第28話 記憶の封印
かなり不利な状況から逃げるように意識を失って、気づくと真っ白な部屋のベッドに眠っていた。
ミルディアが目を覚ましたのは、翌日の夕方。夕焼けが綺麗に周りをオレンジ色に染めている。
薬草や消毒の匂いに、ハッとして起き上がった。
「あー…。また、ここか」
周りとその薬草の匂いに、ため息をつく。
そこはサザール領地にある行きつけの診療所だった。
「どうやってここまで来たんだ?一体、あれから何が…うっ!」
立ち上がり、くらっと目眩がした。そのときフラッシュバックのように、ミルディアの頭の中に魔界であった二人の男を思い出した。
「あっ!そうだった!セシア様は…?」
魔界に何故か囚われた彼を助けに行くと、前の魔王がいて、そこに呪いか分からないが、ルーカスの顔になって操られているセシアがいて…。
「あれは、どういうことだろう…?あの仮面の男は前魔王…メアリーの父だった。でも、なんで前魔王がルーカスの格好をしてたんだ?セシア様も、ルーカスの顔になって操られていたようだし…。あ、まさか!今の魔王陛下って…っ!」
そこまで考えて、ゾッと全身に鳥肌が立った。
死んだはずの前魔王がまだあの魔界にいて、ルーカスが使う魔法、セシア様を操っていた魔法と…それを全て引っくるめて考えれば、答えはすぐに出る。
「ルーカスが、現在の魔王??」
そう考えれば、あんなふうに二人が変わっていたのも頷ける。
「『ルーカス』が、何だって?」
そのとき、ミルディアの近くで声がした。
「ひゃうわあ!?」
ミルディアは驚きに大声を上げ、振り返った。そこには顔をしかめて耳を押さえるセシアがいた。
「くっ…おい!近くでそんな馬鹿でかい声出すなよ!」
怒鳴りつける彼に対し、ミルディアは今の独り言を聞かれていたことに動揺した。
「い、い、いつからいたんですか!?」
思わずまた、声を上げる。
「だから、うるさいって!いつからって、隣りで寝ていたんだよ!そしたらお前が隣りでブツブツと大きな声で喋り出したから…!つうか、ルーカスってなんだよ!?」
余程ルーカスと言う名前が気になるらしい。だが、ミルディアは突然のことで驚きすぎてそれどころではなかった。
「隣りでって、初めっからじゃないですか…!いたのなら声をかけて下さいよ!今ので寿命が縮みましたよ…っ」
まだバクバクしてる!と心臓に手を当てて文句をつけるミルディアに、セシアはうるさそうに眉を寄せた。
「だから今、声をかけたんだろ!それより『ルーカス』って!?一体、誰のことだよ!」
また、セシアはルーカスの事を訊ねた。
珍しく食らいつく彼に、ミルディアは少し嫌な予感がした。
「そ、それは……あ!そ、それよりも!セシア様は大丈夫なんですか?あの、どこからどこまで覚えていますかね…!?」
ルーカスの事は彼には話したくないため、咄嗟に話題を変える。
魔界での出来事を覚えているか分からないが、ルーカスの事を話すよりマシだろう。今はこちらの話を振って、少しでも彼の気が変わる事を祈った。
「なんか、はぐらかされた気分だが…そうだな。ん…?あれ?でも、あれは夢の出来事だったはずだが…」
ハッとしたように、魔界でのことを思い出したようだが、彼にとってあの出来事は夢だと思っているらしい。
難しく考え込んでいるセシアの様子を見て、話が上手く逸れたなと、ミルディアはホッと息をついた。
「あ〜…セシア様。覚えていないのなら、いいのですよ。あれは事故のようなモノでしたので、お互い忘れましょう」
ミルディアは上手く誘導して、彼に嘘の話をした。
セシアはそれに、ん?と首を傾げて、
「どういうことだ?なんで、こんな診療所で寝込んでいたのか…お前なら、わかるのか?」
「えっ?あー…そうですね。セシア様がどこまで覚えているのか存じませんが、私達は朝早くから使用人寮の庭付近で待ち合わせをしていました。ですが、あの庭…花壇の中に、花に扮した魔物がいたようで、セシア様と話をしている最中にその魔物が私達を襲ってきたんです。セシア様はランプから取り出した液で火をつけて、魔物を撃退しようとしたんですが、逆にその火が襲ってきて、セシア様は倒れたんです」
「使用人寮の…花壇?あ〜…なんか、覚えているような…あれ?だがあそこに、確か黒い格好をした男がいたような…?」
記憶は曖昧のようだ。
やはり、魔界での出来事は、魔法で消されているのだろう。
「ええっと、それはですね。黒い格好をした男はジュリアス様達、近衛騎士様が捜している人らしく、悪い魔法使いだとかなんとか…!人に危害をなすと、魔物を操っているそうですよ」
咄嗟にあることないこと嘘をついて、なんとか誤魔化してみた。
セシアは腕を組んでうーん、と首を捻り、「そうだったかぁ?」と自分の記憶とミルディアの嘘話を比較している。
「そ、そうですよ!ここにいるのも、近衛騎士様の人が助けてくれたんですよ!ほらっ!窓の外にいますよね!?」
もう少しだ、とミルディアは信憑性を持つために、窓の方を指差した。
ちょうどミルディアが眠っていたベッドから、窓の外の景色がよく見えた。
セシアはつられて窓の方に顔を向けた。
窓の外からは街が見えて、通りに騎士らしき人物が立っていた。
「ふーん…確かに、あそこにいるな。でも、ミルディア。お前もここで寝ていたんだろ?なんでそこまで詳しく知っているんだ?」
「えっ?ああ、それはセシア様より早く起きたんですよ!さっきまで騎士様と話していたんです。あー、でも、忙しいからどこかに行っちゃいました。その人の名前が、ルーカスさんだったんですよ」
ここにきて、あのルーカスの名前を口にした。そうする事で話がより本当の事のように聞こえるだろう。
ミルディアのでっち上げた話を彼は難しい表情で考え込んでいたが、不意にため息をついて、首を縦に振った。
「あー、なるほど。よくわかった。…ふぅ。ならあれは、俺が見た夢だったか…」
納得した様子の彼は、最後にボソッと呟いて、僅かに目を伏せた。
(な、なんとか誤魔化せたわね!ああ、でも!セシア様がその騎士を探す前に、何か対策を考えておかないと…!ルーカスなんて騎士、いるかな…?)
時代が違って、今にしてみれば珍しい名前だ。
それに魔法使いと咄嗟に、ルーカスに関しての本当のことを口走ってしまった。
(あー、ホント面倒だわ!なんでセシア様が奴らと関わったのかしら?このまま何事もなければいいのだけれど…)
知らずと深いため息が出る。
なんとか今回は誤魔化せたが、いつ、セシアがまた魔界の住人と接触を持つかわからない。
操られていたその呪いの件も、まだはっきり解決していない。
ミルディアはオレンジ色の街並みをぼんやりと見つめ、過去の人物達が今の生活を脅かしていることに、今後、どうするべきかと、今一度考えざる終えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます