第24話 仮面の男とルーカスの影
「何故、あのときの娘がここにいる?」
首を傾げ、ふわりと、川の上からミルディアの左手に降り立つ。
「…あなたこそ…っ」
息が詰まる。
彼から感じる魔力。仮面の男のそれから発せられる莫大な魔力は、先代の魔王陛下と似ている。でも、外見が違う。
(ホント、何がどうなっているの?魔王は敗れ、新たな魔王が居るのではないの?この男もなんで今更出てくるのよ…!)
前方に過去の憎む相手、後方に逆らえない相手。どう対処すればいいか、ミルディアは途方に暮れた。
「その顔、私も正直驚いている。だがそれよりも、そなたが今言っていた『ルーカス』。前にも同じことを言っていたな。その名を何処で聞いた?」
突然、仮面の男から殺気を感じた。
ビクッと無意識に体が強張り震え、じっとりと嫌な汗が背中を伝う。
(なに…この、圧迫感。立っているのがやっとって感じの、これほどまで恐ろしく強い殺意、今まで感じた事がない…!)
ミルディアとして、他人からこれだけ強い殺気を向けられたのは初めてだ。
(ああ…でも、メアリーの時は、これが日常茶飯事だった。あの父と同じ、視線だけで相手を恐怖に貶める)
先代魔王陛下と同じくらい、目の前にいる彼に恐怖を感じた。
「あ…っ!?」
途端、くらっと目眩がして膝から力が抜け、かくんとその場にへたれ込んだ。
「娘…答えろ。どうして『ルーカス』という名を知っている?」
カツ、と靴を鳴らして、仮面の男はミルディアの前に立つと、地面に座ったまま動けない彼女を冷たい目で見下ろした。
その凍てつくような氷の眼に、ヒュ!とミルディアの息が止まり、全身から血の気が引いた。
「わ…た…、うっ…?」
(ダメ…!声が、出ない!)
恐怖のあまり身体が震え、ミルディアは声が出せなかった。
そんな彼女に仮面の男は小さく舌打ちすると、ミルディアの方へと手を伸ばした。
「ひっ…!」
ミルディアは怯えて小さく悲鳴を上げる。
仮面の男は肩を掴み、恐怖に腰が抜けたミルディアを強引に立たせると、ぐっと至近距離に顔を近づけた。
「さぁ、言え!何故、魔族の娘如きが、奴の名を知っているのか…!」
カッ!と彼の目が赤く燃え上がる。
その殺気ある眼差しを受けて、ミルディアの口が開いた。
「そ、それは…!わ、私がルーカスを知って、いるから…!ルーカスは、わ、私の友…っ!」
そこまで言いかけたミルディアは、唐突に口を手で押さえた。
まるで口を開くのを阻止するかのようにきつく唇を噛み、恐怖に濡れた目を彼に向けた。
(これはっ!わ、私の意志を操り、私に無理矢理ルーカスのことを…!)
今のはミルディアの意志ではなかった。この仮面の男が魔力で無理矢理自白させたのだ。
それをミルディアは口が開かないように自分で自分の唇を噛み、目を覚ましたのだ。
「貴様…」
ミルディアの咄嗟の抵抗に、彼は驚いたようだ。
この暗示のような行為が効かない相手など、そうそういない。
(口から手を離せば、話してしまう…!この男は…私がよく知っている、あの…)
涙目になった目に力を入れて、ミルディアは心の中で魔法を唱えた。
ブン!と羽音のような音がして、目前の仮面の男の頬がスパっ!と小さく切れた。
ハッとしたように、彼はミルディアを突き放し、後方に飛んだ。
「あ…っ!」
突き飛ばされたミルディアは、地面に転がるルーカス似の男に足を取られ、地面に派手に倒れ込む。
「貴様、普通の魔族の娘ではないな…?自白魔法を自力で解いただけじゃなく、この私に攻撃してくるとは…!」
驚きと、微かな喜び。初めて対抗できる獲物を見つけたように、彼が愉しそうに残虐な笑みを浮かべた。
「…この私が気づかないほどの、強い力を隠し持っていたとは…っ。ははっ、これは最高に、愉快!その内に秘められた闇の強大な魔力!我の糧に…」
愉しそうに哄笑し、宣言する仮面の男に向けて、地面に倒れたミルディアは氷魔法を宿した剣を投げつけた。
ハッとそれに気付いて、途中で口を閉じた彼はその攻撃を避けた。
「…ふん。人の話は、黙って最後まで聞くのが礼儀だろ。マナーがなってない」
先にしかけ邪魔されたミルディアに、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「…っ、こちとら、今そんな余裕がないんでね。まさか魔王が生きていたとは…ねっ!」
最後の『ね!』で魔力を使い、ミルディアが知る限りの前魔王が受けた古傷である右脇を狙う。
それを仮面の男は簡単に避けると、驚いたように自分の右脇に視線を向けて、ミルディアに向き直った。
ミルディアは微かに舌を鳴らす。
あの仮面の男は、メアリーの父だ。
確証のある数々の行い。まず、自白魔法を使っていたのは前魔王陛下。
ただ、操り人形のように人の魂を別に移し、操るのはルーカスの魔法。
何故、彼がそれを使いこなしているのが…。
「…今、右脇腹を狙った…?まさか、知っているのか?」
仮面の男が冷たく探るように見つめ、問いかける。
ミルディアは軽く息を飲み、ぎこちない笑みを浮かべる。
「さぁ?一体何のこと?」
とぼけたように言って、肩をすくめた。
明らかに何かを隠しているような動揺さが見える。
仮面の男はギロッと彼女を睨みつけた。
「吐かないつもりか…。なら、吐かせるまでだ」
ボソッと冷たく呟いたかと思うと、彼は掌に大きな炎の玉を生み出し、それをミルディアに向けて投げつけた。
玉は勢いよくミルディアに飛んでいき、途中でその玉が四つに分裂する。
「なっ…!?」
ミルディアはギョッとして、咄嗟に防御魔法を唱え目の前に氷の盾が現れたが、それが完全に出来る前にプス!と空気が抜けたような音がして魔力切れになり、氷の盾がフッと消えてしまった。
「嘘!これじゃあ…くっ!?」
消えた場所に炎の玉が迫り、ミルディアは逃げることができず直撃する覚悟に、身を強張らせた。
「…邪魔だ」
そのとき、ミルディアの背後から人の声が聴こえた。
ズン!とその場の空気が重くなり、肌を刺す冷たい殺気と莫大な魔力を感じた。次の瞬間、ボッ!とミルディアの目前に迫っていた炎の玉が水に濡れて消火され、続け様に他の玉も同じようにボッ!と消火された。
「ええっ?な、何が…っ?」
驚いたミルディアが背後を確認しようと後ろを振り向く。途端に、グイッと腰をすくわれ体が浮いた。
「きゃっ…!」
思わずミルディアはその人の首に腕を回し、しがみつく。
「目を、覚ました…?」
川の上で飛んでいる前魔王の驚いたような声がして、ハッとミルディアは慌てて目を開けた。
「やり過ぎなんだよ、あんた」
すると、頭の上から聞き覚えのある男の冷たい声が降ってきて、ぎくりと顔が引きつった。
(この声、ルーカスじゃない!この声は…)
ごくり、と喉を鳴らし、ミルディアは恐る恐る顔を上げる。
「……セシア様?」
そこにいたのはミルディアのよく知る、伯爵家次男、セシア=フェイン=サリオン。
彼は不機嫌に眉を寄せ、ギロリと冷たい目線をミルディアに向けた。
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