第30話 人らしさ
何が起きたのかわからない。
パラパラと降り注ぐ灰に、パチパチ爆ぜるような音。
地面に倒れている自分の周りには、焦げて壊れた木材やガラスの破片。散らばるように破壊されたモノ。
何よりもこの全身に走る痛みに、ミルディアは混乱していた。
「うっ…!一体、何が起きたの…?」
裏の作業場の小屋にいると、モイスが現れた。日課であるお茶をしに来た彼は、美味しそうな木苺を持ってきてくれた。
ミルディアはそのお茶を沸かしに、小屋から出て、一瞬、背後で感じることのない魔力を感じた。
その瞬間、背後の小屋が爆発した。
咄嗟に防御したが吹き飛ばされ、こうして地面に倒れたわけだ。
ハッとしてミルディアは痛い体を無理やり起こした。
「うっ…お父さん!」
中には父がいる。
そう思ったら自然と立ち上がり、足を引きずるように駆け出していた。
焦げて壊れた小屋の中心部。壊れた瓦礫の下、真っ黒な人の腕が見えた。
「何があった!」
この爆発に気づき、他の使用人が駆けつけてきた。
「父が…お父さんが…っ!」
背中を火傷し、体のあちこちに深い傷がある重症にもかかわらず、ミルディアは必死にその瓦礫をどけて、中にいるだろうモイスを助けようとする。
「何を…!やめなさい!あなた、ひどい怪我よ!」
侍女の一人がギョッとしたように、掘り起こすミルディアを止めに入る。
「ここは危険だ!すぐに離れるぞ!」
使用人の男性も手伝い、そこから動かないミルディアの腕を掴み、無理やり立たせようとする。
「いやっ!離して!ここに父が、瓦礫の下に、父がいるの!!」
パニックに陥ったミルディアは暴れ、邪魔をする彼等に泣きながら訴える。
「ダメだ!早く離れるんだ!」
二次被害に遭うと危険だと察して、使用人が無理やり彼女を持ち上げて担ぐ。
「やぁっ!離してよ!」
ミルディアは癇癪を起こした子供のように、泣きながら彼を叩き、暴れる。
彼はミルディアがふり落ちないように抱きかかえ、他の使用人と一緒に表の庭へ移動する。そこから回廊まで来て彼女を降ろした時。
「一体どうしたんだ!」
廊下の奥から険しい顔をしたセシアが現れた。
「セシア様!」
使用人や侍女がハッとしたように姿勢を正し、頭を下げる。
「今、大きな爆発音がしたようだが…ミルディア?」
その使用人たちの中にミルディアを見つけ、駆け寄る。
ミルディアは廊下の床に座り込み、爆発があった小屋の方を茫然と見つめていた。
「ああっ、お父さん!どうして…っ」
ミルディアの呟きに、セシアはハッとしたように周りにいる使用人に向き直る。
「お前たち!今すぐ爆発した場所に行き、誰か人がいないか確認して来い!」
そう命じると、ミルディアを抱えて運んだ使用人が顔を上げて、
「セシア様。我々は今、現場に向かい、この娘を発見して連れてきました。ひどい火傷と傷なので治療をしようと…」
「いや、他に人がいたかもしれない。彼女の父親だ」
「あ…。そうだ、彼女はずっと叫んでいました。あそこにいるのは危ないと思って、とにかくその場にいた彼女だけを避難させましたが…」
その横の侍女が青ざめた顔で答える。
「なんだと!?なら、さっさと助けに戻れ!」
報告している暇があるなら、と目をつり上げ怒鳴ると、使用人たちは一斉に返事をして、慌てて小屋のあった温室の方に戻って行った。
セシアはミルディアの横で膝をつき、彼女の顔を覗き込む。
「ミルディア?大丈夫か?」
涙で濡れたまま放心している彼女に優しく声をかけるが、返答がない。
セシアはミルディアの肩を掴み、自分の方に向かせた。
「ミルディア!しっかりしろ!」
放心する彼女を真正面から見つめ、名前を呼んだ。
その呼びかけにぼんやりと、ミルディアの視線がセシアに向いた。
「あ…せ、セシア様。私の、私の父が、今…爆発で、まだ小屋に…!」
その顔が歪み、微かに息をつまらせ喘ぐように訴える。
セシアは彼女から小屋の方へと鋭い視線を向けて、再び彼女の方に向けると、その両肩にポン、と手を置いた。
「ミルディア、落ち着くんだ。今、使用人に調べさせている。お前はそれより自分の体を気遣え。こんなにひどい怪我をして…先に医師に見せなければ…」
「わ、私のこれなら魔法ですぐに治るわ!でも、お父さんは治せない!私と違って人間だから、あんな、あんな風になれば誰も助からない…っ」
ミルディアはセシアの言葉を遮り、切羽詰まった表情を浮かべて叫んだ。
彼女には魔力があり魔法である程度治せる。でも、父のモイスはただの人間だ。
爆発に、あんなふうに下敷きになったら…人間ではもたない。
わかっていながら、それでも早く救助すれば、あそこから助かる見込みがある。
「セシア様!私を連れてって!魔法でお父さんを…っ!?」
その瞬間、そこまで言った彼女の口をセシアが慌てて防いだ。
「シッ!静かにしろ。ここでその名を出すな!」
恐ろしく真剣な表情をして顔を近づけると、有無を言わさない迫力で彼女にそう告げた。
廊下の近くには、他の使用人たちがいる。誰が聞いているか分からないこの状況に、魔法などと口を告げば、更に混乱が増すだけ。
近衛騎士はすでに領地にはいないが、ここの使用人が今のを聞いて、ミルディアを魔族だと勘違いして通報し、捕まれる可能性もあった。
「…っ、そんなの…どうだっていい!私がどうなろうが関係ない!今はお父さんを助けることが優先だ!」
しかし、ミルディアは自分がどうなろうと、モイスの命の方が大切だった。何を引き換えにしてもいいから、今はモイスを助けたかった。
その言葉にセシアは息を飲み、青ざめた。
「お前…ミルディア。そこまでして…」
父の生死を前にパニックになり、そんな突拍子もない事を口走ったわけではない。ミルディアは本当に心の底から、そうするつもりでいた。
「セシア様っ、お願い!私を行かせて!私しかお父さんを救えない!」
その台詞は聖女のように、人を助けるために生まれてきた善人が言うべき台詞だ。
この状況で、ミルディアはフリでこんなこと言わない。
セシアはその彼女の人らしい性質に驚き、頭の中に、あの魔界でのことを思い出し、喘ぐように息を吸った。
「わ、かった…。わかった、ミルディア。お前にそこまでの覚悟があったのならもう止めない。何も言わない。好きにしろ」
肩を掴むセシアの手から、力が抜ける。
ぶらんと降りた腕に、スッと離れた彼の気配にハッとして、ミルディアはすぐに立ち上がり、怪我で重くなった足を引きずるようにして前に進み出した。
その痛々しくも一生懸命な後ろ姿を見つめ、セシアは顔を隠すように額に手を当て、小さくくしゃりと泣きそうな顔をした。
「…お前、本当に…昔から変わらないな」
ポツリと呟かれた彼の言葉は、誰の耳にも届くことはなく、風に乗って消えていった。
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