第38話 本気モードは逆ギレ

–––––ピキッ、パキッ!



ひやりと足元から冷気が漂い、白く透明な細長い氷柱がミルディアの前に現れる。


絶叫で響いた声に誰もが彼女の方へと振り返った。


驚きと恐怖に震える使用人、驚愕するルーカスや聖女側の者達。


「私が、やめろと言ったんだルーカス!人間を襲ったってなんになる?これは前にも、何度か言ったはずだ」



言ったと訴えるのはミルディアで、発言したのは前世であるメアリー。


困惑したようにルーカスの顔が歪む。


「ミルディア…あなたも、魔法が…」


アリシアの驚きと怯えたような呟きは、他の仲間に届き青ざめている。


「やはり、ミルディア=フラン!貴様も魔族だな!」


我に返ったユリシスは強張った表情をして叫ぶ。


それにハッとしたようにアリシアがミルディアを見つめ、悲しそうに伏せる。


「私は、友を…見誤っていた?」


ポツリとか細く呟かれた言葉は、ミルディアの耳に届かなかった。


今のミルディアはルーカスに気を取られていた。


「自分本位のその独特な拷問責め。お前のような男に心を許していた私は馬鹿だったよ!」


叫ぶ声は怒りと悲しみに満ちている。


ルーカスは未だ困惑した様子で、何か言おうするが口から言葉が出てこない。


すると、ミルディアの前に現れた氷柱が、ルーカスに向かって矢の如く飛んでいった。


ハッとして、ルーカスはそれを盾の魔法で食い止めた。しかし、ミルディアの攻撃は止まらない。


次々と氷柱が彼を襲い、逃げようとしたルーカスの足元がいつの間にか凍っていた。


「くっ…!これは、メアリーの…!」


逃げようとする敵の足を封じるため、あらゆる攻撃を仕掛けては気を逸らし、徐々に足元を凍らせるパターン。前世のメアリーがよく使っていた戦法だ。


それを身近で見ていたルーカスは、本当にミルディアがメアリーなのかと揺らいだ。



その迷いに、いつの間にか彼が空に放った雷魔法も、スーと消えて無くなっていく。


「フッ…。これで、逃げられない!さぁ、ルーカス。私の質問に答えてもらうわよ」



ニヤリと細く笑み、ミルディアは逃げられないルーカスの目の前に近づいた。



スッと目の前に手をかざして、いつでも攻撃できる態勢でミルディアはセシアの顔をしたルーカスを睨みつけた。


その目の前にいる彼女の目が紅く輝いているのに気づき、ルーカスは顔を強張らせて、乾いた笑い声を上げた。


「ははっ…はっはっ…!これは傑作だな!本当にお前のような小娘の体にメアリーがいたんだな。ああっ、だが…残念だ。貴様は本物じゃない!メアリーの真似事をしても、僕には分かるんだよ!」



その叫ぶような言葉を最後に、ルーカスの足元を凍らせていた氷がパキン!と大きな音を立てて砕けた。



ハッとしてミルディアは後退したが、ルーカスの動きの方が早く、彼女の首を鷲掴んだ。


「グゥ…ガッ!?」



首を絞められたミルディアは息ができず、苦しさに顔を歪ませる。


ルーカスは冷めた目を向けて彼女を宙吊りにした。


「ああ、本当に残念だよ。ここまでくると、見過ごすわけにはいかない」


ルーカスの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


(このままでは殺される!こんな事って…!)



もがいても手を離そうと爪を食い込ませようとも、彼の手は首から離れない。



酸欠に視界が霞み、涙目になってルーカスを睨みつける。



「本物のメアリーを返してもらうよ…」



そう不気味に囁き、ルーカスの目が金色に怪しく光ったその瞬間、ヒュッ!と飛んできた矢が、首を絞めているルーカスの腕に突き刺さった。


「イッ…!?」


痛みが走りルーカスの顔が歪む。



その拍子に手が離れ、ミルディアは地面に倒れ込んだ。



「–––ひゅっ!ごほごほっ!ヒューっ…ごほごほっ!ガハッ!…はぁ、はぁ、はぁ…」



戻った酸素を多く吸い込み過ぎて逆に咽せ、激しく咳き込んだ。



涙目で顔を上げてルーカスを見ると、青白い顔で額に脂汗をかいて、腕に突き刺さった矢を引き抜いていた。



血が周りに飛び散り、怪我をした腕を庇い、矢が飛んできた方へと顔を向けて睨みつける。



「いいところだったのに、邪魔するなっ!」



怒りに目を釣り上げ叫んだルーカスの視線は、聖女アリシアの仲間、弓を構えているザックだ。



ザックは弓を構えたまま、背にある矢を取り、もう一度彼に向けようとしていた。



「止めて!ザックさん!」



それに気づいたアリシアが慌てたようにザックを止める。



「アリシア様…っ。兄君の中に魔族がいるんですよ!あのままではあの娘を倒した後、あなたにまで被害が及ぶ」



ルーカスがミルディアを攻撃するやり方を見て、ザックは止めなければと思ったようだ。



このままいけば彼を食い止めているミルディアは倒されて、アリシアの方に攻撃してくる。それを避けるためにザックは早めに彼を倒そうと考えたのだ。



「ダメよ!体はお兄様なのよ!あの中にいる魔族本体を倒さなければ意味がない!」


「それはそうですが…!でも、どのみちこのままいけばあの娘は…」


助からない。


そこまで口にしかけた彼は言葉に詰まった。



アリシアが睨むように見つめてきたからだ。



「なんとか、この状況を打開しますっ。ミルディアはもちろん、お兄様の体もこれ以上勝手にさせるつもりはありません!」



アリシアが何かを決めた覚悟で訴えると、ザックはそれ以上何も言えなくなった。



「…わかりました。ですが、今はあの男を止めなければなりません。標的が、こちらになっていますから」



そう彼が告げた途端、バチバチ!と火花の音がして、ザックのいる場所に火の玉が飛んだ。



ザックは素早くアリシアを脇に抱え、そこから跳躍し、悲鳴を上げるアリシアと離れた所に着地した。



「…チッ。かわされたか!」



ルーカスが露骨に舌打ちする。


ザックは顔をしかめてアリシアを地面に下ろし、ゆっくりとルーカスの方に冷たい視線を向けた。



「まったく、魔族というのはいつも隙を狙ってくる。おちおち話もできやしない」



「おいっ、なんで僕の邪魔をする!お前等はいつもいつも癇に障ることをするっ!これ以上邪魔するなら、面倒だが、先に始末する」



頭にきたルーカスは苛立ちに怒鳴りつけ、ザック達を先に仕留めようと、突然、彼らの元に向かい走り出した。



「あー、まずったな」



怒りの矛先がこちらに向いた事に、ザックは頭を抱えて言った。



「ど、どうするのザックさん!あの人が!?」



ギョッとしたように青ざめたアリシアが、ザックの腕を引っ張る。



ザックは弓より短剣を手にして、待ち構えている。



「させない…っ」



そこに横から庇うように、ユリシスが先にルーカスへと剣を振り上げた。



ユリシスの邪魔に動きを止め、素早く後ろへと跳躍する。



「またお前か!さっきから邪魔ばかりして、ホントうざい奴らだな!」



ルーカスが舌打ちして、悪態をつく。



剣を構えて睨むユリシスにその後ろで弓を構えるザック。


少し離れた場所で、少年ジョシュアがいつでも応戦できるように構えていた。




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