、あの男は…なに?何故あんなに、あの王子にそっくりなの??ルーカスにスピネル…私。これは…これは一体なにっ!?」




この状況、すごく気持ちが悪い。まるで、あの時の悪夢のようだ。



前世で憎しみ合った者達が、こうして時を経て生まれ変わり、再び再会した。



「どんな気持ちか?」



不意に、耳元で声がした。



はじかれたように顔を上げると、目の前にエメラルドグリーンの瞳をしたカイトが、こちらを見下ろしていた。



その冷たくも怪しく光る目に、ぞくりと悪寒がした。



「王子!一体何をっ!?その女は危険です!」



少し離れたところから、ユリシスの驚きと叫ぶ声。



ミルディアの足はガクガクと震え、今にも倒れそうなくらい真っ白な顔で彼を見上げた。



「なんで…何故?あなたが…?」



ミルディアが呆然と呟く。



その言葉に彼の口がつり上がり、嘲笑するかのように歪んだ。



ギクッとしたミルディアの横にスッと流れるように移動して、




「聞いたよ、メアリー。いや、今はミルディアだったかな?」



何もかも見透かすような目で、ミルディアを見つめてくる。



過去、メアリーが父スピネルの命で彼を操り、国ごと滅亡させた。



その復讐心から、度々彼はメアリーの前に現れ、その命を狙っていた。



「な、なんのことかしら…?」



思わずとぼけてみた。まだ分からない。彼もミルディアがメアリーだという確証はないはずだ。



「フッ…とぼけても無駄だ。あそこにいるクロードが、すべて白状したよ」



だが、彼はとぼけた彼女を嘲笑い、視線をそちらに向ける。


ミルディアはハッとして、アリシアにくっついているクロードへと振り向いた。



すると、クロードはその視線に気づいたのか、ミルディアとカインを見て露骨に顔を顰め、プイッとその顔を反対に背けた。



「なっ…!あいつ…!!」


思わず声が出た。



(あの男!言ってはいけない奴にバラしたなっ!これは暗黙の了解として、互いに秘密にするべきなのに…!)



話してはいけない男にバラされたその怒りから、クロードを冷たく睨みつけた。



「ハッ…!その反応、奴の言ったことは本当のようだな。まさか、私以外にもいるとはなぁ」



その言葉にギョッとし、しまった!とミルディアは自分自身で墓穴を掘った。



今の反応でカインは、ミルディアがメアリーだと確信をもってしまったようだ。



「わ、私を殺すの…!?」



思わずそんなことを口走る。前世のメアリーに対し、この男は激しい怒りと深い憎悪を向けていた。



青ざめ思い詰めたような顔でこちらを見つめてくる彼女に、カインは一瞬キョトンとした。すぐに訝しげに眉を寄せて、



「何故…今更そんなことを言う?確かに、私はお前にとてつもなく深い憎悪を持っていた。だが、所詮それは過去…前世の話だ」



割り切っている様子で否定した。



ミルディアは虚をつかれ、面喰らった。



「え…?に、憎んでいないの?あんな事をしたのよ!?私が、憎くないの…!?」



驚きに素っ頓狂な声を上げ詰め寄ると、カインは煩わしげに顔をしかめ、ため息をついた。



「憎いも何も、今のお前はただの人だと聞いた。いや、今世も魔法を使えるようだが、魔族ではないのだろう?なら、お前はあの魔女ではない。あの魔女は死んだ。だが、お前が一緒にいた同胞…あそこにいる男なら別だが」



あの男とは、弱りきった様子でこちらを睨んでいるルーカスの事だ。



ミルディアはだいぶ弱っているルーカスを見て、とりあえず、ここではこれ以上悪さはできないことにはホッとした。


だが、一つ、気がかりな事があった。



早く彼を元の体に戻さなければ、彼が消えてしまうということ。彼がここで消えるのは、ミルディアは望んでいない。


だから、ここで彼を元の体に戻したいが、この状況ではそれもできない。ルーカスの本体が今何処にいるのかも分からないし、あの聖女達が、簡単に彼を、ミルディアを、解放してくれないだろう。




「私が憎いのは、あの男と…私を破滅させた先代魔王だ」



続けて言われたカインの言葉にギョッとした。



そちらを見れば彼は鋭い眼差しでルーカスを睨みつけている。



ミルディアはその目に見覚えがあった。



あれは、前世メアリーに向けていた、深い憎悪のこもった目と同じだ。その目が不意にこちらに向いて、ドキッ!とした。



「だからね、私は…探していたんだ。…ときに、お前は、あの魔王が復活した事を聞いているか?あそこにいる聖女も、こうして再び私の前に現れた」



ふと、そこで彼は話題を変えて、突然にこやかに微笑んだ。


その笑みに、ミルディアは戦慄した。



「まさか、魔王を…ルーカスを、倒すつもり?」



カインが口にするより先に、ミルディアは問いかけていた。


その問いに、彼は恐ろしい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。


「私は……」



『お前らぁっ!全員、覚悟しろ!!』



その瞬間、カインの言葉を遮るように、ルーカスが一際高い声で叫んだ。



ミルディアはハッとして、カインからルーカスの方に振り返る。



カインも言いかけた言葉を飲み込み、邪魔された事に顔をしかめてルーカスの方に振り向いた。



「ルーカス!それに父さんも、何を…っ!」



彼を見てミルディアは驚いた。



いつの間にかミルディアの父だったモイスが、意識のないセシアを担ぎ、幽体のルーカスの隣にいたのだ。



「おい!その人をどうするつもりだ!」



ユリシスがセシアの姿を見ていち早く反応し、剣を構える。



「お兄様に何をするの!?」



兄を人質に取られたような状況に、アリシアが悲痛に叫ぶ。



すると、モイスは人が変わったように無表情な顔をして、なんの感情もこもらない冷たい眼差しをアリシア達に向けた。



「回収、するんだ。この男…我がご主人様…新しい命を、与えてくれる」



その声はたどたどしく、幼い子供のように聞こえた。



「父さん!なんで、なんで魔族なんかに…!」



ルーカスの登場でモイスの件が後回しになったが、彼はミルディアを嵌めて、聖女達に魔女だと訴えた。



本当の父ではなかったことや、魔力を持っていたことを知っていたモイスは、魔族と手を組みミルディアを売ったのだ。



「もはや、父は、いない。モイスと呼ばれる庭師は…元から、存在していない」




返ってきた答えに、ミルディアに愕然とし、アリシアは「そんな!」とショックを受ける。



「魔族に、魂を売っていたのか?」



そう問いかけたのはカインだ。彼はモイスに蔑むような目を向けている。



「お前…あの、聖なる騎士か?なら、この私が何か…わかるだろ?」



その問いかけに対し、モイスがニヤリと、ぎこちなく笑みを浮かべた。


それが癇に障ったのか、ピクリとカインの眉が動き、



「…ネクロマンサーに造られた人形だろ?」



刺々しく、蔑むように答える。



それに微かに、モイスの表情が変わる。



『おい、話はそこまでにしろ。さっさと戻るぞ』



話が終わらないモイスにルーカスが焦れて、早急にここから離れようと促した。



ルーカスの言葉に、モイスは軽く頷き、セシアを抱え直した。



「逃がさない!セシア様を返せ!」



ユリシスがハッとしたように動き、ルーカスに向かって襲いかかる。



剣が彼に当たるより先に、ルーカスがニヤリと笑って、



『二度目はそうはいかない。僕を、買い被り過ぎだ』

 


その瞬間、バチバチ!と電流が放電し、襲いかかってきたユリシスにぶつかった。



「なっ…!?うぐぁあああああああーーーっ!!」



ユリシスが悲鳴を上げる。



ビリビリと体中に電流が流れ、全身痺れて手から剣が滑り落ちる。



ふらふらと体が揺れて、そのまま地面に倒れ込むと、ハッとして我に返った仲間達がユリシスへと駆けつけた。



「ユリシス!」



「ユリシス!すぐに回復を!」



アリシアが叫び、自身の治癒魔法で攻撃を受けたユリシスを癒やし始めた。



『じゃあな、聖女御一行!そんで、メアリーの偽物とクラウスに似た偽王子よ。また、会おう…!』


ルーカスが猫のように笑った目を向けて、クルンと体を回す。



すると、彼らの前の空間に、突如亀裂が入る。



そのできた亀裂は、上級魔族が魔族の国へと戻るときに使っていた移動手段。



「逃がすか!」



すかさず、ザックがルーカスに弓を向けた。



「あっ…!待ちなさい!」



ミルディアも慌てて目の前から消えようとするルーカスの方に駆け出して、空間に消えるルーカスの服をむんずと掴んだ。



『何を…!?』



驚いたルーカスが後ろを振り向き、ミルディアは掴んだ手を離すまいと必死に引き戻す。



「もう逃がさないわよ!まだたくさんあんたに…っ!?」



だが、ミルディアはそこでハッと口を閉ざした。


突然ぱっ!と目の前が暗闇に包まれ、身体に大きな重圧を感じたからだ。



『…チッ!しっかり捕まっていろ!』



ルーカスが舌打ちして、服だけ掴んでいるミルディアを力強く自分の元に引き寄せる。




「くっ…うっ!」



身体全体の骨が軋むように痛い。



二人の魔族と違い人間の体だからか、負担が大きいようだ。



暗闇の向こうには魔王城が見えて、その元へと吸い込まれるように二人の魔族とミルディアの身体は引きずられていった。


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