第19話 魔界へようこそ

突然、目の前から消えたセシア。



ミルディアは彼が消えた後も、その場で呆然としていたが、ハッと我に返って、彼を襲ったハーデンベルギアの花が咲いていたところに近づいた。



「なんでこんなことに…!今のは、なんなの!?瞬間移動?でも、それよりももっと高度な魔術だった!」



魔法の痕跡もなく、咲いていた花も消えてなくなっている。



彼がそこにいたという証拠が一瞬にして消えたのだ。



「これはどうするべき…?セシア様が居なくなったなんて…っ!」



そのとき、ふと、ハーデンベルギアが咲いていた花壇の縁に、キラキラと輝いたモノを見つけた。



「これは…宝石?いや、これから黒いモヤが見える。これは、魔力を固めた魔石だ!こんなのがここに落ちているなんておかしいわよ」



その魔石を掴み、じっくりと見つめ、驚愕する。



キラキラしたそれは、最近目にしたことがあるモノに非常によく似ていた。



「これは、偶然?あの仮面の男が落としたあの宝石に似ている。同じようなルビー色の魔石」



ミルディアはボソリと呟いて、懐に仕舞い込んである手持ち袋を取り出す。



その中から二日前に拾ったルビーの宝石を取り、今拾った魔石を照らし合わせた。



今拾ったのは、ルビーの宝石のよく出来たレプリカのようなモノだった。



偶然にしてはできすぎている。



「あの男…ますます怪しい。やはり、早くクロードに会わなければ…!」



これは非常事態だ。



魔法を使って近衛騎士に見つかるのを恐れたが、事は一刻を争う。



ミルディアはその魔石と宝石を握り締めて、花壇から少し離れた場所で魔法を唱えると、煉瓦の地面に魔法陣が描かれ多彩な色合いの光が生まれた。



ミルディアはその中央に迷う事なく飛び込む。刹那、掌の魔石と宝石がそれに呼応するかのように赤く輝き、その光の先に不思議な光景が現れた。



「え…?何…これ?」



砂漠のような、一面砂に覆われた平地。空は真っ黒な雲に覆われ、空気が淀んでいた。




「…えっ?嘘!これって、まさか…!」



その暗い景色には見に覚えがあった。



ミルディアの前世、メアリー達魔族のいた故郷。魔王陛下が支配していた、魔王城のある魔界だ。



魔族達は、地上に来る前、その魔界にいた。



だが、魔界の全てを支配した魔王陛下がそれだけでは飽き足らず、地上のモノも全て自分のものにしようと考えた。



そのとき初めて魔王陛下が仲間の魔族を引き連れ地上に来た場所が、初めて占領したという北国。聖女伝説にも出てくる北の大陸にある大きな国だった。



その北国は今も魔王陛下が復活する場所とされて魔界と繋がっており、始まりの地とも呼ばれていた。



「なんで、魔界に繋がっているの?」



こうなった原因はなんなのかと、ふと、頭の片隅で、セシアが今どこにいるのかと別のことを考えた。多分、これはその影響かもしれない。



「これが現れたってことは、クロードに会うより、セシア様を助けることが先だよね?あの人が本当にここにいるのなら、早く助けてあげないと危険だわ」



これはクロードに会って色々と聞き出すより、セシアを助けに向かった方がいいと言う、お告げのようなモノだ。



彼が魔界にいるなら尚更、こちらを優先とする。



人間の身で魔界にいると、寿命が削られ、そのまま死に追いやられる危険があるからだ。



「でも…私も、今人間だよな…」



だが、ミルディアは自分も人間であるため、行くのを迷った。



どこまで今の自分が魔界で動けるかわからないため考えると怖い。また、ここに行ってしまったら、今世の魔王陛下と対面して、最悪な事態になるかもしれない。


「ああっ、でも!ここで魔界に行けば、あの仮面の男を探す手間が省けるのか…!あの男の正体を突き止めるには好都合ってことよね」



そう考えると、目の前に現れた魔界の景色が、だんだんと薄れてきていく。


「うわ、やばい!早く決めないと…!」



輝いていた二つの石、そこにかかっている魔法の力が弱まっているのだ。



「ああ、もう…!迷っている暇はないか!」



これは絶好のチャンスなんだ!



魔界に行って、色々と今の魔王陛下側の情報を探るにはいい機会だ。



急かされるようにミルディアは覚悟を決めて魔石と宝石に自分の魔力を注ぎ、消えかけている魔界のその景色を再現すると、震える足を動かしてその中に飛び込んだ。




……ブワワンッ!



ひどい耳鳴りと全身引っ張られる感覚がして、ドサ!とミルディアは安定しない砂の地面に倒れ込む。



「ぶっ…!」



息を吸うと、砂まで口や鼻に入ってきた。




(魔法を…ハーブンテイ!)




心の中で魔法を唱えると、ミルディアの周りを地上と繋げて新鮮な空気を送り込み、砂が口や鼻に入ってこないようにした。



「あとは…何かあった時の、武器」



魔界に来たのなら、高位な魔族に鉢合わせする可能性が高い。



メアリーの時と違い、人間である以上、いつでも魔族に対抗できるように銀の剣を用意しておいた。



「これが効くか分からないけれど…ないよりはマシよね」



そう自分に言い聞かせ、ミルディアは剣を腰に携え、ゆっくりと立ち上がった。



一面、砂に覆われた平地の先には、壁みたいに横に大きく並ぶモノが見えた。


「あれが、セシア様のいるところかな?」



この先にあるあの壁みたいなところに彼がいるのか、それはわからない。


「これはまた、この石に頼んでみるか」



ミルディアは掌にある魔石と宝石に視線を落とし、ため息をついた。



この二つの石が、セシアの居場所まで導く唯一のモノだ。 


ミルディアは再び自分の魔力を石に注ぎ、セシアがどこにいるのか強く願った。その瞬間、二つの石が発光し、赤い線が一直線にあの壁のようなところにまで向かっている。



「これって、あそこに行けってことよね?あ、歩いて行くしかないよな…。あの場所、魔王城のある王都街でなければいいけど」



とにかく、この赤い線に沿って、先に進むしかなさそうだ。



ミルディアは二つの石をギュッと握り締めて、魔界の砂道を歩き始めた。





……ミルディアは歩いていて、実感する。


周りと遮断し地上と繋げたこの魔法のおかげで息は続く。しかし、これは思った以上に魔力を消耗していた。



長く使うのは避けたい。これから向かう場所では必ず魔法を連続して使いそうだからだ。




久方ぶりで慣れないこともあり、どのくらい使えるのかミルディアもわからない。



「酸素吸入は大事だけど、セシア様に会う前に魔族に遭遇したら…変身魔法を使わないと駄目よね」




ただ、その魔法をわざわざ使わなくても、魔族に人間と気づかれない事もある。



あの仮面の男がそうだった。



あの男はミルディアの事を人間じゃなく魔族だと勘違いしていた。闇の魔力を持っていた事で、彼はミルディアが魔族に見えたのだろう。



そう考えると今回も、わざわざ魔族に見えるように変身しなくてもいいかもしれない。



「あー…。そうなると、酸素吸入と移動と…この剣も使ったし、あとはバレた時にいくつか魔法が使えるように、魔力を温存しないといけないなぁ」



あれやこれやと考えながら進んで、三マイルは歩いたところに、壁のような場所に近づいた。



それは大きな外壁だった。



中の様子が見えないように造られた外壁はかなりの距離を使用して両側に長く続いている。その外壁の入口となる門には、番犬代わりの魔物がうろついていた。しかもその門の両脇に巨体の兵士がいる。



ミルディアはこの外壁を見たことがあった。



「…うわっ、最悪」



ミルディアが赤い線に導かれ来たのは、魔王陛下のいる王都、魔王城の城下街だった。



「やっぱりこうなるのね…!」



この魔界に来て、魔王のいる城へと惹かれ導かれるのは必然的な気がした。



「…はぁ〜…どうしたものか。あの門の中に入るには許可書がいるのよね」



ここまで来たなら、帰るわけにもいかない。でも、この門を通るためにはある紋章のついた許可書がいる。



魔族は基本、地上と同じ階級制度で成り立ち、王都街には高位の者しか入れない。



魔王城下街に入りたければ、その高位の魔族の眷属になるか、紹介状が必要になる。



当たり前だが今のミルディアでは中には入れない。人間だと気づかれたら一巻の終わりだ。



「どうしよう…!侵入する対処法なんて考えていなかった。瞬間移動を使って入る方法は、魔族のそれも魔王に気づかれる確率が高い。今世の魔王が話のわかる人ならいいけれど…」



だが、その可能性はないに等しい。



歴代の魔王は、世界を破壊や混沌に招く残虐非道な者ばかりだった。圧倒的かつ絶対的な魔力を持つ魔族や魔物を率いる悪の親玉で、そんな極悪非道な魔王がミルディアの話を聞いてくれるとは思わなかった。



彼女がメアリーだった頃も、父親には頭が上がらず、世襲制だからと何度もその父王に勝負を挑んだ者や暗殺しようとした者がいたが、誰も彼には勝てなかった。メアリーも絶対勝てるわけがないと畏怖していた人だ。



「その父を…あの魔王を、今世の魔王は倒したんだよね。セシア様がいるとしても、ここから生きて救助できる確率なんてないよなぁ…」



そう考えれば考えるほど、この救出は無謀だ。この先に行く勇気がなくなる。



あの最強だった父王を倒し、新しく魔王に君臨した者が、この魔王城にいる。



そう考えるだけで震えが止まらなくなった。




「…あ、あああ…っ。駄目だ!弱気になったら…!セシア様を助けるんでしょっ、ミルディア!まだ、今世の魔王が彼と関わっているとは限らないんだよ!違う場所にいる可能性だってあるんだから…っ」



独り、恐怖を前に叫び奮い立ち、セシアのことを思ってミルディアはあの魔石と宝石に視線を向けた。



「これで、少しはわかる。セシア様がどの辺りにいるか…」




赤い線は門を、その中のどこかを指している。



そのとき、ふとミルディアの脳裏に、前世、門とは違うある侵入経路を思い出した。



「あ…そうよ!門から入るのは高位魔族と、眷属だけ。別に侵入経路があったじゃない…!」



パッと頭に浮かんだのは、東の位置にある森から、あの外壁に簡単に入ることのできる抜け道だった。



ミルディアは魔族や魔物に見つからないように離れた大きな石の影に移動し、周りから死角になった所で魔法を唱えることにした。



彼女の目的は、東の森。ここから肉眼で森林らしきものが見えていた。



「さぁ…今度は入れる場所に…っ」



前世の知識を活かし、ミルディアは頭の中で東の森を思い浮かべた。




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