第13話 怪しい商売人

結局、理不尽な物言いで怒られてから、ミルディアはセシアと聖堂に戻ると、すでにランチタイムだった。



ミルディアはセシアにアリシアに用があると伝えて、屋敷に戻ることを話す。



ジュリアスは始終、セシアと一緒にいる庭師の娘を疑っていたが、そこをクロードがさり気なくフォローしていた。



「兄さん。僕は一度、他の手伝いに行って来るよ。配膳は使用人がいるからね」



クロードもジュリアスから離れる口実を作ると、そそくさとその場を後にした。止めることなく、ジュリアスは難民に配膳する使用人の元に向かった。それを横目で見届け、ミルディアも屋敷に向かおうとした。



「待て」



だが、セシアに呼び止められる。



「さっきの話、忘れるなよ。後、彼の前でも警戒を怠るな」



厳しい表情で耳打ちされ、セシアはチラッと配膳配りを手伝うジュリアスに視線を向けた。


「わかっていますよ」



素っ気なく返事をして、ミルディアは今度こそ彼と別れ、屋敷へと向かう。



アリシアに早いところ休暇を申し出なければ、自分に災難が振りかかる。



ミルディアは内心焦っていた。



クロードは逃げたようだが、いつ何時気が変わって、襲ってくるかわからない。



最悪にも聖女は既に魔法の特訓をして、魔王退治を目指している。



(クロードが何のつもりであんな事を言ったか分からないが、今はそれに頼るしか道はない。別人として人生を歩んでいるが、いつ聖女側が攻めてくるかわからないんだから…。はぁ、どちらにせよ、早くこの魔力をどうにかしないとね)




隠す技を身につける前に聖女側が攻めてくれば、どのみち自分は終わりだ。



クロードに居場所がバレたことは大きな痛手だ。



関わりたくないと無視できるような時期は、もう過ぎてしまったのだから…。



だが、魔法を使わずに歩いて伯爵家に向かうにはあまりにも時間がかかる。



ここは公共の場で使われている馬車に乗るしかない。路銀はかかるが、バレて死刑されるよりはマシだ。



聖堂から近い馬車乗り場は、町に行く方ではなく、町の出入り口の近くにある。そこまで歩いて乗り場に向かうと、伯爵家の近くまで直行する馬車があった。それに乗り、馬車の御者に頼み伯爵家まで急いでもらった。



アリシアは屋敷で習い事があり留守番している。



(アリシア様に頼んで、理由はどうしようか…?絶対聞かれるはずだよね)



一ヶ月は無理があるので、その一週だけの休暇なら、理由も尋ねられる事はないはず。



年に一度、一週間程の休暇をもらう時がある。



その休暇を前倒しに使って、いつものその時期に休まず働けばいい。



考え事をしていると、馬車が止まった。



「お客さん、着きましたよ」



御者の声にハッとして扉を開けて、外に出た。



前には伯爵が所有する広い土地があり、後ろには観光店となる出店が並ぶ。馬車はそこに止まっていた。



ミルディアは御者に路銀を渡し、「まいどあり」と彼はそう言って、馬に鞭を打って馬車は離れていった。



それを見送り、ミルディアは慣れた道を進んだ。



ここからも距離がある。長い道のりだとため息をついて歩くと、ふと後ろから黒塗りの馬車が迫って来ている。



「え?あの紋章…」



見た事がある紋章がついた馬車。首をひねり、それをぼんやりと見つめていたら、馬車が目の前で止まった。




「え…?」



ミルディアは驚く。止まった馬車の中から派手な帽子に黒服を着た男性が現れた。



紺色の髪とアイスブルーの瞳。



彫り深い顔立ちは冷たく、ミルディアを見つめた。


この顔に、見に覚えがあった。



「そこのあなた、この家の使用人のようですね。このようなところで何をしているのですか?」



「え…?ええっと私は今、帰るところでございます。あの…あなたは…」



無作法だが、ミルディアが誰かと尋ねると、男はにっと口元に笑みを浮かべた。



「ああ、失礼しました。私は北東で商売を営んでおりますファウスト=デュップランと申します」



丁寧に会釈して、男は自身の名を明かした。



その瞬間、ビリリ!とミルディアの身体に電流のようなモノが流れ、顔から血の気が引いた。



(ファウスト…ですって?あの夜色の髪に…あの冷たい目!まさか…っ、いや、でも…ね。それはないよね!?)




彼の名前に聞き覚えがあった。


ミルディアと同じく、魔王に遣えていた元人間。


学者でありながらもその実、人を実験台にして魔物を造っていた狂人で、ファウスト博士と呼ばれていた。彼はあの魔王城の地下で実験しているはずだ。


「…どうしましたか?」



顔色を変えて固まるミルディアに気づき、口元に笑みを浮かべていた彼が不思議そうに彼女を見つめる。



よく見ればその目は笑っていない。ミルディアをジッと観察している。



「…あ、あの…私は…あの領地の、伯爵家に仕える使用人で、す」



なんとか、ミルディアが口を開くと、ファウストと言った商人は微かに苦笑する。



「ええ、その格好を見れば分かります。私、今から伯爵邸に行きたいのですが、サリオン伯爵は御在宅でしょうか?」



「え…?伯爵様はいらっしゃいませんが、御子息様達ならおります。しかし、あの、予定がなければ、今はやめた方がよろしいかと思います」



「今は?どうしてですか?ご都合が悪いのでしょうか?」



眉をひそめた彼はミルディアに冷たい眼差しを向ける。



ミルディアはギクリとしたが、それを顔に出す事なく、ぎこちない笑みを浮かべた。  




「御子息様方も不在にされています。王都の難民の支援に忙しいと思いますので」



「王都から、難民…。ああ、そういえばここに訪れる前、こちらの領地に向かうたくさんの人を見ましたね。彼等が難民ですか」



商人ファウストは疑う事なく、納得したようにうなずいた。



「そうですね。ですから、予定がなければ今伺っても誰ともお会いになれないと思います。もし急ぎの御用件でしたら、町外れの堂に向かえば、御子息方がいらっしゃるかと思います」



(もし、彼があの人ならば…今、近衛騎士がいるからちょうどいいわね。鉢合わせすれば、本人だった場合、彼等が対処するだろう)



初対面の人を疑うのはあまり良くないが、彼はあまりにファウスト博士に酷似していた。



もしもを考えて、ミルディアは彼を遠ざけようとした。


「それはイイ案ですね。わかりました。…あ!そうだ。お礼にどうでしょう?あなたのような年頃の女性が好きな物、私持っているのですよ。このお礼に一つ、無料で差し上げましょう」



すると、商人ファウストが微かに笑って、ミルディアにお礼を申し出た。


「え?いえ、いいですよそんな!私は…って、聞いてないな」



ミルディアが断りを入れる間に、彼は急いで馬車の後ろの荷台に向かい、いそいそと小さな箱のような物を持って来た。



「この中には、各国の珍しい宝石があります。ほらほら、これはどうでしょう?まるで本物の炎が埋まっているかのように、輝いていますよ。あ、これも似合いそうだ。氷の結晶を凝縮した物で、中でキラキラと結晶が降り続けているのですよ!」



商売人ながら、物を売りつけようとぐいぐいと押し売りしてくる。



無料と言っても、箱にある物はどれも高価な物だ。



炎の宝石は、炎系の魔法を使える仕組み。



氷の結晶の宝石は氷魔法を半減する仕組み。



彼が見せた箱の中身は、どれもが魔道具だ。



一般人にはあまり効果がない代物だが、宝石として身につけるなら見栄えが良く、高価な装束品となる。



「あ、あの私は、こういうのは本当に…っ!あ…」



押しの強い彼に困りながら、ミルディアはいらないと断っていたが、ふと、彼の左腕に着けている物に目がいった。



「それで…ん?何を見て……あ、これですか?」



その視線に彼が即座に気づき、尋ねてきた。



右手だけで箱を持ち、左腕の腕輪をミルディアの前に見せつける。



「その様子、これをご存知のようだ。あなた、もしや魔力をお持ちでは?」




商人ファウストが鋭い目を向け、指摘した。



ミルディアはギクリとした。




「あ…いえ、なんのことでしょう。ただ、綺麗な腕輪をしていらっしゃるので…」



すぐに作り笑いを浮かべ否定したが、彼の目は誤魔化せなかった。




「いいえ。嘘ですね。ちゃんと感じていましたよ…あなたから流れる気を、ね」




途端、商人ファウストの目が仄かに輝き、小さく何かを呟いた。



「あ…っ?」



刹那、ミルディアの身体に光る紐のようなモノが巻きついた。



「何をす…っ!?」



抵抗する間も無く、あっという間だった。



光の紐は口元にも巻きつき声が出せなくなると、今度は足の自由を奪い身体が支えきれず、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。



「捕獲完了、ですね。ん〜…まさか、こんな簡単だとは思いませんでしたね」



そう笑いを含んだ商人ファウストの声がしてハッと目線を向けると、靴から膝までの彼が目の前に近づいてきて、ふわりと身体が宙に浮いた。




「っ?ん〜っ!んっ、ううん〜〜っ」



ミルディアは必死に叫んだ。


商人ファウストは軽々とミルディアを担いでいく。



ミルディアは周りに助けを求めようとしたが、無理だった。



観光店が並ぶ店は人の通りが多いはず。だが、そこはいつもと違って誰もいない。よく考えてみれば、ミルディアが馬車から降りてきてからずっと、誰一人として姿を見せなかった。



「今更気づいたのですか?誰も通らないように、人を遠ざける魔法をしたんです。私、実は商売人でも人攫い専門の商売をしてるんです。あなたのような魔力を持った娘は貴重で、高値で売れるんですよ」



にっこりと、今度はちゃんとした笑顔を向けた。



その顔はズル賢く陰湿なあのファウスト博士と同じく、歪んだ笑みを浮かべていた。



(やっぱりこの人、あのファウストじゃん!!私っ、気付けよ!!)



人攫いした後、闇市場などで売れなかった者は実験台となる。



高笑いのような笑いを上げて、ファウスト博士はミルディアを馬車の中へと放り込んだ。



そのあとファウスト博士も馬車へ乗り込み、ゆっくりと馬車が動き出す。



ガタガタと揺れる馬車の中で、簀巻きにされたミルディアはファウスト博士を睨みつけて、どうやって魔法を解くか考えていた。




「馬車の中は狭いですよね。本当なら商品は荷台の方に置くのですが、あなた、よく見れば相当強い力を秘めているようなので、逃さないように特別に私の監視下に置きました。最近はあまり粋のいいモノが手に入らず困っていたんですよ」



ファウスト博士は上機嫌だ。昔と随分違ってよく喋る。



ミルディアの睨みも全く効いてない。



「昔は人間を攫うなんて簡単だったのですが、全く…奴らが現れてからは大変です。あの方も、私のご主人様も物好きな方でね。さっさと排除すれば良いのに、あの小娘に気を取られてそれを疎かにしてるんですよ」



「…ふんっ?ふーふ!?んふっ、ふんん?」



(はっ?娘!?誰のことよ?)



「…人間の小娘は知らないでしょうね。前魔王陛下亡き後、それはそれは大変な時を過ごしました。魔王陛下は代替わりなどできません。魔力が枯渇し、朽ち果てるまでその地に居続けているが、あの聖女ともてはやされている女が倒してしまってね。本当にあのときは大変でした」



ファウスト博士は独り言のように話し始めるが、ミルディアはその話題にギョッと目を剥いた。



聖女が魔王を倒したとは初耳だった。



いや、その前に前魔王陛下とは、どういうことだ?誰のことを言っているのか分からない。



ミルディアがメアリーだった時、魔王が聖女にどうやって封印されたのか知らない。



聖女伝説という話でも、魔王を封印されたとだけ書いてあり、具体的な内容は記載されていない。その時代にあった物語として、多少の偽りを混ぜたような彼等の逸話、伝承といった話ばかりだ。それは世界の誰もが知ることができる表向きの話で、実際にどうしたのかをよく知っているのは聖女の記録を記載した文献や史料などを持っている者か、新たに生まれてきた聖女か、聖騎士だけだろう。



そのため一般人であるミルディアは前世メアリーの死後、魔王がどうなったのかなんて知らないし、それを調べる術を持たずにいた。


「あれからニ百年は経ちますかねぇ…。最愛の娘を亡くしたあの方は聖女に隙を与えてしまったのです。封印されるだけなら良かったのですが…あのまま朽ちてしまうとは、残念です。次期魔王陛下として君臨した現魔王陛下も、今は…」



そこまで口に出して、彼は馬車の窓の方へと視線を向けて、どこか遠くを見つめた。



哀愁漂うその表情に、ミルディアは驚いた。



メアリーだった頃は、彼は主人である魔王を敬ってなどいなかったはず。利害が一致して渋々従っているような間柄だったような気がした。



(この人はこの人で、あの父に…魔王に思うところがあったのかしら…?でも、その魔王が今は代替わりしたと、亡くなったように話していたが…本当に、聖女に倒されたの?)



それを確認する方法は、この人から聞けばいい。だが、それはやめた。自分からメアリーだったと名乗り出るなど馬鹿げていた。



聖女側で手一杯なのに、今度は魔王側に狙われるのは勘弁だ。



それっきり、ファウスト博士は喋らなくなった。



物思いにふけた様子で外を眺めている。



今の魔王が誰なのか続きが気になったが、今はそれよりもこの状況をどうするか考えるべきだ。



ミルディアは微かにため息をついて、動ける範囲で周りを見渡した。



普通の馬車よりも広く荷台もあるが、彼以外の闇の眷族である魔族はいない。この馬車を動かしているのは馬に化けた魔物だが、ミルディアから見れば戦力外だ。


相変わらず彼は一人で行動していたので、このまま隙を見て逃げ出そうと思った。



(あとはタイミングね。馬車の中は効率が悪いから、馬車を出たところを見計らって魔法を使い逃げるしかないわね)



ファウスト博士から逃げるには、この拘束を解いて、更に彼の動きを止めるくらいの魔法を使う。


(氷は駄目ね。さっき半減する魔道具を見たから…。やはりここは呪いの…相手を弱らせて眠らせるか。でも、私にできるかしら?)



氷魔法は時空魔法を使う前に無意識に使ったが、今回は自分の意思で使うのだ。



(一か八か…。彼の動きが止まるだけでいいもんね)



あまり強く使うと効果が出過ぎて、動きを止めるよりも死に至るほどの大ダメージを与えてしまう。



その辺の調整も考えた上で、魔法を使わなければならなかった。



「ふぅ…反対は人がいないな」



すると、窓の外を眺めていたファウスト博士が安心したようなため息がもれた。



それにミルディアはハッとした。



そういえば、ファウストはこのままミルディアを闇市場に連れて行くつもりなのか…。領地内に、闇市場はないからきっと馬車は外に出るはずだ。




(近衛騎士から遠ざかるなら、魔法は幾らでも使えるわ)



どこまで行くかはわからないが、この領地から遠ざかるなら都合が良い。



(ああ。それにこの人、商売しているって言ったわよね。一応人攫い専門らしいけど、魔道具は本物だった。なら、私が欲しいあの道具も彼の近くにあるかもしれない)



ふとミルディアは、自分が魔力を隠す魔道具を買いに行こうとしていた事を思い出した。



クロードが紹介した、メアリーが亡くなったあの国まで行かなくても、このファウスト博士が持つ商品から見つかるかもしれない。


見つからなければ、向かう闇市場のあるその地で探せば問題ないだろう。




ミルディアは体を動かし、チラッとファウスト博士に視線を向けると、拘束されている光の紐の下でにっと笑った。



(見ていなさい、ファウスト。人を拉致して闇市に売るような悪人は、この私が容赦なく魔法で退治してやるわ!)



そう固く、彼女は心の中で決意した。

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