第11話 時空魔法の代償
魔力を隠し穏やかに過ごせるようにと願っていたが、周りはどうも自己主張の激しい者ばかりで、何かと問題を抱えてそれに巻き込まれていく。
そう簡単にはいかない。
小さなため息をついて、マクシミリアンの姿を捜した。
彼はすぐに見つかった。
同年代の女の子に囲まれていた。
困った様子で彼は何か話をしていた。
(あの中には、入れないわねー)
無理やり彼に近づき連れ出せば、周りの女の子に恨まれるかも。
「ミルディアさん!」
そう考えていたミルディアの耳に、マクシミリアンの声が響いた。
びくっとして顔を上げると、マクシミリアンが王子様のようなキラキラスマイルで手を振っていた。
ミルディアの顔から血の気がひく。
(あ、ああっ…!なんでここでその笑顔を向けるかな!?わざとか、わざとなのか!?)
ミルディアが言葉を失い佇んでいると、女の子の輪から出てきたマクシミリアンが彼女のもとに駆けつけてきた。
「捜していたんだミルディアさん!あ、君達…、また今度話をしよう!」
そう親しいわけでもないミルディアに懐いているような親しみある言葉を送ると、後ろを振り返り、ミルディアを睨んでいる女の子達に向かって叫ぶ。
女の子達は納得していないようだが、マクシミリアンにそう言われてしまっては、近づくこともできない。
恨めしそうに睨む彼女達の視線を受けながら、ミルディアは生きた心地がしなかった。
「ま、マクシミリアン様。なんで、私に…」
こんな仕打ちを?
…と、死んだ魚のような目を向けて尋ねた。
すると、マクシミリアンはにこりと笑って、ミルディアの腕を掴み、問答無用で引っ張り出した。
「えっ?わわっ!急に、一体どこに…!?」
突然腕を引かれて驚くミルディアが、早歩きで前を歩くマクシミリアンの背に叫んだ。
まださっきの答えを聞いていない。
「黙ってついて来て。話ならこっち」
だが、マクシミリアンは答えることなくミルディアを一言で黙らせ、聖堂前の左側からそのまま大通りを出ていく。
町の中ではなく、外れにある森の方に向かった。
町の出入り口の右側に、細い道があり奥に行くと瓦礫場に出る。
廃棄されたガラクタがあちらこちらに積み重なり、道の至る所に放置してある。
「ここまで来れば、いいか…」
マクシミリアンがその瓦礫場の右手の少し広くなった場所で立ち止まった。
そこまで引っ張られていたミルディアは黙ってついて来たが、ふとマクシミリアンは何も言わないミルディアを不思議に思い、首を傾げた。
「マクシミリアン様?」
ミルディアが恐る恐る声をかけると、マクシミリアンが彼女の方に振り向いた。
「それ…まだその名で呼ぶの?」
呆れたようにため息をついた。
「え…?」
「…この姿だからかなぁ?よし…!じゃあ変えようか?」
一人で言って一人で納得して、考えるように首を傾げたマクシミリアンが、パチンと指を鳴らした。
途端、モクモクモク!とマクシミリアンから蒸気のような煙が立ち込めて、彼の姿を覆い隠した。
「えっ?何っ!?これってまさか…!」
その光景にミルディアがハッと顔色を変えた。
刹那、煙が晴れて中から現れたのは、マクシミリアンではなくクロードだった。
「う〜ん。これなら〜いいだろう?」
あの独特な喋り方、黒髪に陰りのある緑の目。間違いなく時の番人、魔法使いクロードだ!
「ああああ…。やっぱり、あなたクロードなんだな。私が少し前から来た未来の私って気付いていたんだね」
気を張っていた彼女が肩をすくめ呟くと、マクシミリアンに変装していたクロードがニヤリと笑う。
「そりゃ〜僕が送ったんだからわかるよぉ。その様子だと上手くいったようだねぇ」
自信満々な様子で頷く。対した自信家だ。
ミルディアは彼に呆れたが、こうして簡単にあの話ができるのはありがたかった。
「あー…じゃあ、このまま話を進めるけど、いい?」
「…ん?ああ。いいよ〜。あ…でもぉ、僕から話さなければならない事がある」
「え?あなたから?何の話?」
改めて言われて、嫌な予感に顔をしかめる。
「ほら、時空移動した〜その代償だよ?オリバー=ハーレツインの件で王都行きは間逃れた。でもねぇ、そのせいで少しだけ〜、君に不利な状況が出てきたんだぁ」
「は?いや、何それ?」
思わずミルディアが素で返すと、クロードは何が面白いのかクッと小さく笑った。
「君に魔力があるって事なんだけど〜…僕が魔法を使ったことで、あの子に気づかれちゃったんだよね〜。この付近に強い魔力を感じたって、連絡がきたんだぁ」
この場合、クロードの言う『あの子』とは、一人しかいない。
ミルディアの顔から血の気が引く。
「はっ?なななんでっ!?ど、どうしてそんなことにっ!?」
動揺するあまり彼女は吃った。
真面目な顔をしたクロードが腕を組んでうんうん頷き、小さく首を傾げた。
「それが〜僕も不思議でねぇ。時空移動で変えた未来の代償なんだと思うけどねぇ。オリバーの件よりも〜、さらに君にとっては最悪な事態を招いてしまったとしかぁ、言いようがないねぇ〜。こればかりは僕にはどうにもできないよ〜」
クロードの時空魔法で、オリバーと接触した時間帯だけを変えることに成功したが、その影響で別の事を、それも最悪な形でそれを招いてしまったということだ。
「なっ…!どうすることもできないって、あなたがしたんでしょ!?なんとか、その聖女に間違えだと伝えれないの!?」
クロードなら宮廷に自由に出入り可能だ。
あの子…つまり、聖女に会って手違いだったと伝えるだけでいい。
すると彼は露骨に顔をしかめ、冷たい視線を向けた。
「嫌だね〜それ。僕にも都合があるの〜。それにあの子は今、王宮にはいないんだよぉ」
「…え?王宮に居ない?でも、近衛騎士の人達は…」
「彼らはここにいるから知らないんだろうねぇ。聖女のあの子は、宮廷から離れて魔法の特訓に出てるんだ〜」
そう言って、クロードは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「魔法使いとして〜、僕も度々会いに行くけどぉ…。あいつがさぁ、彼女にべったりしてて中々上手くいかないんだよねぇ〜」
ふぅと今度はため息をついて、疲れたような顔をした。
ミルディアはその情報に、ヒヤリとした。
「これって、どういうこと?時空移動する前は、まだ聖女は魔法を覚えていないと言っていたわよね?王…間男と恋愛に忙しいとか。でも、今は時空移動したせいで、聖女がやる気になって魔法の特訓している。それも変わったってこと?」
「あ〜!考えてみれば、そうだよねぇ。何がきっかけなのかわからないけどぉ…多分、あの子もやる気になってるんだよぉ」
「クロード。あなたの言うことはわかった。聖女は魔法が使えるようになり、危険だと。だけど感知能力のせいで、私の魔力に気付いてしまった。このまま、近衛騎士団より最悪な…聖騎士が来るかもしれないと、そう言いたいのね?」
クロードの要領の悪い話し方をしていると時間がかかる。本来の話からズレては、余計に話がややこしくなる。その前にミルディアは先読みして、彼が言いたいことをまとめて告げた。
クロードがちょっと驚いたように口を閉ざし、唐突にパチパチと手を叩く。
「すご〜い。僕の言いたいこと、まさにそれだよぉ〜。君は頭が良くて助かる〜」
頭の良し悪しではないが、満更でもないので、ミルディアの頬が少し赤らんだ。
「…まぁ、まぁこれくらい考えればわかることよ!それで、近衛騎士からは逃れたようだけど…聖騎士が、来るのはいつ?」
すぐに気持ちを切り替え、真剣な表情で問いかける。
クロードはうーんと首を傾ける。
「それがぁ、わからなんだ〜。僕にも代償の内容まではぁ、詳しくわからないんだ〜」
「そんな…!」
なんて無責任な男だろう。
クロードは聖女以外の事になると、とことん雑になる。
ミルディアが途方に暮れたような顔をすると、クロードはふと何かを思い出したように口を開いた。
「あ…そうそう!僕〜思い出したよぉ?君のその魔力を〜、隠してくれる魔道具があるんだぁ」
「えっ?それって、何処にあるの!?」
「魔女だった君には〜、少し難しいかもしれないけどぉ…」
「なんでもいいからさ!早く教えてよ!」
言葉を濁す彼にミルディアは身を乗り出して、続きを催促した。
彼はしょうがない、といった様子で、
「君がぁ〜呪いをかけて滅ぼしたぁ、あの国だよ。そこにならぁ、闇専用の道具が揃っているよ〜」
前世、魔王が占領した始まりの地。
メアリーがルーカスに裏切られて殺された場所だった。
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