第36話 真犯人から魔族

無実を否定されて死刑される瞬間、その男は現れた。


髪と瞳の色がいつもと違うセシアらしき男が、殺意のある低い声で何かを呟いた。



その瞬間、底冷えするほど強大な魔力を感じ、両側に衝撃を感じた。



目を開けて見ていたのに、何が起きたのかわからなかった。



気づくと、拘束していた周りの者がいなくなっていたのだ。



「ひぎゃあああっ!」



「うわぁあああっーー!」



「ぐぁあああっ!?」



後ろから聞こえてきた苦しむ悲鳴に、ハッと我に返る。


どうやらミルディアを拘束し追い詰めていた使用人達は、あの衝撃で吹き飛ばされたようだ。



後ろを振り向けば、殆どの者が血塗れになって地面に倒れ込んでいた。まだ意識がある者が、痛みに声を上げて暴れていた。



「ぐっ…!何が、起きて…!」



そこに目の前にいたユリシスの声がした。弾かれたようにそちらを向くと、少し離れた場所で地面に突きつけた剣で体を支え、片膝をつき、苦しそうに表情を歪め呻いていた。



「何だ…?セシア様っ!?いや、顔立ちは似ているが…」



すると、離れた先にいた彼の仲間のザックが驚いたように声を上げた。



「なんで…?あれはお兄様よね?何故、お兄様が?」



その横でアリシアが何が起きたのかわからない様子でセシアらしき男を見つめていた。


周りにセシアはいない。やはり、彼が、セシアなのか…?



誰もがその男の変わりように驚き、警戒した。中には恐怖に支配されている者もいる。



その男は苛立った様子でユリシスや使用人たちを睨みつけた。



「まさか…無実である女を一人、多勢で貶めるとは…。これほどに馬鹿で醜い人種がいたとはね」



そう吐き捨てるように呟き、肩をすくめて失笑する。



一瞬のうちに攻撃を受け、自分たちのしていた行いを否定されたユリシスは、その言葉にさっと顔色を変えた。



「我々の邪魔をするとは…あなたはセシア殿、ですよね?これはどういうことですか?」



怒りと困惑で尋ね、ゆらりと立ち上がる。



「セシア…?ああ、この器のこと?僕はセシアじゃないんだな。聖女の犬のくせに、わからないのか?」



挑発するように嘲笑う。



「なっ…!い、犬だと!?聖女の兄君がそんなことを言うわけない!まさか…お前、魔族か?」



ユリシスがハッとしたように、目の前にいる男の正体を見破る。



その問いかけに、彼の金色の目がスッと細められて、ニヤリと笑った。



「愚犬にしてはよく見抜いたな。そう、僕は魔族様だ。お前たちが馬鹿みたいにこの女を犯人だと勘違いして嬲るのは楽しかったよ」




犯人は別にいるのに、一人の女を追い込んでいる姿を楽しく見物していた。



それは犯人だから楽しめた訳で、ユリシスはようやく己の失態に気付いた。



「まさか…お前が…!」




「ふっ。本当、役立たずの愚犬だな。聖女と呼ばれるそこの馬鹿女にはお似合いじゃないか?」



クスクスと相手を嘲笑うその姿はまさに、悪人!



ミルディアの場合は別の意味で驚き、声も出なかった。



あの、金色の目。



魔界に行った時、それらしき者とは会わなかった。でも、セシアはあのとき誰か別の者がそれに乗り移っていた。前世の父、魔王陛下と対峙し、意識が薄れている間、複雑な話をしていたようだ。



(こんなそっくりなの…どういうこと?やっぱり、彼は生きていた?これも乗り移って、セシア様を悪役に仕立てて、私を助けている?)



わからない。それに奴なら自分を助けない。



でも、何故、このタイミングでこの魔族は暴露したか…。



「お兄様!」



アリシアの悲痛な声が響いた。


ふらついた足取りで駆けてきた彼女の顔は真っ青で、信じられない様子でセシアを乗っ取っている魔族を見つめている。



「僕は、お前のような下賤の兄じゃない。ん…?その体に宿る力…お前が、件の聖女様か?」



そこで初めてその魔族はアリシアの存在を知ったようだ。魔族の間でも、聖女としての彼女はまだ知れ渡っていないようだ。



「あ…、その体から発する禍々しい気は、魔族!?お兄様を、操っているの?」



そこでようやくアリシアも、目の前にいるのがセシアじゃないと気づいた。



驚愕したようにそう問いかける。



「アリシア様!危険です!」



そこに慌てたように聖女の仲間の二人が近づいて、彼女を守るようにセシアの前に出てきた。




「…またわらわらと…。聖女を守る邪魔者か」



彼等も必ず聖女の近くにいて、現れる。



お約束の展開になってきた。



ミルディアはハッとして我に返る。



(このままでは、何か良くないことに…)



自分の無実はこの男の登場で証明できるが、それ以上に、今、ここに魔族が現れるのは都合が悪い。下手したら、ミルディアも仲間とされて、聖女であるアリシアと決別なんてことも…!



「正体をあらわせ!その体にお前のような卑き者が入っていいものではい!」



ユリシスが叫び、剣を向けた。



他の使用人達も、聖女を助けようと彼を取り囲むように対峙した。




先ほどのミルディアと同じだ。



「ど、どういうことだ?こんな…こんな予定ではなかった!」



すると、今まで成り行きを見ていたミルディアの父、モイスはセシアを操る魔族が現れたことに動揺し始めた。


「まったく…相変わらず人間っていうのは…。いいのか?僕を捕まえるよりも、今回の本当の首謀者を捕まえた方がいいのでは?今まさに、その男が逃げようとしているぞ?」



この状況でも余裕さを見せ、フッと笑って、何故かその逃げようとしているモイスに視線を向けた。



彼は青ざめて、建物へ逃げようとしていた。見つかりハッとしたように足を止めた。



「何?どういうことだ?」



ユリシスが逃げようとしていたモイスを見て、困惑した。



それはアリシアも他の者も同じリアクション。



「な、何を言って…!私は、被害者です!みなさん騙されてはいけない!この者も、セシア様を操る悪い魔族だ!」



モイスが焦ったように訴え、セシアを乗っ取っている魔族を指差した。


中の魔族が、面白そうにハッ!と声を上げて笑う。



「これはまた、古典的なやり方で僕を嵌めるつもりか?嘘つき野郎が…!貴様を知らないとでも?その体、あのマッドサイエンティストが造ったんだろ。あの力を利用したな」



ギン!と殺気立った目で強く睨みつける。



「な、何を…!わ、私を貶めても…っ、あ、アリシア様!私は無実です!被害者なんだ!早くこの男を裁いてくれ!」


モイスがギクリとして狼狽え、すぐにアリシアに泣きつく。



やはり、モイスは今までと違う。



ミルディアはセシアを操る魔族の言葉で、モイスも魔族が乗っ取っている可能性があると気付いた。


それならモイスが急に態度を変えて、ミルディアを貶めたのも頷ける。


「も、モイス、あなたは被害者ですよ。自分があんなふうになってまで、このようなことをしないでしょう。お兄様の中にいる、魔族のあなた。私達は騙されません」



アリシアはセシアを操る魔族の言葉を信じていなかった。



冷たく言いつけると、彼は声を立てて笑った。



「あはははっ!本当に聖女っていう女は、どの時代でも変わらないなぁ!お前、修行が足りないね」



セシアを操る魔族が顔を大きく歪め肩をすくめ、聖女アリシアを嘲笑う。



その笑い方や仕草に、ミルディアは真っ青になって、



「ああっ、そんな…!なんで…ルーカスっ」


くしゃりと彼女の顔が悲しそうに歪み、前世、親友だった彼の名を吐き捨てた。












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