第22話 滝の周りは危険回避

音もなく、素早い動きでモルトに乗って逃げていく妖精、狩魔達。



一人取り残されたミルディアはしばらく、そこから動けずにいた。



ここまで来てまた一人、それもドラゴンを倒した強く恐い魔族が近くにいて、どうこの場を切り抜ければいいかわからなかった。



「やっぱり、あ、アイツら…っ。前世と変わらないじゃない!」



冷たい態度でメアリーに対応していた頃と、変わらない。



(か弱い女を一人、危険な場所に置き去りなんて!紳士だと勘違いした自分が恥ずかしい!)



少しでも気を許した自分が愚かだ。



「どうするのよ?ここまで来て、魔法だって使えないのに!」



酸素吸入の魔法をかけていて、残りの魔力は使えない。



まだ壁の中に入ってすらいないのに、これじゃあ救うどころか、魔力切れで野垂れ死にだ!



「こうなったら…もう、ヤケクソよ!どこまで使えるか分からないけど、必要に応じて魔法を使いまくる!」



人間でも、元は大魔女で強大な魔力を持っていた。


「魔力がなくなってもここは人間界じゃないし、運良くば、魔力を回復できる場所があるかもしれない」



そこがどこにあるか分からない。行く前に無くなるかもしれない。



だが、なんでも試して、セシアを救出出来れば…ミルディアにはそれしか方法がなかった。



「こうしていても仕方ない。とにかく、滝の方に行ってみるか」



行けば何が起きたのか分かるだろう。



ミルディアは周りを警戒しながらも境界に足を踏み入れた。



だが、ミルディアはそこで森の木々達が動いている事に気づき、足を止めた。



(そういえば、こいつらにも意思があった。人面木って言うには聞こえがいいが、この森の草木も魔物の類だ)



今の今まで考えなしで来たが、ここまで来ても襲って来なかったのは、狩魔がいたおかげだ。



「ヤバイなぁ。今の私、迷うかもしれない」



奴等は侵入者を騙す。目的地となる場所に辿り着くまでの間、草木は移動して、行くべき道筋を変えてしまう。



地図を持って歩いても草木達は移動するため、毎度周りの風景が変わって迷い込んでしまう。なら、目印となる草木に印をつけて覚えて移動しても、結局彼等が動けば来た道も分からなくなり、目印も無駄となって、自分が今どこから来てどこに進んでいけばいいのか分からなくなるのだ。



人間の世界では、別名、迷いの森とも呼ばれている。



「どうしよう…。今のところ風景が変わってないようだから、道も変わっていないはず。ただ、この場所を覚えたとしても、きっと時間が経てば変わってくるか。う〜ん…。草や木は動く。目印としてつけて歩くなら、地面に、矢印を書いてみる?」



地面なら変わらない。でも、草や木が移動した際に印をつけた地面を歩かれたりしたら、その印は消えてしまう。



「とにかく深く掘って、それでいて目立つように、矢印と、あとその中に、落ちている石を入れておこう」



近くに落ちていた枝を取り、地面を深く掘って、矢印の形をつける。その上下左右、一定の間隔で矢印をつけて、その中に落ちている石を入れていく。



「…うんっ。これなら、多少移動されても消えにくいし、石が沢山固まっているから分かるだろう」


微力だが、魔力を注ぎ、消えにくい呪いをかけた。



「よし…。早速、滝の方に行ってみるか。他の魔族がいるのは気になるが…ドラゴンを倒してくれたなら、今が狙い目だわ」



あの滝のある川の向こうに渡れば、正面門とは違う侵入口があるはずだ。



ミルディアは印をもう一度確かめてから、初めにここに飛ばされた際、魔法で作った銀の剣を取り出した。



魔物がでたらと思い作ったが、斬れるかは試さなければわからない。



ただ、前世のメアリーの時はあまり剣の才能がなかった。覚えても剣で斬る縦や横にそのまま斬るパターンだけで、攻撃された時の回避が出来ず、受け身さえ取れなかった。



それが、今世ではそれなりの剣捌きを護身術にと、身につけた。あの邸に世話になっている以上、もしもの時にと思い教わったのだ。斬る動作の動きも、攻撃されて回避や受け身の行動もできるようになった。



「…これも一応持ったし、準備はオッケーね」



おまけに、魔除のお守りも作った。



簡単な呪い。



ミルディアは準備ができると、表情を引き締めて滝に向かって歩き出した。



周りは鬱蒼としている。


危険がないか確かめ、慎重に道となっている砂利道を歩く。木も草も、魔物も、まだ彼女を襲って来ない。



やけに静かなのが、不気味だ。



滝のある川は、十ヤード(百メートル)歩いて見えてきた。長く茂った草の向こうだ。



ハッとして足取りを速め、草をかき分けて前へと歩き、抜けた。



ザーーッ、と大きな滝の音。



この魔王陛下のいる世界にしては、底まで見える澄み切った水だった。




「これが森の主、ドラゴンの棲家」



言い伝えによると、ドラゴンには汚れを浄化する能力がある。


川に棲むのは侵入者を防ぐ番犬代わりだけじゃなく、この川を清める役目があるからだ。



「でも、やっぱり…姿がない。カイラードの言った事は、本当だったみたいね」




倒されたなら、ドラゴンの亡骸があるはず。それも無ければ、何の気配もない。



倒したと言う高位魔族さえいなかった。



「ふ…ふふ、好都合だわ。このままこの川を渡れば…ふふふ」



(なんともタイミングの良い時に来た!)



今まで運が悪かったが、今回はそうでもなかったようだ。



だが、まだ周りに注意する必要がある。



あの魔族が捜し回っている。ドラゴンも亡骸がないから、川の中、棲家のあの滝の下の奥で身を隠しているかも…!



ミルディアは川沿いの石道ではなく、茂った草木となる境界線を目印に右横に歩いた。



すると、そのとき生い茂った草木の向こうから音がした。



ハッとして足を止めて警戒し、剣を持ち構える。



(三イード(三十メートル)先、何か、いる…!)




そう構えて気配を感じた瞬間、木の間から炎の刃が飛んできた。



「え…っ!?」



慌ててそこから飛び退いて回避。


炎の刃は川の方に飛んで消えた。



危ない、と感じまた数先離れた所に回避し、距離を取る。だが、再びミルディア目掛けて炎の刃が弧を描いて襲ってきた。



「わっ!?ちょっ…!きゃあ!?」



連続で続けて飛んでくると、避けた一つの炎の刃がミルディアの右のふくらはぎに軽く触れた。



チリチリ!と痛みがして、服に引火。



「痛…っ!熱っ!?熱い!」



慌てて川へと走り、飛び込んだ。



火は消え、痛みも治ったが、思ったより川の浅瀬が深い。



ミルディアの身長くらいで、頭まですっぽりと川の中に入ってしまった。



「うううっ!?ぶぶ…ぶくぶく!」



驚き、思わず息を吸ってしまう。水ごと飲んで、咽せた。



それより、今は頭を出さなければと川から上がろうとしたが、その上を見上げてギョッとした。



「…出て来い、女。このまま溺れるか、これでお前の顔を貫く」



その声の冷たさに、ゆらゆら揺れる男の顔。



(あれ…?なんか…えっ!?)



ミルディアはすぐに川から顔を出して、降参した。



川を覗く男の顔がルーカスに似ていたからだ。



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