第37話 史上最悪な悪魔の本音
薄らと目に滲む涙に、笑い声。
細められた金の目が、聖女を嘲笑う。
ワナワナと怒りに震え、殺気立ったユリシスが動く。
握りしめた剣がセシアを操る魔族に向かい、それに気づいた様子で笑いを止めた彼が、ニヤリと意地悪く笑った。
「アリシア様!」
それを見て、咄嗟に庇うようにミルディアは前に出ていた。
グッ!と強く、向けられていたユリシスの剣先が、手を広げてアリシアの背後に立ったミルディアの左肩に突き刺さる。
「あぁ…くぅっ…!」
ズキン!と燃えるような痛みに顔をしかめ、ガクンとミルディアはその場で膝をついた。
「あ…え?な、何が…?」
アリシアが後ろを振り向いて、左肩を突き刺しているユリシスを見る。
ユリシスは目を見開き驚いた様子で、剣の柄から手を離した。
「なっ…!?」
愕然としたように、ユリシスはふらつくように後退する。
自分が剣を向けた相手。それはアリシアだった。
ミルディアがいなければアリシアの背中に突き刺さっていた。
「ユリシス!」
鋭く呼ぶ仲間の少年の声。
「何してんだ!」
血相変えて駆けつけ、ユリシスの腕を強引に掴み自分の方に振り向かせる弓矢の男。
「あ、あっ…!何故っ…?」
ユリシスは真っ青になり、定まらない焦点で弓矢の男、ザックを見る。
「ユリシス。お前…操られて…っ」
その様子に何かに気づいたザックは、ハッと険しい顔つきでセシアを操る魔族を見つめた。
「アリシア様…私は、犯人では…」
肩に剣が突き刺さったまま、ミルディアが青ざめた顔でアリシアを見上げる。
アリシアは驚きと困惑でミルディアを見つめてから、ユリシスに悲しそうな表情を向けて、
「ザックさん。ユリシスを連れて行って」
その横のザックに命じた。
ザックはハッと我に返り、アリシアに「了解」と短く答え、茫然と立ち尽くすユリシスを引っ張り、先ほどいた方へ離れて行った。
「メリアモーション」
アリシアがそう一言呟くと、ミルディアの左肩にあった剣が光に包まれ薄くなり、消えていく。そして、その負傷した左肩はキラキラと光輝いて、見る見るうちに傷口が綺麗に再生していった。
「アリシア様…ありがとう、ございます」
どこか泣きそうな顔で、アリシアはミルディアの傷口を魔法で治してくれた。
「ミルディア。私は…」
アリシアがグッと唇を噛み、何かを言おうした時だ。
フッと周りに影が差し、ミルディアは不思議になって上を見上げた。
「ヘェ〜なるほど。そうくるんだ?」
ニコニコと口元だけの、目が笑ってない不気味な笑みを浮かべた金の目の魔族が、ミルディアの背後に立って彼女を覗き込んでいた。
「ルー…っ!?」
顔を歪めたミルディアが元親友の名を口にする間も無く、彼女の身体は真横に吹き飛ばされていた。
「あああああーーっ!」
悲鳴のような叫び声が口からもれて、吹き飛ばされたミルディアの体は数メートル先の、モイスの前で止まった。
「うぐっ…!ルー…カ、ス…あんた…」
彼に文句をつけたいが、口から出てくるのは呻き声。ひどく痛む身体に呼吸するのがやっとだ。
「あ、あっ…な、何を…」
棒立ちになっているモイスが、ミルディアが自分の前に来たことに驚き、セシアを操る魔族の方を向いた。
「それ…壊すために来たんだろ、粗悪品。なぁ…僕はその女の中にいる奴が欲しいんだよ」
その瞬間、アリシアの近くにいた彼の姿が消えて、モイスの目の前に、ミルディアの側に立っている。
ギョッとしたようにモイスが後退り、ミルディアが悲鳴を上げた。
「いやぁっ!はな、離して…っ」
セシアを操る魔族、ルーカスだろう彼はミルディアの髪を引っ張り、嫌がる彼女を無理やり立たせようとする。
「なぁ、粗悪品。サディストの命で来たなら、遂行しないとなぁ」
叫ぶミルディアを無視し、ルーカスは微かに笑い、乱暴に顎を上向かせる。
「やめ…!離し…っ!」
涙目で恐怖に歪むミルディア。
ルーカスはそんな彼女の頬を撫で、顔を近づけ、流れた涙を舐め取った。
「うるさいぞ?静かにしてれば、何もしないよ」
ボソリとルーカスが呟き、ヒュッと息を飲んで固まるミルディアに、「クックックッ」と喉を震わせ嗤う。
「あ、あなたは…今の、魔王陛下…」
モイスが掠れた声で呟く。
ピクリとルーカスの眉がつり上がり、氷のように冷たい眼差しがモイスを射抜いた。
「ひっ…申し訳…!?」
モイスが謝るより先に、突然殺気立ったルーカスはミルディアを離さないまま、反対側の手でモイスの胸ぐらを掴んだ。
「その名を言うな…っ。やりたくもないそれを押し付けられそうで、イライラしてるんだよ!こんな軟弱な器にしか入れなかったんだからな」
「やっぱり…。セシア様…どこに…」
ミルディアが口を挟むと、彼がギロッと彼女を睨みつける。
「ホント、お前も…黙れと言った!僕が欲しいのは、お前じゃないんだよ…っ」
顔を近づけ目を血走らせ、ミルディアに訴える。
欲しいと先ほどから彼は言っているが、何が欲しいのか、わからない。
ミルディアは微かに口の中で、体の痛みが弱まる呪文を唱える。
体に微かに力が戻り、こちらを冷たく見据える魔族を睨み返した。
「あんたこそ…ルーカス。何もかも、場違いなんだよ…!」
近づけているセシアの額に、思い切り自分の額を叩きつけた。
がつん!と音がして、
「なっ…?」
驚いた彼の身体がぐらりと傾き、ハッとしたようにモイスとミルディアから手を離すと、打ち付けられた額を抑えてそこから離れた。
「お前…」
「あんたが欲しいのは、魔王という地位?それとも私と違う名誉かしら?でもね、その醜い執着で周りが見えていないあんたは、私がこうして目覚めて生きていることすらわかっていない」
「何…?」
顔を歪め、私の質問に眉を寄せる。
「ルーカス。あんたの目的は何っ!?魔女メアリーを、親友である彼女を何故殺したの…っ?」
奴に会ったら、それを一番に聞きたかった。
ミルディアは憎しみのこもった目で奴を睨みつけた。
刹那、セシアを操るルーカスの顔から表情が抜けた。
金の目が異様に冷たく光り、空気が凍りついた。
「器のくせに、生意気な…。僕が欲しいのは、昔も今もメアリーだけ。だがそのために、あのジジイと…スピネルと契約したんだ」
その答えにミルディアの目が大きく見開く。
セシアの中の魔族、ルーカスは苛ついたように舌を鳴らした。
「だから、価値のないメアリーの器であるお前を守る必要がある。そのうっとうしい聖女側や、その下級魔族からなぁ」
ルーカスはメアリーに異常なほど執着していた。
その目は本気で、ゾッとした。
顔から血の気が引いたミルディアが無意識に後退る。
「誰にも、僕のやり方を邪魔させない…っ」
彼がギロッと強く睨みつけ、手を持ち上げた。
その瞬間、頭上の空に魔法陣が浮かび、ゴロゴロと嫌な雷鳴が鳴り響いた。
「これは…っ!」
ミルディアはもちろんのこと、聖女側の四人も顔色を変えて、急に浮かび上がる大きな魔法陣とその周りに響く雷鳴に、周りから悲鳴が上がる。
「皆さん!今すぐ建物内に逃げて!」
アリシアが周りにいる使用人達に向かって叫んだ。
混乱と恐怖に陥った彼等は慌てて邸内に逃げていく。
「あーはっはっはっ!無駄なことを…!今更逃げても、これはもう邸全体を覆っているんだ。逃げる前にお前らなんて全員、これに打たれて死ね」
それは悪の中の悪、魔王らしい決め台詞で、セシアの顔をしたルーカスが哄笑とともに囁いた。
刹那、ピカ!と魔法陣が光り、邸に逃げる使用人達の近くで稲妻が落ちる。
「うわあああ!」
「ヒィィー!逃げろぉ!」
「ぎゃあああっ!」
「助けてぇ!!」
よく見れば、先ほどまでミルディアを取り囲んで彼女に乱暴していた使用人ばかり、狙われている。
雷と同様、落ちた稲妻に当たり悲鳴とともに倒れる者、近くに落ちて腰を抜かしたり、情けなく逃げまとっている者。
アリシアが咄嗟に魔法を使いシールドしているが、邸全体を覆い尽くしているためそれは消えない。
「あ…ああっ、やめて…っ。やめてよぉ!ルーカス!!」
ルーカスの一番近くにいたミルディアは、彼を止めようとその体にしがみつき、青ざめた顔で悲痛に叫ぶ。
しかし、ルーカスにその声は届かず、周りが悲鳴を上げ、稲妻から逃げ惑う姿を愉しそうに見つめて笑っていた。
(ダメ!このままでは…!みんな、本当にこいつの餌食に…!)
聖魔法でアリシアが守っているが、彼女の息は既に上がっていた。あまり長く魔法を使えないのか、まだ修行が足りないようで、彼女にはこの魔法に対抗するほどの力は持っていなかった。
「くっ…こ、こんな力が…っ」
アリシアの仲間も参戦して、聖女の放つシールドに自分の魔力を注ぎ、より長く保とうとしている。
それでも彼等にはこんなに強い力には勝てそうにないようで、次々シールドに穴が開いて、そこから落ちる雷に使用人達が打たれて倒れていった。
その光景は前世に何度も見た、父王スピネルと重なる。
普段は冷静で感情が欠落しているような彼だったが、失敗した部下や敵となる聖女側を追い詰める時、とても楽しそうに相手を痛めつけて喜んでいた。
それはこの彼も同じ反応だ。
心の底から楽しそうに恍惚とした表情を浮かべて、周りの者達を次々と倒していくその姿に、ざわりと心が乱れ、戦慄した。
「こんなの…こんなやめろ」
ミルディアは小さく震える声で呟き、ゆっくりと立ち上がる。
人を傷つけ楽しんでいるルーカスをキッ!と鋭く睨みつけ、大きく息を吸った。
「このっ、最低最悪変態魔術師が…っ!!やめろと言っているのが、わからないのかーーーっ!!」
彼女はありったけの力を込めて、彼に向かって絶叫した。
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