第20話 東の森の妖精

東の森と言っても地上と違って、緑の綺麗な草木ではなく、黒や灰色の草木で、生き物のように動いて襲ってくる。周りは薄暗く湿った空気が流れ肌寒かった。



ただ、そこにはたくさんの種族の魔物がいた。



王都街から遠ければ遠いほど、魔物の強さもまた弱まり、普通の獣と変わらない生き物が多く生息する。ただ、その東の森にも一応、ボスとなる魔物が棲みつく。それがドラゴンと呼ばれる伝説の生き物である。



ミルディアが瞬間移動した先は、外壁に近い場所にある渓谷の川だった。



この川は王都街の中心まで流れており、唯一魔族が飲む貴重な水だ。



ミルディアは渓谷にあるその川の、それも滝の近くに移動した。



ここの滝の割れ目に、東の森のボスであるドラゴンがいた。




(…嘘でしょ…!)



ミルディアはとことん、運のない女だった。



滝の割れ目が見える位置に立った場所に突然現れ、まさか、その滝下で身体を清めるドラゴンの姿があるとは誰が想像した事だろう。




ドラゴンは魔力に敏感だ。



つまり、瞬間移動したミルディアの魔力もばっちりとそこに現れた瞬間把握したわけで、滝下にいた一匹の黒いドラゴンが、ミルディアの存在に気づいたのだ。




刹那、咆哮と突風。



かなりの近い距離からの咆哮で耳鳴りがし、また突風で紙切れのようにミルディアの身体はその場から吹き飛ばされた。




「きゃああああああーーーっ!!」



悲鳴とともに身体は空を飛んでいく。このまま森の外まで飛ばされそうな勢いだ。



咄嗟にミルディアは魔法を唱えた。



「ビ、ビルインテルゥウウウっ!!」



飛ぶ速度を弱らせ、大きなクッションのような障害物が彼女の背後に出現した。



ミルディアはそのクッションのような障害物に背中から体当たりする形で、止まった。



だが、それは柔らかい羽毛とゴムのような素材で出来ており、ミルディアの身体はそれに受け止められてから跳ね返り、その場でボヨヨン、ボヨヨーンと跳ねた。




「うっ…!すごい風圧だった。はぁ〜…結構な距離まで飛ばされたな」



外壁から、二マイル(約二キロ)は離れた。



こんなふうに空を飛んだのは初めての経験だ。



「驚いたけど…ちょっと、楽しかったわ」



危機感がズレたその発言は、人間では考えられない。これはメアリーの時の感覚なのか、びっくりしてドキドキしているが、スリル満点な体験に興奮する自分もいた。



「ふー…。さて、これからどうしようか」



飛ばされて戻っても、あの黒いドラゴンがいては外壁に近づけない。



きっと今のでミルディアのことを警戒しているはずだ。



「ドラゴンは、確か操るのに百年近くかかる。だけど、裏技で最短な方法で手懐けることもできるって、言っていたな」


前世の魔王、父王から教わった事がある。


父王が手懐けた黒いドラゴンは、父王に服従していた。その方法は…。


そこまで思い出して、ミルディアは顔をしかめた。



想像よりも残酷な方法でドラゴンを支配下に置いていたから。



「これは、私には酷だわ。とてもじゃないが真似できない。…ああ。でも、まずはどこに飛ばされたのかこの場所を確認するべきか…」



眉を寄せて腕を組み、突風で飛ばされた現在の位置をまず把握する。



あれだけ強い突風に咆哮だ。魔物が未だ現れないことから、ここは森の中心地から南西の、草食獣が住む場所だろう。



周りは変わらず薄暗いのだが、陰気臭い雰囲気はない。



「あー…でも、この場所には、悪戯好きのピクシーがいたな」




妖精の一種で、普段姿を見せずに侵入者が来ると、物音を立てて驚かしたり、持ち物を取って隠したりする。




「ピクシーは、相性が悪かった。特にアレだ。ピクシーの狩魔」



団体で狩人のように、侵入者を矢で襲ってくる。


矢は小さいが、その団体の狩魔のリーダーは魔族と同じ人間の姿をして、それも妖精の血が色濃く出ておりとても美しい。


綿飴のような髪と、甘い香りに透き通るような白い肌。



魔族の美醜は、美しいければ美しいほど魔力が高い。ミルディアのような例外もいるが、妖精にも同じ。




そこまで思い出していると、微かに何か甘ったるい匂いが漂ってきた。




「…っ!?なんで、こうもタイミングが悪いの!」



噂すればなんとやら。それは魔界でも同じ現象か。



ミルディアの後ろの離れた黒い木々の間から、ピュン!と矢が飛んできた。



「わっ!危なっ!?」



慌ててそれを回避したが、連続に矢が放たれた。



「くっ…!もう、めんど…っ」



魔法を唱えるよりも剣を使い、なぎ払った。しかし、矢は止まらず、それも地味に足下を狙い、防御するのが難しい。




「あ!うわっ、ちょ…!なっ!?」



回避しながら防御し、矢が届かない距離に逃げる。



すると、カサッと草を踏み締める音がして、木々の間からピクシーの狩魔が現れた。



「…ああ。やっぱり…奴か」



その現れた狩魔は、メアリーの知り合いだった。



「魔族の娘…ですよね?あなた、何故、その魔力を身につけているのです?」




喋り方は丁寧であるが、その表情は冷たく相手を見下している。



狩魔は、特に妖精は魔王より魔力の感知が得意で、見ただけで分かるらしい。



「あ、綺麗な人…。で、でもここは、なんなんですか?妖精の森に迷い込んだの?」



ミルディアは咄嗟にとぼけた。



普通の魔族の娘のように驚き、警戒しつつ演じる。




「…っ!私が、綺麗と?ふふふっ…。正直な娘さんだ」



咄嗟、狩魔のリーダーは上機嫌に笑みを溢す。



「あ…う、美しいお方。あの、ここはどこですか?私、ある人に連れ去られてしまい、気付いたら、ここにいたんです」



ミルディアは彼の笑みに見惚れた娘のように、頬を染めて恥じらうように告げた。



その反応も彼には好印象だったのか、向けていた矢を背に片づけ、ミルディアに近づき、フッとカッコつけたように笑う。



「それは、大変失礼致しました。同種の悪…問題のある侵入者と勘違いしました、レディ。どうやらあなたは王都の魔族に拐われたようですね。ここは、人里離れた王都の森。御前の住う王城の近くです」



彼はミルディアの演技で、普通の迷い魔族だと勘違いしたようだ。



「え…?王城っ!?あ、陛下のいる…?まぁ、そんな遠くに…」



ミルディアは今初めて聞かされたように怯え、拐われた娘らしく、悲しさを漂わす。



「もし、帰り方が分からなければ、私の仲間に送って差し上げましょう。まずは、あなたの出身地を」



狩魔のリーダーはミルディアの演技に騙されてくれたようだ。




実はこの狩魔、魔族の女にとことん弱い。それも王都から離れた村娘のような田舎娘に。



魔族で純粋なる子が生まれてくるのは、稀である。



そういう魔族の子に魅入られるのが、彼等のような妖精だ。



ただ、前世のメアリーの時は、態度が明らかに違った。



それはメアリーが魔王陛下の娘であり、最も純粋さからかけ離れた女だったからだ。



「え…?で、ですか…」



まさか、こうまで好意的に接してくるとはちょっと予想外。



ミルディアはバレることを恐れた。



彼はそんなミルディアに、何を勘違いしたのか、更に距離を縮めてにこりと笑い、メアリーの時には考えられなかった態度に出た。



「怖がることはないですよ。私達は、高位魔族の男と違い、女性には優しいですから」



優しい声音で話しながら恭しく頭を下げ、手を差し伸べてきたのだ。



ギョッとしたが、それを表に出すことなく戸惑いを見せて、手を差し伸べてきた彼の態度に少し恥じらうように、後ろに下がった。



「えぇ…、気持ちは嬉しいですが、手を握るのは恥ずかしいです。あの、案内だけしてくれませんか?私を、黒いドラゴンの近くまで案内してください」




黒いドラゴンの場所と、はっきりと告げた。


すると、彼は目を見張り、首をひねる。



「ドラゴン、ですか?何故、森の主の場所まで…」



「実は、私の幼馴染もこの森に連れ去られて来たんです。黒くて大きな、ドラゴンのその近くに。彼女は餌にされると、聞いたんです」



「もう一人いるのですか?…いいでしょう。その娘さんも見つけましょう。まずは森の主の元に案内します」



彼は最後までミルディアの話しを疑わなかった。



ミルディアは内心ホッとして、彼に案内役をお願いした。







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