第33話 追い詰められる

黒焦げた小屋の残骸から離れた場所に椅子を置き、そこにモイスが座ってアイリスと話し込んでいる。



事故が起きた取り調べを行なっていると思いきや、何故か楽しそうに雑談していた。



ミルディアとセシアを連れたユリシスはアリシアのもとに行き、二人に声をかけた。



「聖女様。兄君のセシア様をお呼びしました」



モイスと仲良く雑談していたアリシアは、ユリシスの方を振り向き、セシアを見てハッと表情を引き締めた。



「お兄様っ!」



呼びかけると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、ユリシスの後ろにいるセシアへと近寄った。




「アリシア…。この人から、事情は聞いた」



嬉しそうな彼女とは対照的に、セシアは深刻な表情だ。一瞬アリシアは不満そうな顔をしたが、それはすぐに悲しそうな顔に変わる。



「あ…ごめんなさい、お兄様。私、説明するときがなくて、こんな形でお兄様に伝えることになりました。ウィンシアお兄様とお父様とは王宮で別れの挨拶をして、セシアお兄様にはまだしていないと、一度こちらに戻ってきたんです。お兄様、やっぱり怒ってますか?」


最後は語尾が弱く、叱られた子犬のようにしゅんと項垂れた。



アリシアはセシアにだけ報告をするのを忘れていたわけじゃない。結果的に遅れて、そうなってしまったのだ。セシアもユリシスや彼女の話でそれはわかった。だが、やはりこんな大事な話を今まで話す事なく、仲間と旅をすると決めた後に伝えてくるのはあまり良い気分ではなかった。



「アリシア、私だけ伝えるのを遅れたことは、頭では理解できている。事情が事情だからね。だけれど…帰ってきた私は今までずっとお前の近くにいた。それを話す機会を作らなかったのが、少し悲しく…残念だ。もっと早く知りたかった」



兄として妹が心配で、正直な気持ちを伝えた。


その言葉にアリシアの表情が陰り、「ごめんなさい」と謝った。



「急にこんな事になって…お兄様にちゃんと話さなかったこと、謝ります。お兄様が納得いかないのもわかります」


自分に非があったと素直に認める。


「セシア殿!アリシア様は何も悪くありません。これはサリオン伯爵家にとっても大変名誉あることだ。女神様がお決めになったのですよ!?あなたは妹君が聖女として選ばれたことに誇りを持ち、聖女様として旅立つ彼女を祝福するのが兄としての役目だ」



それを黙って見ている聖騎士ではなかった。不満そうな顔をしてユリシスが非難すると、アリシアは青ざめ、止めに入った。



「や、やめてユリシス!お兄様に、なんて事を…っ!」



例え聖騎士であり仲間でも、兄という立場であるセシアとは違う。



泣きそうな顔で叫んだアリシアに、ハッとしたように顔を強張らせ、ユリシスは頭を下げた。



「す、すみませんアリシア様!兄君だとわかっているのですが、あなたは聖女に選ばれた方であるので、家族の方ならなおさらそれを祝福し迎え入れるものだと…!大変失礼致しました!」



聖女の前では、仲間は誰もが聖女アリシアを一番に考える。それが例え相手が聖女の兄だとしても、聖女を謝らせ困らせるような者がいれば我慢ならないのだ。



何事も聖女至上主義であるユリシスに、それを側から聞いていたミルディアは覚えのある光景に寒気がした。



(ははっ…なにこれ?この、聖女が世界の中心であるって言う考え方、まるで変わってないわ〜)



セシアはどう感じ取ったか。


横で寒気に襲われ顔を引きつらせているミルディアとは違う。彼は冷静であり、そして、

少し寂しそうな笑みを浮かべた。



「私も、すまなかった。少々過敏になった。アリシアも望んだわけじゃないのに、選ばれたからには兄として、喜ぶべきだったね」



「お、お兄様は悪くありませんわ!本当なら、聖女と決まった時に報告すべきでしたもの!あ…お兄様、私…」



謝罪をしたアリシアに対し、セシアも言いすぎたと自覚があった。なんだかだ言って妹に甘い。



「いい。わかったから。それで、アリシアはもう決めたんだろ?」



「…はい。聖女の仲間である聖騎士が三名揃い、ようやく旅立てます。北の地に、魔王陛下が復活して、魔物の動きが活発化になり、こうして魔族も増え、被害が増加しているんです」



世界の状況だろうか、よく理解している。



アリシアも聖女として、情報を得ていた。



セシアは顔をしかめてそれを聞いたが、アリシアに笑顔を向けて頷いた。



「それは…私も聞いている。それを考えればお前も早く行った方がいいな。それで、話は変わるが、この小屋での騒ぎはどうするんだ?」



話を現場に戻し、セシアは周りに難しい表情を見せた。



あの小屋を破壊したと一番に疑われる者はミルディアだ。だがそれはユリシスに犯人ではないという潔白の証拠があることを伝えている。


それでもミルディアにとっては、生きた心地がしない。



小屋の利用者に魔族と、魔法を使った、その三点は事実、ミルディアに当てはまる。



「…そのことで、アリシア様。爆発があった際に、こちらの庭師の娘と言う方が、その時の状況を詳しく説明できるそうです」



すると、ここでユリシスがミルディアを紹介した。



アリシアはハッとしたようにミルディアに顔を向けて、顔色を変えた。



「そうだ、ミルディア…!あなたも大変だったわね。モイスに事情を聞いて…あっ!怪我をしたの!?」



アリシアに怪我をしている腕に触らせて、びくっとミルディアは震えた。



今の今までアリシアはユリシスが話題に出すまで見向きもしなかった。彼女が自分に意識を向けたことに、ひどく動揺した。



(ああ、やばいわ!何だろうこの気持ち…!犯人ではないのに、追い詰められている感じがするのは!?)



「ああああのっ!これくらい何とも…アリシア様!?」



怪我は重症だった。でも、深い傷は治っている。



それを知らない彼女が、目の前で突然ハラハラと涙を流した。



「ミルディア…うっ。モイスは息が止まっていたの。死にそうな思いをした…!あなたまで亡くなったんじゃないかって、私…ううっ…!」




堪えきれず、顔を覆うアリシア。ミルディアは目の前で泣かれて、オロオロした。


「あああ…アリシア様、私は大丈夫ですよ!?そんなに泣かないでください。うーん、困ったなぁ。…あ、そうだ!父を助けてくれたのはアリシア様と聞きましたよ!無事に生きていますから、本当に感謝しています!」



視線の端にモイスを移し、無事な姿を目の前で見てホッとしながら、アリシアをあやそうと、彼女が泣き止むように話題を変える。



「あ、アリシア様!ほらっ、二人とも無事だったんだ。そんなに泣かないでくれ…っ」



泣き出した彼女にユリシスも驚き、オロオロした。



セシアはセシアで辛そうな顔をして、妹を、ミルディアの様子を見ている。



「ううっ…だって、本当に、私…っ。ミルディア…ひっく…。あなたの、この傷も…ひっく、な、治すから…っ」



泣きながら、アリシアはミルディアの傷さえも治そうと告げた。



そのことに、ミルディアはギョッとした。



「えっ…?そ、それはホント、大丈夫ですからっ!アリシア様、そんな、私の体まで責任取らなくてもいいですよ!」



聖女だからと、それを無闇に自分に使ってもらいたくない。



ミルディアの体は人間だが、万が一…ということもある。白魔法は、逆にミルディアの体に毒かもしれなかった。



「で、でもミルディア!そこの、足の傷が深そうじゃない!傷が残ったら動くのも難しいし、そんな傷だらけじゃ……あ、あれ…?そういえば、ミルディア。あなた…なんで普通に歩いているの?」



その瞬間、ギクッとした。



ミルディアはここに来た時、足を引きずってはいなかった。彼等…聖女たちの様子を見ていたあの時点で、ミルディアの足の傷は普通に歩けるまで回復していたからだ。



「ミルディア…!」


そのとき、ガタン!と、後ろの椅子に座っていたモイスが立ち上がった。



ハッとしたように、ミルディアだけじゃなく他の三人も、モイスの方に振り返った。



「お前…なんで、無事に動いているんだい?あんな事があって、私はあんな風になっていたのに…」



あんな風にとは、全身黒焦げになった状態で、小屋の残骸に下敷きになっていた事だ。


あれはどう見ても助からなかった。だが、それを聖女であるアリシアが元通りの身体に治し、生き返らせた。



その力は、この場で癒しの魔法を持つ彼女にしか使えない。



「そうだ…お前っ!なんで無事なんだ!?確か、小屋を出た時に魔法で爆発したと、そう言っていたはずだよな!?それならお前も瀕死の状態だったはず…!」



そこにハッとして、何かに気づいたように険しい表情をしたユリシスが鋭い声を上げた。




「ミルディア…嘘っ、あなた…!なんで、動いていられるの…っ?」





信じられないものを見るように驚愕したアリシアが、青ざめた顔で肩を震わせ、呟いた。



「え…?あ…っ?わ、私は…っ!」


愕然としたように、蒼白に、ミルディアは言葉を詰まらせる。



…この場を切り抜ける良い案が、思い浮かばなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る