第31話 聖女様の登場

使用人達の後に戻ると、破壊された小屋の惨状の前にモイスが助け出され、横たわっていた。



その横にいつの間に来たのかアリシアがいて、黒焦げていたモイスの腕も、その下の体も、綺麗に元通りになって、怪我ひとつない状態で寝かされていた。



(なに…あれ?アリシア様が、なぜ…?)



目の前の光景を疑いたくなる。



アリシアを囲むように立つ、見知らぬ男性達。遠巻きに見る使用人達と、重症で助からないと思っていたモイスの姿。



「すごいわ、お嬢様!さすがアリシア様!」



「なんて素晴らしいの…!さすが、神に選ばれた方!」



「これこそ私達の、この世界を救う女神の化身よ!」



遠巻きにいる使用人達が感激したように、口々にもてはやしては拍手を送っている。



一体、この数分間離れていた間に、何があったのか?


アリシアはいつもと違って、まるで女神のように神々しい姿を身に纏い、周りに立つ見知らぬ男達に守られるかのようにそこにいる。



(この…存在感!この、忌々しいほど神々しく見える姿!まさか…いや、でも…っ)



この状況から考えられるある可能性を持ったが、こんなにも都合よくあるわけないと、もう一人の自分が否定する。



あのアリシアの今の姿とこの現状は、二百年ほど前に嫌と言うほど味わった、敵の聖女側が魔物から民を助け出す場面。




「いやはや…やはり、あなたは紛れもなく本物の聖女だ」



次の瞬間、アリシアの後ろに立っている三十代ほどの弓矢を持った男が歓喜したように告げる。



その台詞に、ミルディアは凍りついた。



「さすが聖女だな!黒焦げていた人間までも完璧に治すなんて…!」



その隣にいる少年が、嬉しそうに声を弾ませてそう言った。



「だから言っただろう、アリシア様。あなたには才能があると」



横に立つ白い騎士服の男が、得意げにそう呟いた。



その三人の男達には見に覚えがある。いや、正確には、それらしき人物達を前世で何度も目の当たりにした。



(…本当に彼等は、現在の…っ!)



そこまで出かかった目の前の人物達にふさわしい言葉を、ぐっと飲み込む。



「上手くできたなんて…嬉しいです。皆さんのおかげです」



そこにアリシアがさっと立ち上がり、三人の男達に向けて感謝の言葉を告げ、達成感に満ちたような、晴れやかな笑顔を浮かべた。



次の瞬間、周りの使用人達が一斉に歓喜の声を上げる。



「……聖女、御一行か…!」



その騒がしさに、ミルディアの吐き捨てた台詞は誰に聞こえることなく、かき消される。



アリシアの今までに見たことない輝くような姿と、それを取り巻く人々。いつもそばで見守る仲間達。




「…それで、こんなふうにした犯人は、見つかったのか?」



ふと、初めに口を開いた弓矢の男が周りの人達にも聞こえるように問いかけた。



それにハッとしたように、四人が元小屋である爆発で破壊された場所を振り返ると、この邸の侍女の一人が慌てたように彼等に近寄った。



「アリシア様!これを…これを見てください!」



その侍女はアリシアの身の回りをしている者だ。



彼女は青ざめた顔をして、端が燃えてしまった一枚の紙切れをアリシアの方に見せている。



「ケイト?…えっ?これ…?」



アリシアは侍女から受け取った紙を見て、首を傾げる。



「えっ?ちょっと見せて!」



すると、その横にいる少年がアリシアの手にある紙切れを見て顔色を変え、彼女からその紙切れを奪った。



「これは…魔法陣だよ!それも、最高クラスの魔族が使う高度な呪術だ!」



少年が叫ぶように言うと、他の三人が一斉に顔色を変えて、その紙切れを見ようと彼に近づく。それを遠巻きに見る使用人達は青ざめた。



「魔族、だって?あいつらが何故…!」


「近くに奴らがいるのか?」



「嘘っ!やだぁ、怖いわ!」



「そんな!魔族が何故ここに…!」



大声で魔族と口にしたことで、周りが不安になった。


「やはり、この近くにいたんだな」


弓矢の男が険しい顔で呟く。



「それなら犯人はまだ近くにいるんじゃないか?この騒ぎを一番初めに聞いたのは誰だ?」



その向かいにいる白い騎士服の男が、鋭い視線を周りの使用人達に向ける。



「ユリシス!それではこの邸の誰かが、犯人だと?」



白い騎士服の男をユリシスと、アリシアが名を呼び、困惑した様子で問いかけている。



「おい、まだ犯人がここにいると決まったわけじゃないだろ。ユリシス、そう警戒するなよ」



ユリシスの鋭い視線を使用人達が怯えたようで、それを弓矢の男が注意する。



「わからないだろ。この紙切れにある魔法陣に爆発音は、奴らの得意分野だ。ザックはそう思わないのか?」



弓矢の男はザックと言う名前らしい。



ユリシスの問いに、ザックは言葉に詰まり、難しい顔で紙切れを見つめる。



「二人とも、憶測はそれくらいにしたら?まだそうと決まったわけじゃないんだ。まずは何があったのか、その情報を集めようよ。ここの使用人達に聞けば、すぐにわかるよ」



そこに少年が呆れたように二人の間に入り、口を挟む。



「そうですよ。私はここの者達に、犯人がいるとは思えません。それもハイクラスの魔族だなんて…」



そこにアリシアも不安そうな声で口を挟むと、二人は互いに顔を見合わせ、ため息をついた。



「そうだな。ジョシュアの言う通りだ。アリシア様、すみませんでした。あなたを不安にさせたかったわけじゃない」



ザックが罰悪そうに謝ると、ユリシスも「悪かった」と謝った。



「それじゃあ、使用人達に話を聞こうか」



話はまとまったようで、少年ジョシュアが話を進めた。



ミルディアは壁に隠れて、それを一部始終見ていた。そのためこれ以上、前に進めずにいた。



このまま彼等が周りから話を聞けば、モイスや他の庭師の二人から聞かされるだろう。



そうなれば必然的にあの魔法陣の描かれた紙切れも、ミルディアが描いたものだろうと疑うはず。



それを面と向かって問われれば、今のミルディアでは言い逃れできない。



物理的にも彼等からは逃げることができないはずだ。



(どうしようっ!アリシア様が聖女だなんて最悪だ!このままでは、前魔王達が来る前に、彼等…聖女御一行に捕まってしまう!)



逃げ道が見つからない。八方塞がりな状況に、途方に暮れた。









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