第25話 二つの大物

あのラピスラズリの珍しい瞳は、今はお月様のように綺麗な金の瞳に変化し、光輝いていた。



それを愕然と見つめるミルディアに、彼は冷たい視線を向けて、そっと地面に下ろした。



「…あ…?せ、セシア様がどうして…?」




先ほどまで地面に倒れていたのは、ルーカスに似た男性だった。


それなのに、今はその面影など全くなく、ミルディアの雇い家の伯爵令息に変わっていた。



彼はミルディアの呟きに応える事なく、川の上にいる仮面の男、前魔王陛下から守るように彼女の前に出た。



「なんだ…?そなた、その娘を知っているのか?」




前魔王は、微かに眉を寄せ尋ねる。



(えっ?どういうこと!?セシア様を知っているの?)



ミルディアはギョッと目を剥いた。



「あんたこそ…どういうつもりだ?俺だけじゃなく、まさか、関係のない娘まで連れて来たのか?」



すると、今度はセシアが冷たい声音で前魔王に問いかけた。



その言葉に目を瞬いて、前魔王は微かに首を振った。



「いいや、私は知らんぞ。それよりそなたこそ、この娘といつ知り合ったのだ?」



前魔王もセシアに聞きたいようで、再び問いかけた。


セシアは難しい表情で首を傾げ、前魔王も奇妙な目を向け、眉を寄せた。



(な、なんか…二人とも、古い知り合いのような…?でも、互いに接点なんてないんじゃない?)




「は…?とぼけてんのか?俺にしたように、この娘にも暗示魔法をかけてたんだろ?」



すると、セシアが少し苛立ったように前魔王に問いかけた。



「何?そんなこと私はしないぞ!何故、見ず知らずの魔族の小娘に暗示なんかかける?まだ幼いではないか!」



ムッとしたように前魔王が声を荒げ、否定した。



「しらを切るつもりか…?幼いと言っても、俺と同じ年頃の人間だ。あっちに易々と行けない分、こいつを使って俺を監視していたんじゃないのか?」



ハッ!と小さく嘲笑し、セシアが前魔王に食ってかかる。途端に前魔王の気配が変わり、仮面の下でも分かるくらい殺気立った。



ミルディアは突然繰り広げられる男二人の言い争いと、その噛み合わない話にオロオロした。



「…フッ。何をムキになっておる?私が、幼子を使ってまで、そなたを監視するような者に見えるか?言いがかりも甚だしい」



前魔王もイラついた様子で軽く鼻で笑い飛ばし、セシアの言葉を否定した。



セシアは剣吞な目で睨みつけ、微かに唸り声を上げた。



「…じゃあ、どういうことだ?何故、人間であるこの娘が、ここに……」



そこまで言って、ふとセシアは口を閉じて、ハッと何かに気づいたようにミルディアの方を振り返った。



突然、振り向いたセシアにビクッ!と怯えるミルディアを見ては、再び前にいる前魔王に向き直り訝しげに眉を寄せた。



「あんた、この娘を『魔族』と言ったか?」



「ああ、そうだ。まだ幼き魔族の娘に……ん?そういえば、そなたはこの娘を『人間』と呼んだな?」



セシアの疑問を前魔王も何かに気づき訝しげた。



二人は互いにミルディアを人間か魔族かに置き変えて話していた。



その食い違いに、ようやく二人は気がついたようだ。



その瞬間、同時に二人がミルディアを振り向いて、じっくり見つめ確認すると、再びお互いの方を振り向き、



「人間のくせに黒い魔力!?」



「魔族のくせに人間の姿!?」



と、驚いたように叫んだ。




二人は互いに自分の価値観でミルディアを見ていた。



二人に同時に叫ばれたミルディアはギョッとして、少し後ろに身を引いた。


「魔族の娘ではないのか…?この魔力を、普通の人間が持つわけがないっ」


先に我に返った前魔王が声を荒げ、問いかけた。



セシアはハッとして顔を強張らせ、ミルディアを庇うように彼女を背に隠した。



「だが、この娘は確かに普通の人間だ。魔力はあるし魔法も使えるが…、この場所に来た事も、何かひっかかる…」



前魔王とは違うが、セシアもミルディアが魔王のいる国にいる事に疑問を抱いていた。



前魔王の仕業じゃないとわかって、余計に違和感が大きくなっていた。




「…まさか…いや、私が見間違えるわけが…」



ミルディアをじっと見つめていた前魔王は、ゆっくりと地面に降り立ち、驚いた様子でミルディアを見直した。



「ミルディア」



ハッとしたようにセシアが警戒し、ミルディアに小声で呼びかけた。



話に加わらず、二人の会話のやりとりを聞いていた彼女は僅かに眉を寄せ、「はい」と小さく返事をした。



「お前がここにいるのは後で確認するが、そのまま動かずに、じっとしていろよ」



セシアからすれば、ミルディアはただ魔法が使えるか弱い人間だと思っている。



その言葉にミルディアは何か言いかけるが、不意に前魔王が動いた。



一瞬にして目の前に現れ、セシアが舌打ちとともに腰に携えていた剣を引き抜く。



襲い掛かった前魔王の鋭く尖った爪を剣で受け止め、セシアは彼を睨みつけた。



「そこを退け」



そんなセシアに、前魔王の冷たい声が響く。




「そんなおっかない顔をして、何をするつもりだ?人間だと知って、殺すつもりか?」



ミルディアがハッとしたようにセシアの言葉に身を強張らせた。




しかし、前魔王はその質問に答えず、殺気立った様子でセシアを冷たく見つめる。



「邪魔だと、言った」



次の瞬間、吐き捨てるように言ったその台詞に魔力を感じた。



「せ、セシア様!」



それにいち早くミルディアが気づき、彼を守ろうとしたが、



「な…っ?ぐっ…がはっ!!」



セシアの身体は横に吹き飛ばされて、身体中に斬り傷をつけて地面に叩きつけられた。



「セシア様!」



小さな悲鳴を上げて、ミルディアは真っ青な顔で慌てたように彼の元に駆け寄ろうとした。


「待て」


だが、その前に前魔王に腕を掴まれ、引き留められる。



ミルディアは強い力で引き止められ、驚いたように振り向くと、前魔王がこちらを覗き込んでいた。



その視線にぞくり、と背筋に悪寒が走る。



彼の紅い目が爛々と輝いており、口元には冷たく歪んだ笑みを浮かべていた。



「やはり、そなた…。よくよく見ればその内に秘めた魔力、『あの娘』とよく似ておるなぁ」



その言葉にミルディアは凍りついた。



(まさか、この人気付いて…!)



妖しく輝く真紅の双眸は、まるで何もかも見透かしているようで、ミルディアは固まったまま動けなくなった。

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