第16話 古来魔法の使い手

魔女と呼ばれた女性の同種として、魔法使いと呼ばれる以外にも、魔導士や魔術師と呼ばれる者もいる。



それらを含んだ闇の黒魔術(黒魔法)全般を操り、古来の禁呪に手をかけた魔法使いは、ミルディアが知っている限り、彼しかいなかった。



その闇魔法には、古来の雷魔法が含まれている。



自然の中では、四大元素の火、水、風、土が一般的に使われており、それは善良なる魔法使いとして、この世に存在する。



しかし、その四大元素以外の魔法、メアリーのような氷魔法などを使う魔法使いは、世界の魔法協会から許可を持ったマスターにしか使えない事になっていた。



クロードもマスターであるが、時を操るため特殊な域とされて、魔法協会に所属する魔法使いと同じ監視下に置かれていた。



クロードが聖女の魔法使いとして選ばれたのも、その魔法協会の中で一番の実績があったからだ。



だが、ルーカスという男は違った。



その魔法協会の許可もなく、古来の魔法に手をかけた魔法使いだ。深い闇に落ちた魔法使いの成れの果てだ。また、ルーカスは魔王側の者として、聖女側の人間からは道化師とも呼ばれ忌み嫌われていた。




そのルーカスが得意とした雷魔法は、現代風ではなく、感情をエネルギーとして使われた古来の魔法だ。



目の前で起きた雷魔法は、そのルーカスが使っていた魔法とそっくりだった。





「やっぱり…あなた…っ!」



距離を取って愕然していたミルディアは、仮面の男に憎しみのこもった鋭い視線を向けて、勢いよく駆け出した。




「フッ。思い知るがいい、人げぇええええっ!?」



仮面の男は決め台詞を吐いている途中、背中に強い衝撃を受けてバランスを崩した。




ズザザザザ!と、彼は見事に顔面から地面に滑るように倒れた。



その彼が元いた場所に、フワリと、ミルディアが着地した。



「うっ…!なっ、なんだ…?」



何が起きたのかわからない様子で頭を振り、仮面の男は痛む背中に手を回して上体を起こした。



「こんのぉ、裏切り者が…っ!」



そこに地を這うような低い声がしたかと思うと、今度は飛びつくようにミルディアが跨り、ギョッとして驚く彼の胸ぐらをつかんだ。



「ぐっ!?な、何を…っ?」



先ほども彼女の仕業だろう。



ギリギリと首を締めつけられ、驚きから苦しみに彼の顔を歪む。



「アンタを幼き頃に拾って、何かといろいろ世話してやったというのに…!その恩を忘れ、私をあっさりと殺しやがったな!」



憎しみに満ちたギラついた目でミルディアが下にいる仮面の男を睨みつけ、怒りの感情のまま叫んだ。



だが、仮面の男はミルディアにこのような事をされる理由がわからず、首を締める彼女の手首を掴み力を入れた。




「やめ…ろっ!なにを、わけの分からぬ事を…!」



グイッとミルディアの手を無理やり引き離し、言い返す。



「…分からない、ですって…?」



すると、ミルディアは両手を塞がれた状態で仮面の男の言葉を拾い呟くと、ギロッ!と、目線だけで殺せるんじゃないかと思うくらい、さらに冷たい眼差しを向けた。


「とぼけるんじゃないわよ…!その格好に、今の魔法…っ。どう見てもあなた、あのルーカスでしょ!?あなたもまさか、この世に生まれていようとは…!」



さきほどよりも怒りに満ちた様子で叫んだ。


「はっ、はぁあ!?な、なんのことだ!私は、ま、魔王陛下の右腕だぞ!」



「魔王の…ミギ、ウ…デ?」



その言葉にミルディアがピタリと動きを止めた。



「そ、そうだ!私は…そなたの味方だ!しかも、魔王陛下の右腕!」



動きを止めたのを理解してくれたのか思った彼は、ホッと息をついてもう一度言い直した。



すると、今度はミルディアは難しい顔をして仮面の男の上から降りると、眉を寄せて首をひねり、不思議そうに彼を見直した。



「どういうこと…?右腕って、いないんじゃないの?そこの…魔族の男に聞いたわよ?」



マクシミリアンのさらに向こうに倒れているファウスト博士に指を差した。



仮面の男はその指差した先に視線を向けて、そこに倒れているファウスト博士を見て、ビクリと微かに震えた。



「あれは魔族の、それも魔王陛下の近くにいた方だよね?あの人が、私に言ったわ。魔王陛下は倒されて、現在の魔王陛下はまだ新米だと。そのせいで、魔族も魔物もまだ統一されていないと…」



そこまでの話を聞いたわけではないが、ミルディアははったりをかました。



この自称、魔王の右腕が本当に今の魔王の右腕なのか…。



ただ、右腕だと勝手に言って、本当の、ルーカスという自分を偽っていないか…。




ミルディアは探るように質問をぶつけた。



「そ、んな…あの男、まだ…」




だが、仮面の男はミルディアの言葉が聞こえていなかった。あのファウスト博士の姿に動揺したのか、気を取られているようで、どこか放心したように何かを呟いている。



「…え?」



次の瞬間、仮面の男がバッ!と顔を上げた。



ギョッとしたようにミルディアが身を引くと、そこに彼女がいることを忘れたように、仮面の男は急に立ち上がり動き出した。



「え…?ちょ、ちょっと!」



急なことで、反応に遅れた。



慌てて立ち上がり、動いた彼に向かって手を伸ばしたが、その手は虚しく対象を失い空を切った。



「魔族の娘。お前は自由だ。何処へでも好きなところに行け」



「え…?」



次いで、真上から彼の声が降ってきて、弾かれたように顔を上げると、積み台の上に瞬間移動したのか、後ろ姿の彼が立っていた。


「あ…っ。ま、待って!」



その背に向けて手を伸ばし叫ぶが、仮面の男は振り向きもせずに、その場から空に向かい跳躍する。


「ねぇ!ウソっ!?待ってよ!」



このまま逃げるのか、とミルディアは追いかけるように海の方へと駆け出したが、彼は高い建物にいたドラゴンの背に乗って、そのまま空を飛んで去って行く。



「ええっ!?ドラゴンっ!うそっ、待って!行かないで…っ」



飛べる術もない彼女はその海岸で行き止まり、彼を乗せた黒いドラゴンはあっという間に小さくなって見えなくなる。




一人残されたミルディアは茫然と立ち尽くしていたが、我に返り、慌てたように右回れした。




「そうよ…!今は、ファウスト博士に、この本物のマクシミリアンが起きる前に、帰って調べなくては…!」




すぐに現実に引き戻された彼女はその場を離れようとしたが、ふと、仮面の男がいなくなった高い建物のその下に、何か、光るものを見つけ駆け寄った。



「なんだろう…?」




その前に立ち、拾おうとしゃがむこむ。



キラッと綺麗に光るのは、紅い宝石。


「あ…!これって!」



あの仮面の男が身につけていた、首飾りの一部分。ルビーの、宝石だった。




「取れたのか?…でも、これは…証拠品になるわね」



いい物を、最後に落としてくれた。



あの仮面の男の正体を掴むためにも、これは何か役に立つかもしれない。




ミルディアはニヤリと、悪党のような意地汚い笑みを浮かべ、拾った首飾りの宝石をハンカチーフに包み、大事に懐にしまい込んだ。











◇◇◇

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