第35話 魔女に裁きを

「誰か、その娘を捕らえろ!」



ユリシスが叫んだ。



その声に周りで聞いていた使用人達が動いた。



ユリシスは聖女の仲間だ。それを使用人達は彼らが正義だと思っている。



「ダメよ!ユリシス!」



アリシアが青ざめた顔でユリシスの腕を掴み、止める。



ユリシスはアリシアを振り向き、



「あなたは聖女だ。聖女として、正しい行動をして下さい」



厳しい言葉を投げた。



アリシアは息を飲み、ユリシスの腕から手を離した。それを確認するとユリシスはミルディアの方に険しい顔を向ける。



「きゃっ!やめて!」



すると、ミルディアが近くにいた使用人の男に拘束され、彼女は悲鳴を上げながら暴れていた。



「捕まえたぞ!魔女め!」



「今まで俺たちを騙していたな!」



「恐ろしい魔女めっ!」




周りの使用人から飛んでくる罵声。



暴れるミルディアを両側から抑え、逃げないように地面へと膝をつかせた。



「くっ…やぁ…っ!」



ミルディアは何とかして逃げようと、腕を動かすが、力強く掴まれ抵抗できない。



「みんな信じて!私じゃないわ!」



ミルディアは泣きそうになりながら訴えるが、誰もが彼女を冷たく睨みつけていた。



「うるさい!黙れ!」



無実だと叫び抵抗するミルディアを見て、苛立ったように前に立つ使用人が怒鳴りつけた。



「これで口を塞げ!」



その横の使用人がそう叫び、ミルディアの口に無理やりボロ布を押し込む。



「やめ…ふぐっ!?ううっ!ふぅーー!」



口を塞がれた彼女は怯えたように涙を流し、首を振りながら激しく抵抗した。



アリシアは使用人の行動を止めることもできず、辛そうに顔を背けた。



「ユリシス様!この女、魔族の娘はどうしますか!」



腕を掴み捕らえた一人が、興奮したように叫ぶ。



「おい、これは何が起きて…ユリシス?」



そこに戻って来た聖女の他の仲間、弓を持った男ザックが、驚いた様子で周りを見渡す。



「ザック、どうやらユリシスが先に見つけたようだね」



もう一人の仲間、少年のジョシュアがザックの隣りに並び声をかけた。



「ああ、ジョシュアか。ユリシスが見つけたのか?だが、何故使用人達が…」



「さあ、僕も今し方戻ったから。でも、この状況からするに、あの捕らえられている娘が犯人じゃない?」



ジョシュアはユリシスが仕切っている状況を見て、今は口を挟まない方がいいと判断したのだ。



ザックは思わず顔をしかめた。



「ユリシス…あいつ、また悪い癖が出てるな。聖女様が青ざめて、泣きそうだ。また無理矢理犯人に仕立てたのか?」



「うーん、そうかもね。ああなってるユリシスは止められないよね。黒騎士にしか、無理じゃないの?」



ユリシスの好敵手ともなる男、聖女の聖騎士の一人。



彼ともう一人、魔法使いのあの男しか、この場を収められない。



よく知っている仲間だからこそ、二人は下手に動けなかった。



「あ…ザックさん!戻って来たんですね!」



そのとき、アリシアがザックとジョシュアに気づき、安堵したように駆け寄って来た。




少し離れた場所で事の成り行きを見守っていた二人はアリシアに見つかって、ザックの方は苦虫を噛み潰したような顔をして、ジョシュアの方は面倒臭そうにため息をついた。



「ああ、アリシア様。大丈夫でしたか?」



だが、ザックはすぐに心配したように取り繕い、駆け寄って来た彼女を笑顔で迎えた。



「私はなんとも…。でも、ユリシスがあの子を捕まえて…っ。私では彼を、彼等を止めることができません!どうか、彼らを止めて下さい!」



必死な様子ですがり泣きつく彼女に、ザックは困ったような顔をした。



「アリシア様、落ち着いてよ。僕らではああなったユリシスは止められないよ。それより、どうしてあの女の人があんな風に捕まってるのか教えてよ」



横にいるジョシュアが冷静な態度で二人の会話に割り込んだ。



その問いかけに、アリシアは微かに息を飲んで、悲しそうに顔を曇らせた。



「二人がいない間、モイスが…私が助けたあの男性がね、自分の娘ミルディアを犯人だと言ったの。彼女は幼い頃から魔法が使えていたらしくて…モイス、庭師の男性がそう証言したの」



所々言葉に詰まったが、何とかアリシアの説明を聞いて、驚いたようにジョシュアが目を剥いた。



「え…?幼い頃から魔法が使えた自分の娘を犯人だって、あの助けた人が言ったの!?」



素っ頓狂な声で叫び、一瞬だけ使用人達に捕まっているミルディアに視線を向けた。



「そう、です…。庭師のモイスは、ミルディアを赤子の時に森で拾ったようなの。私も知らなかったけど、もうそのときから魔法が使えるようだった。それでモイスが怯えて、この爆発騒ぎも彼女の仕業だって言い張っているの」


「それは、なんかとってつけたような話だよね。娘の、ミルディアだっけ?アリシア様は親しいの?」



「私…?私は、子供の頃から彼女をよく知っています。でも、彼女はモイスを父として慕っていたし、人を傷つけるような人ではありません。だけどモイスが言うには、ミルディアは魔族で、小さいときに人を傷つけた事があると言いました。今回の騒ぎで自分も襲われたのだと、教えてくれました」




モイスが一方的に思い込んでいる節もある。魔族を恐れているからこそ、ミルディアが魔法を使えると知って、恐ろしくなった。いつか周りを攻撃するだろうと思い込んでいた。恐怖心から犯人だと言い張っているのはそのせいだろう。



「知らなかったとはいえ、貴様は恩人である養父を殺めようとした!所詮、卑しき魔族はどこにいても魔族なんだ。死をもって、その罪を償えっ」



そこにユリシスの断罪する叫び声が響き、仲間の三人はハッとしてそちらに振り返る。


両腕を掴まれたまま地面に膝をつき、青ざめた顔で涙を流すミルディアは恐怖に目を見開いている。その目の前ではユリシスが剣を振り上げていた。



「ユリシス!止めて!」



アリシアが再び悲痛な声で叫んだ。その瞬間、剣を振り下ろしたユリシスが途中でピタっと止まった。



「何をしているのです、騎士様!この娘に裁きを!」



だが、モイスの非難するような訴える声に、ユリシスは険しい顔でグッと手に力を込めると、アリシアの制止の声を聞かずにそのまま剣を振り下ろした。




「止めろ。愚犬がっ」




刹那、地を這うような低く殺気立った声が響いた。



まるで時が止まったかのように、ミルディアの首が斬れる寸前の所で、ユリシスの手にある剣が折れていた。



誰もがハッとして、青ざめた顔で声のした方に振り向いた。



そこには、漆黒の髪と金の瞳をした、セシアに良く似た男性が立っていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る