第17話 夢と再会
『神よ…!どうか、この哀れなき平凡な娘を、救いたまえ…!』
主に導かれ、教会で祈る美しい少女がいる。
長く艶やかな月光の髪と、愛嬌のある可愛らしい顔立ち。
ぱっちりとした目は青空のように澄んだ色をして、プックラとした唇は桜色に、まだ何も知らない無垢な表情を浮かべて、教会の祭壇に祈りを捧げている。
『どうしたんだ?ーー?』
その少女に、後ろにいた銀の甲冑を着た黒髪の騎士が声をかけた。
少女は振り向き、にこりと彼に笑いかけた。
『魔王陛下が……して、世界が……が、この私を必要とされているようなんです。オルウィッツ様。私…聖女の…………します』
途切れ途切れに聞こえる少女の声は、小鳥が囀るような耳に心地よく美しいものだが、それはどこか、頭の奥底を刺激して、癇に障る。
『そうか、遂に来たのだな…。ーーー、いや、聖女様か』
黒髪の騎士は何かを呟いて、突然その場で膝まづいた。
『第二十代目、清き真の聖女様。この私、コンラード=オルウィッツは生涯、あなたのためにこの命を捧げると、ここに誓います』
騎士の言葉に、少女が手をかざすと、膝まづいた彼の額が光輝き、聖なる騎士と選ばれた者の証が刻まれた。
『コンラード=オルウィッツ。生涯、その命が尽きるまで、この私の騎士とし、守護することを誓います』
少女が、騎士の言葉を、その誓いに答える。
二人の間に光が生まれ、それは二人を包みこみ祝福するかのように、二人の姿が変わった。
それは、神聖な場で行われる、聖女と騎士の儀式だ。
二人が互い見つめ、笑顔を刻むその光景に、目を覆いたくなる衝動にかけられた。
胸が焦げるような、全身を針で突き刺された痛み。
じわじわと痛みは増速し、教会にいる二人の眩しい光景が、ガラガラと崩れ、壊れた。
刹那、微かな振動がして、ハッと後ろを振り返る。
薄暗い視界に、真っ赤な絨毯に、段差の上の豪華な金の椅子。
そこに足を組んで座る黒いマントに、黒の軍服のような服を着た漆黒髪の男がいる。
紅い、ルビーのような目をした白皙の美貌の男。
その唇がゆっくりと冷たい笑みを刻み、こちらに手を伸ばす。
『おいで、私の愛しい娘。さぁ、その麗しい顔を近くで見せてくれ』
それが、誰なのか。何故、黒髪に紅目をしているのか…。
答えを導く前に、軽い目眩に吐き気がした。
歪んだ愛情と冷たく張り詰めた空気に、押しつぶされるような感覚がした。
息が、呼吸が苦しく、伸びた手にゆっくりと歩む自分がいて、動悸に息切れが激しくなった。
『ーーーーーーーメアリーッ!』
その瞬間、彼女を呼ぶ大声がして、ハッと目を覚ました。
飛び起きたミルディアは全身汗だくで、嫌なほど心臓が激しく脈打っている。
メアリーだったときの昔の夢はまだわかるが、あの少女と騎士のあの儀式のような夢はなんなのか…。
まるで実際に見てきたかのようなリアルな夢だった。
「なんで…こんな夢を?」
今まで、見たことがなかった。
少女も騎士も知らない相手。でも、確かにあれは聖女が選ばれた時の、誕生の儀式。こんなの初めてだ。
「まさか…これも、メアリーだったときの影響?」
それとも…もう一つの夢、あの椅子に座っていた男…魔王陛下の夢が影響しているのか?
「これも全て、あの仮面の男のせいよ!奴が、誰か分かれば…っ」
ギュッとシーツを握り、仮面の男を思い出して叫ぶ。
あれから、まるっと二日。
誘拐されて戻れば、アリシアには心配されて泣かれ、セシアにはマクシミリアンを陥れるための計画がダメになった事で罵倒されて、クロードは兄のジュリアスのせいで自身の領地に戻っていて会えなかった。
何も調べることができず一日が過ぎて、翌日になって自分で何か探れればいいと思ったが、難民救助の件と本来の庭師の仕事で暇がなく、調べる時間もなかった。
それから一日が過ぎて、ミルディアは嫌な夢で目を覚ましたわけだ。
「はぁ〜…。一度、シャワーでも浴びて来よう」
汗でベトベトになった体を綺麗に洗い流したい。
ミルディアはベッドから降りて着替えを持ち、自室を出て使用人の共同浴室に向かった。
まだ時刻は四時半。
起きるには少し早かった。
綺麗さっぱり汗を流して、ついでにあの夢で気分が悪くなっていたこの気持ちも洗い流した。
心身ともにさっぱりしたミルディアは自室に戻り、今日こそクロードに会おうと思った。
クロードに会うには、彼の領地に行くべきだ。
この時間、誰もが眠っている。夜勤帯の使用人以外は。
「どうしよう。許可を取ってからでないと、多分またアリシアが悲しんで、セシアに嫌味を言われるかも。クロードのいるベルギ領地に無断で入るのもな…」
魔法でクロードの元に瞬間移動したいが、近くに近衛騎士がまだいる事を思うとやはり魔法は控えたほうがいい。
ミルディアは皆が起きる時間まで、使用人寮の外に出て、庭いじりをすることにした。
まだこの時期の朝は寒い。白のカーディガンを羽織り、手袋をして庭に降りた。
ミルディアがこの庭を管理して、綺麗に手入れしている。
好きなように花を植えていいと言われており、自分らしくアレンジして、それが他の使用人から好評だった。
ミルディアの部屋からは残念ながら窓を覗いても見えない場所にあり、庭に着いて初めて先客がいることに気づいた。
微かに風が吹いて、髪や服が広がる。
「…セシア様?」
白銀の髪にラピスラズリの珍しい瞳。
そこに雇い主のセシアがいたことにミルディアは驚いた。
「ああ、ミルディア。お前か」
庭の方を向いていた彼が、ミルディアに気づき振り返る。
「どうしたんですか、セシア様?何故、あなたが使用人寮に?」
驚いたミルディアが、どこかぼんやりしている様子の彼に声をかけた。
「……少し、寝覚めが悪くて…。お前こそ、こんな時間に何処か行くのか?」
カーディガンを羽織ってきたから、外出するのかと思ったらしい。
「えっ?い、いえ!私は早く目を覚ましてしまったので、この庭を見に降りに来たんです。ここの庭は私が管理してますので…」
遊びに行くわけじゃなく仕事に来たと、強調するように言うと、セシアは「そうか」と小さく呟いて、ゆっくりとまた庭の花壇に植えた花を見つめた。
(なんか…変じゃない?いつもならもっとガミガミ言ったり、過剰なくらいにこちらの行動に口を挟んでくるのに…反応が、薄い?)
寝覚が悪いと言ったが、寝ぼけているのか…?
ミルディアは急に心配になり、開いていた距離を縮めて、彼の目の前まで近づいた。
「あの、セシア様。私、あなたに少し聞きたいことがあったんですけど…今、話せますか?」
確かめるように問いかけると、セシアがこちらにまたゆっくりと視線を向けた。
いつもと違って気怠そうな反応に戸惑ったが、頷く彼に、どこかホッとした。
「あの…その話とは、呪い袋の件についてなんですが…。この前は本当にすいませんでした。私のせいで、結局マクシミリアン様に渡せなくて…」
まずは彼が興味を持つ話からしてみた。
「…あれは、もういい。お前も謝っていた。マクシミリアンも帰ったから…」
淡々と答え、小さくため息を零す。
「あ、はい。許してくれたことには感謝します。えっと、ですがやはり、私自身があれから気になりまして…。セシア様も諦めていないとは思いますが、私も後味が悪いというか…とにかく!マクシミリアン様にもう一度会って、今度は完璧に任務を遂行しようと思ったんです」
そこで一旦言葉を切り、セシアの様子を伺う。
彼は、計画が台無しになったわりにはそれに興味がなさそうに、ぼんやりしていた。
(やっぱり…!どう見ても、おかしい!)
「あのセシア様…っ。私、本当に悪いと思っております!ですから、もう一度私にチャンスをください!マクシミリアン様に会いに行きます!」
大袈裟に事を大きくして、叫ぶように訴えかけた。
だが、セシアはやはり反応が薄かった。
「…ああ。いいんじゃないか」
それだけ言って、彼はまた花壇の方に目を向けた。
(そ…それだけ!?勇気を出して…いや、この話を持ちかけて、急に会いに行くと使用人が言っているのよ!?変だと思わないのかしら?)
そんなに、その花壇が気になるのか?
ミルディアが昨日忘れて、少し風で周りに葉が落ちているが…。
(この花壇が、自分の計画よりも、そんなに気になるのか!?)
朝早く寝覚が悪かったからと、いつもの覇気のない彼に、ミルディアは動揺した。
「…なぁ、ミルディア」
暫く、その場で様子を見ていると、セシアがこちらに振り返った。
ぼんやりとしていた様子が一変、セシアは真剣な表情を浮かべていた。
「…は、はいっ!なんですか?」
いきなりの声かけに思わず上擦った声を上げて返事をすると、セシアが少し驚いたように目を見張った。
しかし、すぐに訝しげな様子でミルディアから再び花壇に向けて、そこに咲くある花を指差した。
「あの…花なんだが、お前が管理していると言ったな?」
「え、ええ。そうですが…この花が、何か?」
変わったことなく、今日も可愛らしい小花を咲かしている。
「確かこれ…お前に会った時にも、咲いていた花だよな。確か、花言葉は…『奇跡的な再会』」
彼がそう呟いた、その瞬間。
花壇に咲いていたハーデンベルギアの花が、一斉に光を放った。
「なっ…!?」
一瞬、何が起きたのかミルディアにはわからなかった。
その小花の放った光が視界を覆う中、蔦がセシアに襲いかかる。
「セシア様っ!」
ミルディアが思わず助けようとしたが、彼は蔦に全身覆われてしまった。
「な…!なんで、こんなっ!」
突然起きた異変。
ハーデンベルギアは光を放ちながらもセシアを飲み込み、パッ!と一際眩しい光を放った。
「くっ…!」
咄嗟にミルディアは、腕でその眩しい光をガードする。
ぱぁあああ!と周りに放った光が徐々に薄れ、視界が戻ってきた。
「何が起きて……えっ!?」
だが、その光が無くなったその先に、セシアの姿はなかった。
花壇に植えたハーデンベルギアの花も跡形もなく、全てが消えてなくなっていた。
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