第34話 隠された出生
これはホントに逃げられない。
頭が真っ白になって、責めてくる彼等に何を言い返せばいいか、分からない。
「待て、アリシア」
不意に、横から手が伸びた。
ミルディアの少し前に、庇うように立ったのはセシアだ。
「お兄様?」
驚きと困惑に、アリシアは涙は止まっている。不思議そうに兄を見ている。
「聖女の聖騎士だったか…あなたも、少し、話を聞いてほしい」
「あ、あのセシア様…っ!」
そこに、戸惑うように声を上げたミルディアに、セシアは無言で、背で威圧する。
口を閉じ、ミルディアが息を飲む音がして、セシアは口を開いた。
「聞いてほしい。今まで黙っていたんだが…彼女、ミルディアは…魔法が使えるんだ」
その瞬間、その場は水を打ったように静まり返った。
セシアの爆弾発言に、当の本人であるミルディアはギョッとした。
「え…?ま、魔法?ミルディアが魔法を?」
兄の発言に頭が追いつかないのか、混乱した様子でアリシアが首を傾げた。
「魔法が使える?それは、どういう意味ですか!」
ユリシスが驚きと警戒を持って叫んだ。
「せ、セシア様!なぜそんなことを…!」
思わず腕にしがみつき、震える声で訴える。
「このミルディアは強い魔力を持っているんだ。その魔力で自分で傷を治せるようだ。爆発で先ほどまでひどい怪我をしていたのを見ている。こうして自分で、回復したのだろう」
セシアはミルディアの言葉を無視して、さらに隠していた治癒能力も暴露した。
その言葉はまるで見てきたような発言だが、ミルディアはセシアに治癒能力のことは話していなかった。
それなのに自分のことをよく知るセシアに驚きながらも、すべてを暴露されて息が止まった。
「ミルディア…本当なの?」
そこに顔を曇らせたアリシアが、セシアの言葉に不安そうに、ミルディア本人に尋ねた。
一瞬固まっていたミルディアはびくっとして、先ほどよりも取り乱した様子で口を開いた。
「え?そ、それはその…わ、私は…っ」
(どうしよう…!本当のことを言うべき!?でも、これを言えば助かる保証はどこにもない!)
「おい、どうなんだ!魔法が使えるのか!?」
強い口調でユリシスに問い詰めされ、ミルディアは反射的に口を開いた。
「は、はいっ!使えます!あ…っ、だけど勘違いをしないでください!あくまで私の魔法は人に危害を加えないものですっ。この爆発騒ぎには本当に、何も関与しておりません!」
上手く言えず、少し声が上擦った。緊張に顔を強張らせて、自分の秘密を自分の口から皆にバラした。
驚いていたアリシアは、そんな不安そうな彼女を見て、にこりと笑いかけた。
「…私は、その話を信じます。ミルディアが魔法を使えるのには驚きましたが、あなたが自分の父親を攻撃するとは思えません。ましてや大事にしている花園を傷つけるような行為はしないでしょう」
アリシアの言葉にハッとする。
今思えば、アリシアはミルディアが温室の近くの小屋を使っているのを知っている。
それなのに、この爆発を起こした容疑者がミルディアだとは、考えていなかった。
アリシアは初めからミルディアをそういうふうに見てはいなかったのだ。
一人で不安がって、思い悩むことはなかった。
「いけません、アリシア様。娘は…娘は、嘘をついている」
そのとき、怯えたように震える声でモイスが口をはさんだ。
青ざめた顔で娘のミルディアを見つめ、震える手でモイスがあるものを取り出した。
「騙されてはいけない!娘は魔女だ!この魔族の魔法陣を使って、私を…殺そうとしたんだ!」
モイスは一枚の紙を皆の前で広げて叫んだ。
「なっ…!お、お父さん!?」
モイスに犯人扱いされてミルディアは声を上げた。
「お、お前に父と呼ばれたくはない!わ、私が知らないとでも思っていたのか!?魔法を、それも闇の力を使えるのを知っていたら、お前など拾わなかった!恩人である私をこんなふうにして…お前など拾わなければよかったよ!」
「え…?」
ミルディアは一瞬頭が真っ白になった。
(何を…何を言っているの…?)
「拾って、育てた?私は、お父さんの子だよね…?」
「違う!私はお前とはなんの繋がりもない!他人だ!」
その叫びにミルディアの顔が凍りつく。
モイスの向ける冷たく蔑む目は、実子に向けるものではなかった。
「そんな…っ!」
隠されていた出生。
このタイミングで拾い子だったと真実を告げられて、ミルディアは絶望感に襲われた。
(私が…お父さんの子ではなかった…っ?なら、私は…魔法が使えるのも、まさか…!)
「モイスさん。ミルディアがあなたの子ではないと、本当なんですか?」
すると、信じられない様子でアリシアが問いかけた。
モイスは強張った表情を彼女に振り向き、頷いた。
「その娘は、私が森の中で見つけたのです。あの日は妻の命日だった。赤子の鳴く声に気付いて、それに導かれるように行くと、妻が好きだった花の前に、この娘がいたのです。それを見て私は奇跡だと思った。妻の代わりに娘が出来たと、あのときは本当に嬉しかったんです」
泣きそうな辛そうな表情をして、モイスは当時のことを語る。
ミルディアは頭が混乱して、彼が何を言っているのかわからなかった。
途方に暮れたように彼を見つめ、それを聞いたアリシアは胸を打たれていた。
「でも、すぐにそれは違うのだとわかりました。この娘は赤子ながら、すでに強い魔力を宿していた。まだ何も知らない赤子だからと見て見ぬ振りをしていましたが…段々強くなるそれを見て、不安を感じた。そして、この娘が六歳になると、仲の良い隣人を殺しかけたのです」
それはミルディアにも覚えがあった。真実は違う。
ハッとしたように我に返り、ミルディアは青ざめた顔をモイスに向けた。
「あれは違う!お父さん、あれは私がやったのでは…」
「黙れ!私を父と呼ぶな!」
最後まで言い終える前に、モイスに鋭く一喝された。
ミルディアはビクッとして口を閉ざす。
「私はお前の父じゃない!あのときも、私は恐怖した。いつかやるだろうと、私も殺されるだろうと…っ」
恐ろしい表情で叫ぶ彼は、あの優しかった父の面影はない。
今はミルディアを魔女としか見ていない。憎しみのこもった、冷たい目で睨み付けていた。
その重く悲しい話に、誰もが口を閉ざし、いつの間にか辺りはシーンと静まり返っていた。
「………つまり、この娘は他人で、魔族の子だったわけですか?そして、あなたを…育ての親であるあなたを殺そうとした、罪人だったわけか」
暫くして、その重い沈黙を破ったのはユリシスだった。
モイスに確認するように問いかけながら鋭い目を向けると、その言葉にモイスはハッとしたように頷いた。
その肯定に、ユリシスはニッと好戦的な笑みを浮かべた。
「アリシア様。今のをしっかりと聞きましたね?」
少し愉しそうな声でユリシスがアリシアに確認すると、彼女はぎこちない表情で微かに頷く。
「モイスの話は、よく分かりました。ですが、私にはミルディアが魔族だとしても、父のように慕うモイスに魔法を使うなんて、信じられません」
今まで一緒にいた彼女をよく理解しているのはアリシアも同じだ。
ミルディアは彼女がまだ自分を信じていることにホッとしたが、父のモイスが自分を恐れていることには深く傷ついた。
「アリシア様、それでもこの者の証言は信憑性があります。一度死んでいたのですからね。それを体験し、その時のことを覚えている」
ユリシスはミルディアが拾い子だと聞いて、彼女を魔族で人間の敵だと頭から決めつけている。だから、ミルディアは犯人、とそう考えれば話が繋がると思っているようだ。
ユリシスの言葉に少し揺らいだのか、迷いのなかったアリシアが顔を曇らせた。
「私は違います!アリシア様っ!」
ミルディアは叫んだ。アリシアならわかってくれる。
その一心で縋るように彼女に訴えた。
アリシアはミルディアからモイスを見て辛そうな表情を浮かべると、ユリシスに一度振り向き、彼が微かに首を振ったのを見てミルディアに悲しそうな目を向けた。
「ごめんなさい。私からでは何とも言えないわ。ミルディア、あなたの無実を明かすものがなければ…」
ユリシスの言葉でアリシアの考えも変えてしまった。
「違う…っ、私は…!」
ミルディアは真っ青な顔で叫ぶが、ユリシスとモイスの冷たい目に息を飲み、追い詰められたようにふらふらと後退した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます