第23話 襲撃者の顔の謎

かなり揺らぐその川面から、勢いよく顔を出す。



バシャ!と水飛沫が川を覗き込んでいた男にかかり、


「なっ!?」



驚いたように身を引き、小さく声を上げた。



「ぶはっ!…はぁっ、はぁ…っ」



ミルディアは止めていた息を吸って、顔にへばり付いた髪をとり、目を擦った。



「くっ!いきなり、何を…っ」



男は自身にかかった水飛沫を払い、べたりと濡れた髪をかき上げた。



その顔に、川にいるミルディアは驚愕した。



「や、やっぱりあんた…っ」



思わず指を差す。



間違いない。


その顔は、前世メアリーをその手にかけた男、ルーカスに似ていた。



「…?…お前…」


指を差されたその男は顔をしかめ、ふとミルディアに近づき、まじまじと見つめた。


「な、何よ…!またやる気!?」



ミルディアの方は過剰な反応で、体を抱きしめると後ろに泳いで距離を取る。



川に入っていれば安全だと思っているようだ。



ルーカスにそっくりな男は首を捻り、難しい顔をして、唸った。



「どこかで見たような…?奴の、知り合い?」



「わ、私を忘れて…!…いや、それでいいのよ。私は今はミルディアだもの」



敵には自分を知られたくない。


それがルーカスに似た奴なら尚更だ。



「ふ、ふ…っ。あなた、その格好、上流階級の産まれね?」




ミルディアは態度を変えることにした。



メアリーとは別人として、今の自分として彼に向き合わなければならない。



「ミルディア…?」



すると、ルーカスに似た男はミルディアの言葉を拾い、微かに眉を寄せた。



ミルディアと言う名前に、心当たりがあるかのような反応。



「俺は知って…いや、僕は…、紅い…ああっ!」



次の瞬間、突然ガクンと、彼がその場に膝をついた。



頭を押さえ、痛みからか脂汗をかいて苦しんでいる。


「え…?な、何?どうしたの?」



何が起きたのか分からない。痛みに苦しむようにもがいている男に、ミルディアは恐る恐る近づいた。


川から上がり、頭を抱え苦しむ彼の側に寄る。途端、ガッ!と腕を掴まれ、顔を上げた男の血走った目とぶつかった。



「っ!は、離し…っ!?」



驚き慌てて手を振り払うが、掴まれた手は強く握られている。



ルーカスに似た男は険しい目つきでミルディアを見つめ顔を近づけると、掴んだ手を離し今度は両肩をつかみ、切羽詰まった表情をした。



「ミルディア!どうしてお前そんな濡れて……?いや、そもそもここはどこだ?どうして、川の近くにいるんだ?」



周りに視線を向けて、困惑したように再びミルディアを見つめた。



「ちょっ、何を急に…っ!ていうか、私を知っているの?」



彼の口調は、何故か知人に向けるようなものだった。



ルーカスに似たこの男とは初対面のはずだ。ただ、あの数日前のあの港であった仮面の男が彼とするなら話は別だ。でも、それにしても馴れ馴れしい態度だ。



「は?お前こそ、急になんだ?ああ…なんだ、そういうことか。マクシミリアンのことで顔を合わせづらかったからって、他人のフリか?」



「…はい?え?ま、待って。なんでそんな事を…っ」


一瞬、頭が真っ白になった。



彼の言葉に、ミルディアは驚いた。



それはセシアしか知らない事だ。



何故、目の前の男が知っているのか動揺するミルディアに、彼は微かに眉を寄せた。



「何を、驚いてる?…ハッ!それも、お前の手口か?はぁ〜…もういい。マクシミリアンの件は別にもう怒っていない。それよりも今はなんで俺がこんな所にいる?」



この喋り方に内容も、セシアにそっくりだ。



(ありえないわ!この人、ルーカスの筈でしょ?私がこの顔を見間違えるはずがない!でも、この喋り方に、マクシミリアンの件…セシア様だよ、ね…?)



頭が混乱してきた。



目の前の人物は、誰なんだ?



ミルディアがパニックになって答えないでいると、ルーカスに似た男はムッとしたように顔をしかめて、突然、フッと魂が抜けたかのように動きが止まり、ぐらりと彼の身体が後ろに倒れ込んだ。



「え…?」



ドサ!と倒れ込む音に、ミルディアはハッとした。



「な、なにっ?今度はなんなの!?」



倒れた彼に驚いて、ミルディアは狼狽する。



しーん、と倒れたままピクリとも動かない彼を不審に思った彼女は、困惑しながら恐る恐る近づいた。



顔を覗き込むと、彼の表情には全く生気がなく、その目は死んでいるかのように光を失っていた。



「どういうこと?なんで、魂が…抜けているの?」



突然倒れ動かなくなったルーカス似の男のその症状に、身に覚えがあった。



これは呪いと同じ、人を操るための魔法。


何かを媒体にして、生きたままの身体から魂を抜き、抜け殻になったその身体に無理矢理記憶を埋め込み、裏で操る仕組み。



それはまるで人形のように、魔法をかけた者の命令で動くようになっていた。



「私が知る限り、この魔法を使っていたのは…そう、ルーカス本人だ」



聖女側の人間がルーカスを忌み嫌っていたのは、道化師と呼ばれた彼のこの能力だ。



古来魔法だけじゃなく、多彩な能力を持っていたルーカスは、その異常な能力に周りが彼を警戒し、孤立させた。



「操るのは…本人だとすれば、この人は、違う。本物のルーカスではない…?」



目の前にいるルーカス似の男は、無理矢理ルーカスさせられた事になる。



「なら、この身体の持ち主は…セシア様?」



ミルディアを知っていた事、知人のように話し、マクシミリアンの件を持ちかけてきた。この男がセシアだと考えれば、呪ったルーカスは生きているということだ。



「でも…彼は、人と同じ寿命だった。魔族の中でもせいぜい二百か三百歳。例外に、魔王陛下の側近は別だけど…」



まだ、そう決まったわけじゃない。



セシアがルーカスに操られたなんて…まだ、確証がない!



「あなたは、一体…誰?」


恐ろしくも困惑したように、ミルディアは倒れて動かないルーカス似の男を見下ろし、ボソリと呟いた。



だが、男は動かない。



どうすればいいのかわからない。いろんなことがあって上手く頭が回らなかった。




「ーーーまさか、このような場で再び逢おうとは…」




刹那、背後から人の声がした。



ハッとしてミルディアが振り返ると、川の上に黒ずくめの男が浮かんでいた。その顔は仮面を被り、綺麗な白銀の髪をしていた。



「あ、あなたは…!」



ミルディアは驚愕する。



数日前、港で本物のマクシミリアンから助けてくれた、あの仮面の男だった。

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