第12話 二人の溝

用もないのに長期休暇を取りたいと思っても、無理がある。だからアリシアに頼むことにした。セシアの賭けに勝ったその報酬として、一週間ほどの休暇を頂くのなら問題ないだろう。



ミルディアは再びマクシミリアンに化けたクロードと一緒に聖堂に戻ると、セシアがジュリアスを連れて周りを案内している。



「あー…あの兄さん、苦手なんだよなぁ〜」



前でぼやくクロードの言葉を無視して、ミルディアはクロードの背を軽く押した。



「あ…。何を〜…っ」



押された事に後ろを振り向こうとした彼の前に、ジュリアスが立ちはだかった。



「に、兄さん。お久しぶりです」



背中越しでもわかる上擦った声。動揺する彼に少し笑いを噛み締める。



「マクシミリアン。どこに行っていた?」



ジュリアスが眉をひそめる。彼が前の大通りから来たのをバッチリ見ていたようだ。




「え…?あ、ああ。森に戻って、薪はどうなっているか見に行っていたんだ。兄さんこそ、いつ来たの?」



挨拶することなくいきなりの質問に少し考え込み、答えた。



後ろにいると彼の表情がわからない。



ミルディアはこっそりとクロードから離れ、彼とジュリアスの顔が見えるところに移動した。



「おい、何故マクシミリアンといた?」



すると、いつの間にかセシアが横に立って、周りに見えないようにミルディアの腕を掴んだ。



「せ、セシア様…っ」


彼は逃すまいとミルディアの腕に力を入れて、不機嫌な様子で引っ張り出した。



「ちょ…っ、誰かに見られますって!」



「なら声を上げるな。お前に聞きたいことがある」



周りの視線など構わないと、セシアがそのまま聖堂の隣の建物から裏路地に連れ込んだ。



「なんなんですか一体?ジュリアス様達はいいのですか?」



一言もなく離れて良かったのか尋ねると、ようやく手を離したセシアがミルディアの方に振り返った。



その顔は怒りに歪み、ミルディアに冷たい眼差しを向けていた。



「そんなことはどうでもいい。今のはなんだ?どうして奴と一緒に居たんだ?」



そういきなり早口でまくし立てて、驚くミルディアに詰め寄る。



「え…?何がですかちょっと!恐いんですけど…っ」



何が気に入らないのか不機嫌なセシアに怯え、ミルディアが後ろに下がると、彼もまたその分の距離を縮めてくる。



「何故逃げる…?やましい事をしていたのか?」



セシアはセシアで、問いかけに答えずに自分から離れようとするミルディアを疑い、彼女に鋭い視線を向けてしつこく問いかけた。



すると、ミルディアも迫る彼から離れ、ブンブン首を振って否定した。



「いやぁ…ですから、彼とは何もない…って、あっ!」



たが、後ろを下がっていたら、壁まで追い詰められてしまった。



ハッとして咄嗟に横から逃げようとしたが、セシアが両手を壁につけ、妨害してきた。



「な…っ!」



「逃げられないぞ。言えよ。なんでマクシミリアンといた?俺は待てと、言ったはずだが?」



壁に追い詰められ両腕で左右を塞がれ、いよいよ逃げ場の無くなったミルディアは真っ青な顔で震えるように口を開けた。



「あ、あれは…話をしていたんですよ!彼を呪うためには、まずは彼のことをよく知ろうと思ったんです!」




本当のことを言えないミルディアは、咄嗟に嘘をついた。



「…っ!それは…」




セシアは一瞬息を飲むと、彼女から離れて自分の口を塞ぎ、視線を逸らす。



「…興味…与えたのは俺か」


そして、彼はボソボソと何かを呟いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。



「セシア様?今、なんて…」


「はぁ〜〜〜っ」


聞こえなかったと、ミルディアが聞き返そうとしたら、セシアが顔を覆って大きなため息をついた。



それにうっと言葉を詰まらせ、ミルディアはまた彼が怒るのではないかと身構えたが、セシアは顔から手を離しどこか疲れたような顔をして、チラッと視線だけをミルディアに向けた。



「お前、マクシミリアン本人と二人になる前に、先に俺に聞くべきだろ?時間の無駄遣いだし、また呪い袋を見られでもしたら、いつまで経っても計画が進まないじゃねーか」



馬鹿を見るような目でセシアに訴えられ、胸にグサっときた。



(私ってそんなにドジに見える…?嘘の話だけど、こう的確な事言われると傷つくし、なんか嫌だなぁ…)



それはセシアに信用されていないと言うことだ。



彼がさっきまで怒っていたのは、そういうこと。



ミルディアを信用していないから、またマクシミリアン…クロードの前で、故意ではないが呪い袋を見せてしまうのではないかと、疑っていたのだ。



「…失礼だわ。セシア様。あなたは私を信じていないんですね」



セシアの言葉に傷ついたミルディアは、だんだんと彼のその態度に腹が立ってきた。



嘘話でも、ここまで疑われて言われたら、いい気はしない。



ムスッとしたミルディアが反撃すると、セシアは驚いたように彼女を見つめた。



「お前…信じていないと、俺を悪く…」



「あなたの許可なく、マクシミリアン様と二人きりになってすいませんでしたね!呪い袋の件は謝りますよっ。でも、ジュリアス様のことは、あなたがどうにかしてくれるんですよね?呪いの事うんねんより、そっちの方が大変じゃないんですかねー!」



セシアが最後まで言う前に、ミルディアはわざと彼の言葉を遮り、嫌味を込めて早口でまくし立てた。



すると、セシアはジュリアスと言う言葉を聞いて、グッと言葉に詰まり、顔を青ざめた。



「あー、なんでしたらぁ、私がジュリアス様に付き添いましょうか?おっちょこちょいだからあの人の前でもうっかりポロっと落としちゃうかもしれませんけどねぇ」



ふっと皮肉を込めて笑い、調子に乗って話すと、青ざめたセシアが震え出し、「やめろ」と小さく呟いた。




「はい…?聞こえませんねぇ。あなたは私と違い、用心深いですもんね。ジュリアス様のことも、それはもう完璧に、隠し通して案内できたのでしょうねぇ」



最後にははっきりと、彼を挑発するように強調した。



(どうだ!あんたも困ればいいさ!私を疑うなんて百万年早いのよ…!)



カッと両眼を見開き、ニヤリと勝ち誇ったような嫌な笑みを浮かべた。




その瞬間、ドン!と音が響き、パラパラと顔の右横の壁が砕け散った。




「……え?…は?な…っ!」



一瞬、何が起きたか分からなかった。



ミルディアは右から後ろを振り向き、壁が拳の形で変形し壊れているのを見てギョッとした。前に恐る恐る顔を向けて、ぞっと背筋に悪寒が走った。



目の前のセシアのラピスラズリの瞳が、妖しく剣吞な光を称え、彼女に殺意のある冷たい表情を向けていた。



「お前は…本当に、今も昔も…俺を怒らせるのが上手いよな」


冷たく低い声で呟き、その口に残忍な笑みを浮かべる。



またぞくりと、ミルディアの背筋に冷たいものが走る。



セシアはそっと彼女の右の耳元に自身の顔を近づけて、血に滲んだ左拳を彼女の顔面スレスレに突きつけた。



「なぁ…ミルディア=フラン。この怒り、お前の顔にぶつけてやろうか?」



「ぁ…う、あ…っ!わた…は…っ」



何かを言わなければと口を開くが、眼前の拳に、彼の言葉に恐怖して、彼女の口はパクパクとして言葉にならなかった。


「はぁ〜…」



彼はため息をついて、ビクッと震えたミルディアから離れて拳を下ろし、腕を組んだ。



「それで、お前はわざわざ俺を挑発して、何がしたいんだ?マクシミリアンの前で呪い袋を落としたのはお前だ。その事実が変わるわけでもないのに、何がしたいんだ?」



セシアはうんざりしたように軽く嘆息し、ミルディアに冷たい目を向けたまま問いかけた。



彼にはミルディアの気持ちなど分からなかった。



だが、ミルディアはセシアの言動に怯えて震えていた。今の問いも聞こえていない様子だ。脅しが効いたのだろう。



セシアはそんな彼女を訝しげに見つめ、再び口を開こうとした時。



「せ、セシア様!私が悪かったです!調子に乗りすぎてすみません!どうか、許してください!!」



ガバッ!といきなりミルディアがその場で膝をついた。顔の前で両手をすり寄せ、セシアに泣きながら懇願した。



「…な、んだよ。もう……ああっ、もう!」



すると、セシアが一瞬引いたように固まったが、すぐに頭をガシガシと乱暴にかきむしり、懇願し出した彼女に声を上げた。



「やめろ!すぐに膝をついたり、頭を下げるな!お前に、きつく当たりすぎたのは認める。ただ俺は…っ、マクシミリアンとお前が帰ってきた時、前より親しそうに見えたから不安になったんだよ!」



そう吐き捨てるように言って、セシアの頬が少し赤らんだ。



泣きながら懇願するミルディアは、彼のその表情に驚くよりも、困惑した。



「へ…?な、なんで…?」



セシアは何故か、照れた。



今のやり取りで恥ずかしいと思うようなものがあったか?



不安ってなんのことだ?




ミルディアには理解できず呆然とした。



「だから…、マクシミリアンと距離を置けと言ったんだ!今から呪う相手と仲良くなってどうするんだよ。それこそやり辛くなってお前が放棄したら全てパァだ!」



照れ隠しか、怒ったように声を荒げ髪をかきあげる。



その複雑な表情にこれはこれで困り果てた。



どうやって答えればいいのか、ミルディアはわからなかった。



「それは…私がマクシミリアン様に情を移し、作戦に支障が出るかもと、あなたは怒っていると言うことですか?つまり、私の行動が悪いと…?」



困惑しながらまとめて答えると、息を詰まらせてからセシアは「そうだ!」と頷いた。



(この男、行動にもケチつけてくるなんて…!どう転んでも私を信用しないと言うのね…っ)



やはり、ムカつく。



クロードといただけで、ここまで勝手な言い掛かりをつけられ、非難される。



泣いて乞うていたミルディアは涙がひっこみ、無表情で立ち上がった。



「ああ、そうですか。肝に免じておきますよ」



にっと口端を上げて、適当に返事した。



これ以上この話で言い返しても、彼は初めからこちらを見下している。理不尽に言われ続けるだけだ。



諦めたようにミルディアの口からため息がこぼれた。



それを見て微かに眉間にシワを寄せたセシアは、悪い事をした気分になったが、すぐにそれを打ち消すように首を振り、気を引き締めた。


「…とにかく、だ。お前はこれ以上、マクシミリアンとは話すな。この話は以上だ」



セシアが念を押して、強引に話を終わらせた。



ミルディアは何か言うこともなくそっぽを向いている。返事をすることなく何か怒っているような彼女に何も言えないセシア。



二人の間に気まずい雰囲気が流れた。




「…あ〜…それで、ジュリアスさんの事なんだが、数日間はあの聖堂の手伝いをされる。近くに魔力を持つ者を捜しているような事を言っていたから、呪いの件はその後でいい」



暫くしてから、セシアの方がこの沈黙に耐えきれず、咳払いとともに口を開いた。



ジュリアスが来たのは、難民の手助けとは別の目的もあったと、セシアは上手く聞けた事を話した。



ミルディアはそれには耳を傾けていたようで、微かに眉を寄せて頷いた。



「それは…わかりました。ジュリアス様が居なくなるまでは動きません。…それで、そろそろ向こうに戻りませんか?これ以上二人でいれば、またそのジュリアス様に怪しまれてしまいますよ?」



何も告げず急に居なくなったんだ。



先ほど再開した兄弟の会話は、再会話に花を咲かせるようなものではなかった。



多分、今頃捜しているかもしれない。そう思うと焦りを感じた。



どちらとも厄介な相手で、面倒ごとは避けたかった。




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