第27話 代理の立場

失いかけた宝物をようやく見つけた気分だ。



あの男の手元に、まさか我が最愛の子がいたとは…。



前魔王のスピネルは、二人が居なくなった後、魔王陛下の側近として魔王城へと戻った。



王のいない空席の玉座のある謁見の間に行くと、ファウスト博士がいた。



研究室としてあらゆる生き物を実験しているその部屋にしかいない男が、謁見の間にいるとは珍しい。



ファウスト博士はスピネルを見ると、たちまち険しい顔で今にも殴りかかりそうな勢いで、スピネルの元にやって来た。



「ちょっと、あなた!今までどこに行っていたんだ!?」



来るなり目の前で怒鳴られて、スピネルは目を瞬かせる。


魔王だった時よりも気性が荒くなった。



「ど、どうされたんだ、ファウスト」


「どうしたかだと!?魔王は、今の魔王様はどこにいらっしゃる!?」



ちなみにファウスト博士は、スピネルが前魔王だった事を知らない。



「えーと、魔王様は見ての通り、今日も不在だ。あなたは何故、そんなに怒っている?」



何があったのか聞かなくても、ファウスト博士がこうして怒鳴りに来た理由をスピネルは知っていた。



人間界の港町で、ミルディアが襲われていたあの場所に、誰かに氷漬けにされて倒れていたファウスト博士を見ているからである。




だが、ファウスト博士の方はスピネルがあの場にいたことを知らない。なので、知らぬ素振りでそう尋ねると、ファウスト博士は今以上に目をつり上げ、ギロリとスピネルを睨みつけた。



「人間の小娘です!魔力を持って、魔王の…先代と同じ、紅い目をした人間がいたんですよ!」



「え…?魔王と同じ、人間?」



今初めて聞いたといったふうで、スピネルは驚いて見せた。



「ああ、そうです!人間!紅い目で強力な魔力を持つ小娘!あれは間違いなく魔王陛下が寵愛されていた…っ!」




そこまで言いかけて、彼はその時の事を思い出したのか、舌打ちしては顔を真っ赤にして憤慨する。



「それで、ファウスト…。あなたは結局どうしたいのだ?」



この場にいない相手にぶつけても意味がない。



冷静な対応で話を進めるスピネルに、一瞬彼は「は?」と意味がわからないといった様子で見つめてから、すぐに我に返ったのか、冷静になった。




「…どうするもこうするも、そんな危険な小娘を野放しにできないでしょう?それに魔王様が不在な今、あまりあちら側を刺激しない方がいいでしょう」



怒って憤慨していたのが嘘のように、すぐに冷静さを取り戻すあたりはまだ他の魔族と違ってマシである。




「…ふむ。確かに、魔王様がいない今、その話が本当なら少々厄介な事になる。それで…ファウスト。あなたが見たその人間の小娘は、どこで見かけたんだ?まさか、この地下迷宮(魔界)にいたわけではないよな?」



このファウスト博士がミルディアと会ってしまったのは不運である。スピネルにとっても、昔の旧友…部下に知られるのは、都合が悪かった。



まずはファウスト博士に、その会った魔力を持つ小娘があのメアリーだと気づかせないようにしないといけない。




「…それは……人間界の、海の近くだ」



途端に言葉を濁した彼に、スピネルは驚いたふうを装った。




「え?人間界!?まさか、許可なく出向いたのか!?」



「ちょっと…研究の材料が欲しかったんですよ!あなただって知ってるでしょ!魔物を強化するのには、人間が必要だ!ちょっと小銭を貯めようとしただけです!」



「研究だとしても、魔王様がいないのに、あなたがあちら側に出ればバレるでのではないか!?そうなれば我々の立場が危うくなる!」



人間界に許可なく行けるは、下級の魔物と決まっている。



身分あるそれ相当に強い魔族、ファウスト博士や今のスピネルは、魔王の許可なしに行くのは大罪だった。



「魔王様がいないのがそもそも間違っているんですよ!前魔王陛下の代わりは、病弱で未熟な、あの女…魔女メアリーの虜となった一般魔族と人間の血を引く混血種でしょ?そんな者が頂点に君臨できますか!?今いないのが、何よりの証拠でしょ!」



自分の事を棚に上げて、よく言ったものだ。



スピネルにしてみれば、この旧友も身勝手なものだ。前とはすっかり変わってしまったのだと、今更ながら気づき、呆れた。




「…ハッ。まさか、あなたとあろう者が、そこまで落ちぶれたとは…」



魔王陛下の命令は絶対だ。



それは前魔王陛下だけでなく、その前の代も同じ…ずっと、その決まりに縛られている。それは現魔王陛下の事でも同じ。彼に逆らえば、反逆罪で追放、もしくは即死刑となる。



現魔王陛下が不在で何も命じられずにいても、前魔王陛下の時に決めたそのことは、未だに従わなくてならない。



「戒律を守ってこそ…高貴な、純魔族と言える。上の者が身勝手では、いつまで経ってもあちら側に勝てない」



戒律…。スピネルが決めた、人間界の許可。



それをファウスト博士は破り、勝手に人間界で人を攫っているのだ。材料が買える金欲しさから、二重にも彼はすでに戒律を破っている事になる。



「まして、材料…人間を攫うのだ。それでは我々魔族があの女に殺されるのも時間の問題だな」




スピネルはすでに聖女が誕生した事を知っていた。ルーカスの代わりになって人間界に向かった、ある東の国。



時の魔法使いの血を引く者とその者が守る少女。そして、白き聖騎士の血を引く者。



「あちら側は魔物を抹殺し、他の人間の騎士達からも被害を受けているのだ。それなのにこちらと言えば、あの魔王子が先頭に立って奴らを食い止めているだけ。こんな状態で戒律も守れない者が出てきては、何も解決できないじゃないか」



スッと冷たい目を向けて、今後起こりうるだろうこちら側の内情を告げると、ファウスト博士は顔をしかめ、舌打ちした。




「それは、破った事はやり過ぎましたよ!ですが、聖女の誕生を考えれば、私のしている事は帳消しになるはずです。魔物をより強化すれば、奴らを食い止められる!」




「…はっ。ここで開き直るか。そう思っているのは勝手だがな。それで、その人間の小娘はどうするつもりだ?」



開き直ると言うよりも、彼は悪くないと思っているので、これ以上言っても無駄だった。それよりも彼がミルディアを見つけたことで、今後どう動くかのほうが重要だ。何かあってからでは遅い。早めに探っておきたい。



「それですが、あの小娘…。前魔王陛下と同じ力を持っているようなので、生け捕りにしてみれば良いかと。あわよくばこちらに引き入れ、聖女の足枷になるのではないでしょうか?」



「引き入れ…スカウトか。その娘が大人しくこちらの言うことを聞くとは思えんがな。…まぁ、それが一番手っ取り早いか。しかし、あなたが何度も人間界に行くのはあまり関心しない。せめて助手に任せてみれば?」



ファウスト博士には助手というか、僕が何人かいる。その中で優秀な者をよく従えている。



「ふむ、サンプルか…。それもいい案ですね。私もまたあのような失態はしたくありませんからね。氷魔法に適任の者を遣えるとしましょう」



ファウスト博士は簡単にスピネルの提案を受け入れた。



研究、実験で出来たサンプル。人の言葉を喋る魔物で、人にも変身できる優秀な成功者だ。



「なら、早速、その者達に任せてみてくれ」



話が早くて助かった。


スピネルが促すと、彼はやる気になったのか、研究室に戻るためその場を離れた。



「よし、これはいいぞ。新たに試したかったサンプルを使って……あ、そうだった」


だが、途中で彼は足を止め、振り返った。



「あなたからも許可を頂きましたから、あの小娘を捕まえたら、私の好きにしてもよろしいですよね?」



好きに、とは実験材料に、ということだろう。


ニタリと歪んだ笑みを浮かべて問いかけるファウスト博士に、スピネルの眉がピクリと動く。



「そうだな…くれぐれも、殺すのは避けてくれ。その者がどこまでの魔力を持つか確かめなければならないから」



お手柔らかに、と意味合いを込めて告げると、ファウスト博士はフッフッフッと小さく笑い声を上げて、



「承知しましたよ。殺さない程度に持ってきます」



そう最後に呟き、今度こそその場から立ち去っていった。



あの歪んだ笑みに、スピネルは顔をしかめ、深いため息をついた。



「はぁ〜…厄介な者に目をつけられたなぁ。さて、これから私もどう出るか…」



ファウスト博士のことだけじゃなく、セシアの、ルーカスとの件もある。



やるべき事はまだ沢山ある。



魔王不在なこの城で、スピネルは今日も彼の代わりに忙しい日を過ごすのだった。



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