第29話 本格的に始まる

あれから五日が過ぎた。



難民達も落ちつき、近衛騎士達も一旦王都に帰っていった。



結局、遭遇したのはミルディアが森で見つけたあのブルーブラだけ。



ただ、騎士達は民間人であるミルディア達に魔物の話は話さないため、他に魔物が出たのかはわからなかった。



他の使用人や町の人々から、平凡な日が戻って来た!喜ぶ声がチラホラと。




聖女側のクロードも、どうやら聖女側が本格的に動き出したようで、国外に向かい忙しいようだ。



なのでセシアとの取引は中止だ。本人様はあの日、港にいて密輸売買をしていたが、あの件は誰にも話していない。



それにセシアも本人がいないことで仕方ないと諦めたのか、あれから言ってこなくなった。




「ふぅー。やっぱり、花の手入れの毎日が当たり前よね。落ちつくわぁー」



魔界の方からも特に変わったことはない。



巷の噂によれば、聖女側と争ってはいるみたいだ。多分、今は聖女のことで忙しいため、ミルディアに構ってはいられないだろう。



だから、この間に、あのときから考えている今後の策を出して、それを見直すことにした。



「ルーカス…。予測では、魔界は今、奴が先導している。前魔王はルーカスに化けていたから、それは多分、二人の間で何か、あるからこちらは別件で…。今は、私もセシア様も巻き込まれないように…」



強力な魔法で構成された呪い。


魔界の上級魔族も追い払う優れもの。ただし、あの前魔王にこれは効かない。



彼と同じ魔力だからだ。同質の魔力では、勝ち目はない。



でも、追い払う以外にも、実はこれにはある仕掛けがあった。それをミルディアはメアリーだった時に独自に造り上げた魔法。




「あのとき、セシア様を攫った時、向こうは花を媒介にしていた。花に罪はないから、その呪いは払っておいた。でも、そのアイディアはとっても使いやすいんだよね。私が考えたものと少し似ている」



ふっふっふ、と不気味な笑い声を上げて、ミルディアは庭の手入れから、作業場がある裏の温室に向かった。



温室のある隣りには小屋があり、その小屋は庭師の作業場。



邸でも休憩はできるが、周りを気にせず一番休めるのはそこしかない。



今日はミルディアしか、使っていない。というより、ここはミルディアだけの作業場だ。



ミルディアの父の作業場は邸内にある。ここは前に父が使っていた場所で、今は使っていないからと、ミルディアに譲ってくれたのだ。



他の庭師も、邸内の作業場を使っている。新しく出来て広いため、あちらの方が作業が捗るらしい。



ミルディアはその温室の隣りの作業場に、自分自身で造り上げたその呪いの魔法陣が描かれた洋紙をテーブルに置いていた。



それとは別に、今後の策として考えた案が書いてある洋紙も数枚並べてある。



どれもミルディアしかわからない、メアリーの時代の旧文字。


「ここに…ファウスト博士もいるわよね。あの三人には必ず対応する強力な呪術だけど、禁術でもあるから危険なんだよなぁ」



魔法陣は昔から知っていたが、その魔法に必要なアイテムが貴重なもので、手に入れたのはいいが、これ一回きりである。



効果は長くて、一日に十二時間もつかどうか。それが三週間は続くように構成されていた。



ただ、これを使うには相手がいつ自分達を探しに来るかわかっている時。無闇に発動して、彼等が探しに来た時にこの効果が切れていては意味がないからだ。




「やはり、聖女側の情報をもっと集めるべきか…。なら、自分のこの魔力を封じるために、闇市にアイテムを買いに行く事も忘れないようにしないと。ファウスト博士に会ったり魔界に行って予定が狂っちゃったからなぁ。当初の目的どおり、アリシア様に頼んでみよう」



聖堂で難民の手助けをしていた時に考えた、一週間の休暇の話である。



ミルディアはあのときは自分の魔力を弱らすか、封じるその闇アイテムを買いに行こうと思っていた。それには一週間ほどの休暇が必要で、アリシアに許可をもらい、長期休暇を取ろうと思っていたのだ。


だが、今は聖女側の情報の入手も必要であり、それにはどのみち、彼女の許可が必要である。



「うーん…。アリシア様は今、昼だから稽古の時間ね。あ、あと半刻ほどで終わりね」




タイミング良く、アリシアの稽古も終わる。



ミルディアは彼女に会うため、テーブルに広げた洋紙をしまい、奥の棚の鍵のついた引き出しに入れる。



呪い魔法に必要なアイテムもその隣にしまい、鍵をかけた。



「さてと、アリシア様のいる本邸に戻るか」



念のため、魔法で棚が見えないようにする。



誰かがここに入っても、奥にある棚は見えない仕組みで、普通の庭師の作業場だ。



「これなら安心ね」



にこっと笑い、踵を返して小屋の扉へと向かった。



…コン、コン!



そのとき、扉がノックされた。



「…?あ、はーい!」


一瞬驚き、反応が遅れた。


だが、すぐに返事をして扉の取手に手を伸ばした瞬間、キィ、と扉が開いた。



ハッとして顔を上げる。



「ミルディア、ここにいたんだね」



にこっと人の良さそうな笑みを浮かべたミルディアの父、モイスが立っていた。



「あれ?お父さん。こっちに来るなんて珍しい。一体どうしたの?」



モイスはニコニコと笑い、手にあった布に包んだ何かを、ミルディアに見えるように顔の位置まで上げる。



「ミル。久しぶりに木苺が採れたから持って来たんだ。今からお茶にしようか、と誘いに来たんだよ」



朝はあまり顔を合わせないため、モイスとはこうしてたまに午後のおやつ時に会って、お茶を一緒に飲んでいる。そのときの御茶菓子はそのときそのときによって違い、今日はモイスが庭で育てているフルーツを持って来たみたいだ。




「えっ、木苺!?実ってたんだ!」



去年ならもう少し早めに出きていたのだが、今年は気候が悪かったのか、実るのに時間がかかり、収穫出来なかった。



「そうなんだよ。今日来たら、たくさん実っていたんだ。お前、好きだっただろ?少しだが、調理長と話して分けて貰ったんだよ」



驚くミルディアに、モイスは嬉しそうにそう答え、中へと入りテーブルの方へ向かう。



「うわ〜っ、ありがとう!今年はダメかなって諦めていたから!」



木苺は取り立てが一番。



「調理長はジャムにするって言っていたから、アリシア様にも出すんじゃないかな?余ったらまたもらえるかもしれないね」



ミルディアは喜んで、すっかり木苺に夢中だ。テーブルに小走りに戻り、広げた布から出てきた木苺を見て、小さく歓喜の声を上げた。



「わっ、いい色じゃん!お父さん、本当にこれいいの?」


「いいさ。許可はもらったからね。ほら、お茶にしよう」




モイスの登場でアリシアには会いにいけなくなった。



それは急ぎでもないから後から頼みに行こう、とミルディアは今は、父とのお茶を楽しむ事にした。



「うん。紅茶なら、まだ普通のがあったよ。ハーブもあるけど、お父さんはどうする?」



「お父さんは紅茶じゃなく、お湯だけでいいよ」



「ん、わかった。なら、用意してくる!」



外の裏手には薪があり、釜もあり、そこでちょっとした調理場のように、湯が沸かせるようになっている。



あの奥の棚と反対の壁側の向こうだ。



湯が沸くには、何分間か必要になる。




ミルディアはモイスに背を向けて、ウキウキしながら扉に向かった。だから、気づかなかった。



モイスがそのとき、いつもの笑みではなく、意地汚い歪んだ笑みを浮かべていたのを。




扉が閉まった、その瞬間。



ミルディアの全身の毛が総毛立ち、すぐ後ろで、感じるはずのない魔力を感じた。







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