第18話 金烏と黒鳥

金の卵が孵化するように光に包まれ、新たな命が息吹く。



神々しくも美しい雛は、まだ右も左も分からず、自分が何者かさえ知らず、そこにいた。




「成功したな」



ある花を媒介にして、長い研究の末、大きな魔法をかけた。



薄暗く静かな、空のない場所は、黒くどんよりとした瘴気に覆われている。




その大きく聳えた城。そこが彼の帰るべき棲家であり、この世を滅ぼすために生まれてきた魔王陛下の根城であった。




そこに、魔法陣と一緒に召喚された男。



彼は目覚めたばかりの男を見つめ、恭しく頭を下げた。




「お帰りなさいませ、陛下」




城内の奥の謁見の間。大理石の床に真紅の絨毯を敷き、その上で彼と男が対峙する。




「…っ?ここは…?お前は…」




男が玉座の手前で腰を折って待ち受けていた彼に気づき、眉を寄せる。



彼はゆっくりと顔を上げて、困惑している様子の男ににこりと笑った。



「ここは、陛下の城です。私はあなたの右腕。あれから何百年の時が過ぎました。この日をずっと夢見て、あなたの帰りをお待ちしておりました」



彼は魔王陛下の右腕だと、自称する。



漆黒の髪は上半分が真っ白く、待ち望んでいた彼を眩しいものを見るように見つめるその目は、綺麗なルビーのように真っ赤だった。




男は困惑していたが、右腕と名乗る男の顔を見てだんだんと顔色を変えた。



「お、まえ…っ!」



そして、何かを思い出したかのように、殺気立った表情を浮かべると、掴みかかる勢いで右腕と名乗る男に近づいた。



「何故、お前が生きている…!あのとき、俺がこの手で葬ったはず…!」



何も知らずにいた雛鳥は、長く居ついたその根城の親鳥に食らいついた。



「ああ、待ってください陛下っ!私は、あのときの私ではなく、新しくあなたを支える部下として、宰相として、生まれ変わったんです!」



今にも殴りかかろうとしている男に、慌てたように叫ぶ。



その言葉に意表を突かれ、男は突き出そうとした拳を止めた。




「なに!?生まれ変わった、だと…っ?嘘をつくな!お前が宰相の器に務まるか!俺はお前のせいで、彼女を失ったんだぞ!?」



怒りを露わに冷たく吐き捨て、彼を強く押し退けた。



右腕、宰相と名乗る男はやれやれと、大袈裟な身振りで肩をすくめた。



「…嫌ですねぇ、陛下。あれは、あなたが望んだことでしょう?どこに最愛の子を殺めるために手を貸す親がいますか?その代わりにあなたはこの世を救った。全てが叶ったでしょ?」



そう言って、口元をつり上げ皮肉げな笑みを浮かべる。



男は微かに息を飲み、宰相の男を睨みつけたが、ハッとして何かを思い出したように、不意に戸惑うように彼から視線を逸らし、どこか追い詰められたような表情をした。



「それは…違う。俺じゃ…俺じゃない!ここに彼女がいないじゃないか!俺が望んだのは、こんな世界じゃなかった…!」



頭を抱え、叫ぶように訴える。



過去に起こしたその行為のせいで、今が、最悪な事態に変わっている。



男の身体は人から魔族となり、脅威なる魔の力を受け継いだが、それは最愛な人と引き換えに、だ。



生まれ変わりを信じ、この宰相と名乗る男の口車に乗って全てを破壊した、全盛期時代。



魔物と人間の戦いは終止符を打ち、早ニ百年は過ぎた。だが、それでもまだ魔物は産まれ落ち、人を害している。



そのせいで再び魔王陛下が生まれ、その魔王陛下から世界を救う聖女も誕生した。




「あれは、私も、まさかああなるとは思ってなかったのです。だからこうして別の器に生まれ変わっています。陛下も、それは変わらないでしょう?」



嘆く男に、彼は冷たく淡々と答えた。



男はビク!と肩を震わせ、押し黙る。



「それに陛下、あなたは勘違いしていらっしゃる。私は確かに、その称号を受け継ぎ、世を破壊することを嬉々としていた。ですが、それは今世ではなんの意味も持たない、過去のこと。生まれ変わったんですからね。前魔王など、誰もが忘れているんです。あなたが私にそれを責める権利などないのですよ」



宰相の男はそれは過去にしたことで、今の自分には関係ないと、告げる。



ただ、あれは自分だけのせいではなく、男のせいでもあると責任転嫁した。



「…それは…!だが、彼女のことはっ!?お前は言った。あれでもう、俺も彼女も解放されて、来世は一緒にいられると、お前はそう言っていたじゃないか!なのに彼女は未だに俺の前に現れない!」




魔王陛下として生まれ変わりを果たしても、彼女に関しては、紛れもなくこの宰相の男の責任だ。



それだけが、今の自分の、唯一の望みだったのに。



彼女が隣に居なければ、この世に生まれた意味がない。



ぐっと拳を握り、男は悲しみに暮れたように立ち尽くす。そんな男の憐む姿を見ても、宰相の男は同情などすることなく、フッと鼻先で笑った。



「それですよ。そ、れ!陛下、私はもう代わりなどできません。娘の…いや、あの子の件はもう諦めてください。今は聖女騒ぎで地上にいる部下達は荒れているんですよ!いい身分の者がふらふらと、摂務もせずにあちこち探し回るのは、本当にやめてもらいたいんです」



続けて彼は、唾を吐く勢いで男の行動を詰る。



「…は?な、なんで俺のせいに…っ!」



嘆いていた男はカッとなって怒鳴り返そうとしたが、宰相の男に冷ややかに睨まれ、ぐっと言葉に詰まる。



「それは、そなたが今世の魔王陛下だからだ!私でも、前世紀は魔王としての摂務は全うしたぞ?それを、そなたは前世の者に執着し居ない者を捜して摂務を放棄している!仮面を被って私がそなたを演じても、この現状は決して変わらんぞ!?」



宰相の男は苛立ったように口調を変えて、男が自分の立場を自覚するように訴えた。



その迫力に男は青ざめた。



宰相の男は彼の肩に手を置き、厳しい目をつける。


「これは確かにそなたが望んだ、前世の一部だ。忘れたわけじゃないはず。…陛下。ここが、今のそなた…あなたの居るべき場所なんです」



諭すように、真正面から強く、宰相の男が告げた。



男は消失し切った暗い顔で微かに肩を震わせ、この世に再び生まれたその意味を、この宰相に言われた事を、もう一度考えせざるおえなかった。

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