第15話 落ちぶれた領地の息子

いつからそうだったかは知らない。



幼い頃のマクシミリアンはまだクロードではなかったはず。



寄宿学校に行って、そこで入れ替わったのかもしれない。



クロードはどういうつもりでマクシミリアンに化けていたかは不明だが、聖女のために何かを探りに来ていたのかもしれない。




「まさか、俺の名を知っているとは…。これは生かしておけないな」



すると、考え込んだミルディアの前で、本物らしきマクシミリアンから殺気が流れた。



ピン!と張り詰めた冷たい空気に、ミルディアは息を飲んだ。



(まずいわねっ。この様子、本当に私を消す気だわ)



名前までバレてしまったマクシミリアンはミルディアを商品ではなく、暗殺のターゲットに変えたようだ。


こうなるなら身を隠していた方が良かった。



身構えたミルディアに、マクシミリアンが襲いかかる。魔法を唱える間もなく、短剣で斬りつけてきた。



「わっ…危なっ!」



なんとか横に飛んで回避するが、彼の動きは玄人らしく俊敏であり、剣先の方向を変えて襲ってくる。体術は丸っ切り素人のミルディアは逃げることで精一杯だった。



「ちょこまかと…っ」



上手く攻撃を避ける彼女に苛立ったように舌打ちして、マクシミリアンは一度止まり、距離を取った。



「あなた…こんなことをしてただですむと…!?」


すでに息が上がった状態でミルディアは彼に文句をつけようとしたが、その途中に彼がもう一本、短剣を取り出した。



「これなら、逃げられないだろ?」



ニヤリと悪人らしい笑みを浮かべて、両手にそれぞれ短剣を持った彼が軽やかにその場でステップし始めた。



「これは…!」



二刀流でこの動き、ミルディアは見たことがあった。



「八つ裂きにしてやろう…!」



再び口を開いた瞬間、彼が動いた。



低い体勢で軽やかなステップをして駆けつけ、その動きで短剣の剣先がどこにくるのか読めない。



「いっ…!」



腕に痛みが走り、その痛みで斬りつけらたのだと気づく。


目の前で素早い動きで連続で短剣で襲う彼に、ミルディアは慌てて防御の魔法を唱えた。 



「シール…あ…っ、いやっ!」



だが、防御を唱えようとしてもマクシミリアンの攻撃は休まず彼女を斬りつけてくる。魔法が唱えず悲鳴を上げ、積み上げた荷台の前で逃げ惑った。



「いい加減…諦めろ、よ!」



それでも逃げて致命傷を避けるミルディアに、マクシミリアンは怒りと狂気に満ちた目で睨み、夢中で襲いかかる。


(ああ、ダメ!これじゃあ、防御はおろか攻撃もできない!)



逃げても剣が体の一部をかすめて、そこから血が滲んでいる。



このままでは傷が増えて出血多量か、その前にミルディアのスタミナ切れか。



「うっ…く、もう…ホント…」



限界だった。



刹那、くらりと目眩がして、足がもつれた。



「あ…っ!」



横の荷台の箱へと倒れ込んだ。



「ははっ!チャ〜ンスっ!」



その瞬間を狙って、マクシミリアンが笑いながら舌舐めずりすると、その場でジャンプしたまま、下にいるミルディア目掛けて両手の短剣を投げつけた。




「きゃああああーーーーっ!!」



目前に迫る二つの短剣に、ミルディアは悲鳴を上げる。


これで死ぬのかと、咄嗟に顔を覆ってギュッと目を閉じた。




「——よ!第六の盾、ジルドラゴン…!」



刹那、誰かの叫ぶ声が聞こえて、ミルディアの上に影が差した。



「え…?」



何が起きたのかと、恐る恐る目を開けると、目の前に銀色の盾が現れて、それが襲いかかっていた短剣を弾いた。



「え…?何?」


一瞬、また自分で無意識に魔法を使ったのかと思ったが、ミルディアが覚えているメアリーの盾とは違う形の色をしていた。


「なんだお前!その女の仲間かっ!?」



そこに、不機嫌なマクシミリアンが見上げるようにミルディアの後ろに向けて鋭い声を上げた。


ミルディアがハッとして背後を振り向こうとした瞬間、ストンと、目の前に人が降りてきた。



「貴様こそ、ここで何をしていた?」



その人は静かに冷たい声でマクシミリアンに話しかける。



(えっ?この背格好…っ!いやっ、まさか、そんな!)



ドクン!とミルディアの心臓が嫌な音を立てた。



腰まで流れる白銀の髪に青と紅と紫の宝石のついた細いベルト、首には金の首飾りをつけて、黒のローブ服を着ていた。その見覚えのある格好にゾッとした。



前世、メアリーの隣りにいたあの男、ルーカスと同じ服装だった。



マクシミリアンの眉がピクリと動き、ハッっ!と笑い飛ばす。




「何をだって?決まってる…!邪魔だったから殺そうとしていたんだよ。あんたも仲間なら…」



「なるほどな。貴様が、この辺りで噂されている人攫いの一味だな」




マクシミリアンの話の途中で、黒のローブ姿の男がそう呟いた。



途端、無数の黒い影がマクシミリアンの前に現れて、それが大きくなってマクシミリアンに襲いかかった。



「な…っ?」


咄嗟の魔法に驚き反応に遅れたマクシミリアンだが、その黒い影から飛び退き、距離をおいた。




「これは…」



ミルディアはその魔法に驚愕する。



格好は魔術師の服装だが、その魔法は前世の魔王、メアリーの父王が得意としていた魔法だった。


確かに彼は長い髪ではあったが、白銀ではなく漆黒の髪だ。



それに魔王はファウスト博士の話では、すでに亡くなったと言っていた。



なら、この目の前の魔術師の服装の男は、やはりルーカスなのか?




「あなた…誰なの!?」



いてもたってもいられなくなり、ミルディアは叫びながら、その背に向けて手を伸ばした。



グッと右腕を掴み、その硬い感触に驚きながらミルディアは勢いよく自分の方に引っ張った。



黒ローブの裾が翻って、白銀の髪がサラッとなびく。



ミルディアの方に振り向いた男の目は、メアリーと同じ真紅の色だったが、その顔の上半分が仮面に覆われてわからなかった。



「えっ?なんで…!」



思わず叫んで、掴んでいた腕を振り払う。



男が仮面をつけている事にミルディアは驚き、拍子抜けした。


(何で肝心な顔を仮面で隠してるの!?ああ、でもこの目の色!前世の魔王陛下の色とそっくりだわ)



「…?」



困惑し疑うようにジロジロと見つめるミルディアに、彼はキョトンと首を傾げた。


「…何故、そうも見つめてくる…?魔族の娘」




「…見てって、別に減るものでは…って、えっ!?何?魔族?」



何故、ミルディアを見てそう言ったのか、彼女はドキ!とした。



「その体に宿る魔力…黒だ。魔族の証だ」



この男も、感知能力があるようだ。



それもミルディアを見ただけで分かる透視能力の感知者。


「魔力の色が、見えて…?なんで、それはその…」



見ただけで分かるのは、高位の魔族、魔物か、聖騎士クラスだけ。



(この人…何者?)



あの仮面が邪魔だ。



ミルディアは自分を見下ろす男にまた手を伸ばしたかけたが、そのとき、後ろからマクシミリアンが隠していた短剣を投げる姿が目に入り、ギクリとした。




「あ…危ない!」



声を上げたミルディアの前で、仮面の男は後ろを振り向くことなく慣れた手つきでマクシミリアンが投げた短剣を受け止めた。



ミルディアは攻撃を回避するどころか、それを素手で防いだ事に驚き、仮面の男は掴んだ短剣を地面に放り投げた。



「あなた…本当に、何者なの?」



正体がわからず、謎の仮面の男にもう一度問いかける。



彼は訝しげに眉を寄せて口を開いたが、突然ハッとしたようにミルディアと距離を詰めて腰をすくい、自分の方に引き寄せた。



「なっ…ぶっ!?」



ミルディアは顔から仮面の男の胸に倒れ、ぐるんと身体ごと左に回転しながら移動した。



その瞬間、驚くその横で、バキバキバキ!と木箱が壊れる音がした。


「わっ!?なに…?」



ミルディアはびっくりして仮面の男の腕にしがみつき、ソロっとそちらに顔を向けた。



すると、今し方二人がいた場所にマクシミリアンが立ち、その後ろの積荷が破壊されていた。



「ちっ…!上手く避けたな」



どうやらマクシミリアンが突進してきたらしく、仮面の男はそれに気づいて、ミルディアごと回避したのだ。



いきなり腰に手を回され抱き寄せられたのは焦ったが、マクシミリアンの攻撃を回避し助かったことに、ホッとした。


仮面の男はミルディアから離れ、マクシミリアンに向き直った。




「これ程までに愚かとは…。誰の許可なく魔族を、この私に攻撃するなど…」



仮面の男が怒りを孕んだ低い声で告げると、バチバチ、とそれに呼応するかのように全身から電気が放出し、頭上に魔法陣が浮かぶ。



咄嗟に危険を感じたミルディアは後ろに跳躍し、彼から大きく距離を取った。



刹那、雷鳴のような音が響き、マクシミリアンに向かって稲妻が落ちた。




「なっ!?うぎゃああああーーーッ!!!」



バリバリバリ!!



鋭い音と眩しい光。



マクシミリアンは全身黒焦げになり、バチバチと放電しながら、ゆっくりと地面に昏倒した。



「……ウソでしょ?」



青ざめた顔でミルディアはボソリと呟いた。



マクシミリアンに向けた魔法は、自然の雷そのものの効果がある。



そして、それは前世ルーカスが得意としていた雷魔法と同じ魔法だった。

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