第10話 時の番人

記憶を盗むか記憶を無くす…記憶を操る。



そういう黒魔法を使える者はいないのか…?






それは、一瞬の出来事。



まるで時が止まったかのように、目の前のジュリアスの動きがピタリと止まった。



「はぁ〜…ホント、面倒だ」



そう、誰かのうんざりしたため息が聞こえた。



「え…?」



静止するジュリアスに驚愕したミルディアは、そのため息にハッと我に返り、周りに素早く視線を向けた。



「なんでかなぁ…。邪魔ばかりされてうんざりだよぉ」



心底、うんざりしたため息とともに再び呟いたのは、マクシミリアンだった。



あの本物の王子様のような完璧な顔が憂鬱そうに歪み、緑色の澄んだ眼が微かに暗く陰っていた。



「なんでだろうな…これ。どこで間違えた〜?僕の計画は完璧だったはず…」


腰に手を当て、反対の手を振りつつも肩を竦める。



「ま、マクシミリアンさまぁ?」



ミルディアは目の前で別人のように振る舞う彼に、戸惑うように小さく声をかけた。



すると、うんざりと嘆いていた彼は、ようやくミルディアを、この場で唯一動いたミルディアを見て、にんまりと歪んだ笑みを浮かべた。



「やぁ〜ミルディア。あんたは相変わらず馬鹿な女だよねぇ。なんで、気づかないんだろう?この顔、忘れたのかなぁ?」



歪んだ笑みはさらに歪み、緑色の瞳が黒く濁った。



緩やかに変化する美しい金髪は、真っ黒に染まり輝きを失う。



目の前で変化した、そのマクシミリアンの姿に、ミルディアは愕然とし、ぞくりと震えた。



「あ、あ、あなた…クロード!?」



ミルディアの頭のある記憶。その記憶の閉じた箱が開き、忘却されていたモノが甦った。



クロード。時の番人であり、あらゆる時間を操作する魔法使いだ。



記憶を盗んだり記憶をなくしたりと、操作できる魔法使いではないが、それに近い存在である。



彼は聖女を守る魔法使いだが、愛に狂った馬鹿な男でもある。



聖女が大切なあまり、使命と恋心の間に揺れた結果、その心は歪み、聖女だけ執着し続けていた。



「あ〜〜やっぱり!君、憶えてるんだ?あれれ?そういえば、あのキモくてウザい、粘着質のような魔女オタク、何処にいるの?…あ、そうか!君、アイツに殺されたんだっけ?」


そのゆったりと毒舌を吐く喋り方は、クロードそのものだ。



彼から出てきた言葉に、顔から血の気が引いた。



「…なんの、ことでしょうか…?マクシミリアン様ったら嫌ですわ!おほほほ!」



咄嗟に笑い、誤魔化した。彼はミルディアがメアリーと知らないはずだ。



なんでも知っているような言い方をされたが、ミルディアはメアリーだった事を隠した。



「…ぷっ。あっははははは!!やーっぱり、馬鹿な女ぁ!僕に、分からないと思うの?時間を操れるんだよ?君の過去…いや、前世なんてとっくに気付いていたさ!」



なんてことのないように、笑い声を上げて、マクシミリアンだった男が告げる。



ミルディアは微かに震え、青ざめた顔で彼を睨みつけた。



「それは…あなたも、同じですよね。今更、どうして正体を明かした?」



笑いこける彼に、強い口調で尋ねた。



すると、ピタリと笑いを止めた彼が深いため息をついて、気怠げにミルディアに視線を向けた。



「僕にもねぇ〜、計画というのがあるんだよ。愛しのあの子は、まだ卵で未熟なんだぁ。魔法を覚えてくれたのはいいけど、使い方を間違えててねぇ。ちょっと、困ったことが起きたんだよ」



そう答えた彼は彼らしくない、自信をなくしたように落ち込んでいた。



「ヘ〜〜。あなたでも、そんな時があるんだ?でも…確か、その聖女様は今、王の近くにいるのよね?また私達を倒そうとしている計画でも立てているの?」



フッと微かに笑い、メアリーらしく余裕ある態度で問いかけた。



クロードはますます落ち込んだようにため息をついて、ゆっくりと首を振った。




「それ以前だよ〜…。この国の王がさぁ〜間男を紹介してねぇ。あの子、騙されているんだ。何かとあの間男が現れて、僕と彼女の逢瀬を邪魔するんだよぉ。これじゃあ、いつまで経ってもぉ、あの子と愛を誓えな〜い」



はぁーと、またため息。



どうやら聖女の方はクロードの言う間男、王が紹介すると言えば王子だろうが、その何番目の王子かに彼女が夢中になっているのだろう。



聞いた話では、聖女は王に召喚されたと。



王宮に居れば必ず王子と出会う。そのまま恋に落ちるのも不思議ではない。昔も今も、あの二人は結ばれる運命なのだ。



「それは残念ね。こっちとしては、ありがたい話だわ。それ、マクシ…いえ、クロード。あなたは私の前に現れて、何をするの?」



彼が登場して、わかった。



オリバーの腕を凍らせたのは、彼だったのだ。


時を操る魔法は、何種類とあり、その中で、彼は自分が体験した事を現実にできる魔法を覚えていた。



過去に氷魔法を何処かで体験していれば、それを現実に再現し、使えるわけだ。




「君をさー、探りに来たんだぁ。このままジュリアスに連行されるのは、こちらが不利になるからね。君にはこの領地で、このまま人間としていてくれたほうが助かるんだぁ」



(ほぅ…なるほどね!私が宮廷に参上となると都合が悪いのか。王子と恋愛中で、まだ聖女は力を持ってない。そんな彼女の前に私が出てくるのは、厄介なのね)



「そうなの。それは、私にも都合がいいわ。今の私は誰とも争う気はないから。このまま連行されるかと、ヒヤヒヤした」



クロードの申し入れはありがたかった。


ミルディアも王宮に行きたくはない。行けばあの聖女の一団に会ってしまうから。



向こうもミルディアの存在に気付くかもしれなかった。



「それは良かったぁ!なら〜、君が犯人となる前の時間までぇ、遡ろうかぁ〜。オリバーが君を見つける前に、ねぇ」



淀んだ目を細め、にこりと笑うと、クロードが魔法の杖を出して、ゆっくりと空中に弧を描いた。



途端、そこに魔法陣が浮かび上がり、光が周りを包みミルディアの視界も奪った。



「きゃあああああ!!」


刹那、足元の床がなくなり、ミルディアの部分だけ、光の中に吸い込まれていった。



クロードの時空移動。



彼の指定した時間まで戻れるが、慣れない魔法移動にグッと胃の中のモノが逆流してくる。



「うっ…」



必死に吐き気を抑えると、目の前の光景が変わり、聖堂の裏手の草むらに立っていた。



「ふっ…!?ぐぅ…、おぇぇーーっ」



しかし、ミルディアは堪えきれず、その場で膝をつき、草むらの上に嘔吐した。



朝食で食べたモノが酸っぱい匂いと共に鼻を刺激し、思わず顔をそむけ、そこから少し離れた。


「はぁ…はぁ…ひ、ひどいわ、これは…。船に乗った後の気分」




船酔いと同じような感覚。時空移動はそれよりひどく、体の五感が刺激され、頭を激しく揺さぶられる感覚を味わった。



「うっ… こんなの、よくやるわよ」



クロードの魔法はある意味、彼女にとって脅威だった。



「はぁ〜…。とりあえずは時間は戻ったのよね。早い所立ち去らなきゃ…!」



ここにいてはまた、オリバーに見つかり誤解されてしまう。


ミルディアは慌てて立ち上がり、草むらから出て、聖堂の表へと急いで走った。



ある程度離れて、難民たちに気づかれないように聖堂から離れる。



「はぁ…本当、偉い目にあったわ。…ん?あれ?手に、何か持って…」



だが、そこで彼女は自分の手に何かを握りしめていることに気づく。



確か、あのとき、この草むらに移動したのは、マクシミリアンに渡す呪い袋を予備のモノに換えようとするためだった。



「あ!これ…!すっかり忘れていた!」



オリバーの事があり、呪い袋の事など忘れていた。



「どうしよう…!マクシミリアンに渡すにしても、あれはクロードなんだ!渡したとしても、彼には効かないわよ」



マクシミリアンが化けたクロードだと知ってしまった今、ミルディアの呪いなど彼に効くはずがない。



それにそもそも何故彼は、マクシミリアンに変装していたのか…?



詳しく聞く前に時空移動してしまった。



「本人に…確かめるのか?」



でも、この時空のクロードはまだマクシミリアンとして振る舞っているのだ。ミルディアが自分の正体を知ったとなれば、彼はどう出てくるかわからない。



「でも、奴本人がここに飛ばしたのよ?彼なら、自分の過去も未来も関係ないのかも…」



それならば、厄介な相手であるクロードに警戒されることはないだろう。  

 


「とりあえず、奴を捜すか」



考えてもらちがあかない。ミルディアは彼の魔法をよく知らないのだから。



セシアが戻ってくる前に、クロードと話をつけようとミルディアは彼を捜した。











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