第9話 魔法覚醒の疑い
聞こえたのは、自分を呼ぶ声。
目を開けてみれば、緑色の瞳がこちらを捉える。
キラキラと光輝く髪の毛と、こちらを覗く誰か。
「大丈夫ですかっ?」
ようやく耳に聞こえてきたその声は、マクシミリアンの声だった。
何が起きたか分からない。
全身汗びっしょりで、喉が渇き、目の前がチカチカした。
「私…何が、あったんですか?」
ミルディアが身体を起こすと、「大丈夫?」と慌てたようにマクシミリアンが体を支える。
ゆっくりとそのまま上体を起こし、周りの風景が変わっていない事に気づく。
地面に敷かれた草の感触を肌で感じ、ふと、マクシミリアンの後ろに、剣に手をかけて冷たく睨むオリバーの姿があった。
(…げっ!私、二人の前で気絶した!?)
そこでようやく気づいた。記憶が飛んでいる事に。
この状況、それしか考えられなかった。
「で…?この怪しい女が、あのサリオン伯爵家の庭師の娘だと?」
オリバーが鋭い視線を向けて、冷たく問いかけた。
今にも斬りかかりそうな殺意を感じた。チャキン、と鞘から抜く音がして、顔から血の気が引く。
「やめて下さいオリバー様!彼女は怪しい者ではありません。セシアとアリシア嬢と親しい仲だと聞きます!」
「伯爵令息と親しい?妹君とならわかるが…おい、お前。何故こんなところにいた?草むらに身を隠して…何をしていた?」
スーと、彼の灰色の目が細められる。
剣を抜いて、止めるマクシミリアンを無視し、ミルディアの首に剣先を突きつけた。
「どうなんだ?庭師の娘だとしても、こんなところで隠れて人の話を聞いているとは…。見るからに怪しい!」
「駄目です!やめて下さい!」
顔色を変えたマクシミリアンが立ち上がって、オリバーのその腕を掴んだ。
「なっ…?放せ!伯爵家の者だからと、この女が間者ではないと言い切れない!」
邪魔をされた事で余計に頭に血が上ったのか、オリバーは怒りに目を吊り上げて怒鳴りつけた。
「いいえ!離しませんっ!このような場所で剣を抜いてはいけません!難民の方々に見られてもいいのですか!?」
マクシミリアンも必死に彼を止めようと声を荒げ、逆に脅しに出た。
ここは聖堂の裏手。
難民はもちろん、聖堂の聖職者の方も、手伝いに来ているセシアやその領地の者もいる。
人が近くにいる事を考えれば、こんな行動を起こさないはずだ。
いつもと違うマクシミリアンの剣幕にオリバーは一瞬たじろいだ。しかし、すぐにハッとしたように、今度はマクシミリアンに剣先を向けた。
「放せなければ…お前も仲間と見て、その首、切り落とすぞ?」
国王陛下を守る騎士の行動とは思えない。
貴族の息子にまで剣を向けて脅すなど、オリバーの行為は懲罰ものだ。
「や、やめて下さい騎士様っ!マクシミリアン様は男爵家の、仲間の弟君ですよ!」
ミルディアも見ていられなくなって叫んだ。
(自分のせいでマクシミリアンに何かあったら…!)
ミルディアの悲鳴に似た叫び声に、突然、その場にヒヤリとした冷気が流れた。
「なっ…!お、俺の剣がっ!?」
続けて、オリバーの叫ぶ声。
マクシミリアンに向けていた彼の剣。その剣が先から徐々に凍っていく。
「これは…!」
マクシミリアンが厳しい表情を向ける。
ミルディアはその現象に固まり、驚愕した。
「うっ…!」
すると、剣を握りしめるオリバーの手までそれが伸びていき、彼は咄嗟に剣から手を離した。
パキーン!!
凍った剣は地面に落ちて、粉々に砕け散った。
氷の魔法。呪文を唱える事なく念じるか、指先を鳴らすかで攻撃をしていた大魔女メアリー。
ミルディアは地面に砕けた剣を愕然と見つめたが、再び冷気を感じてハッとした。
「くっ、なんだこれは!腕が…俺の、腕までもっ!」
魔法は止まっていない。今度はオリバーの右腕を襲っている。
「お、オリバー様!今すぐ聖堂に行きましょう!司祭様に見せなくては…っ」
手遅れになる、と青ざめたマクシミリアンが叫んだ瞬間。
パキン!と右腕全体が凍りついた。
「グゥゥ…痛いっ。冷たい、寒い!」
オリバーが真っ青な顔で、悲痛な声を上げた。
その様子に、ミルディアは慌てて自分の手を見つめた。
(今のは私が!?でも、そんな力出してない!魔法だって、今まで使ったことなんてなかった!思うだけで…メアリーは、前世の私は…っ)
急に身体が震え、ガチガチと歯が鳴る。
目に見えない恐怖を感じて震えた。
「ミルディアさん!手伝って!」
だが、マクシミリアンの叫ぶ声がして、ミルディアは我に返って顔を上げた。
切羽詰まった顔をしてこちらを見つめるマクシミリアンと、凍った右腕の痛みに脂汗をかいて痛みに耐えているオリバー。
事は一刻を争う状態。
凍ったオリバーの腕を治すには、炎系の魔法で対応するか、湯や火につけて溶かすかだ。
でも、あれは見たところすでに凍傷している。溶かしても腕は前のようには動かず、剣を握れないだろう。
「ミルディアさん!早く!」
マクシミリアンが再び叫んだ。
彼はオリバーを支えて、聖堂の表に連れて行こうとしていた。
「あ、はいっ!行きます!」
ミルディアは大きな声で答え立ち上がると、頭を振り、気持ちを切り替え、彼等の元に駆け寄った。
今は魔法のことではなく、こちらが優先だ。
凍りついた彼の腕は痛々しいものだった。
これが本当にミルディアが無意識でしたことなら、その魔力が隠し切れない程大きくなっているということ。
やはり、彼女は考えなければならない。
己の身に宿した強大な魔力を、発散する以外に今後どうするべきか、と。
そう、オリバーのことよりも、また自分の事を考えてしまうミルディアだった。
◇◇◇◇◇
疑われたのはやはりと言うべきか。
あの場にいたのは、ミルディアとマクシミリアンだけ。
そしてその二人のどちらかといえば、同然、ミルディアの方が怪しかった。
お湯に凍りついた腕をつけて、近衛騎士の中で炎系の魔法が使える騎士を呼んでは魔法で温める。
「これは本当に危なかったです。それで誰にされたのですか?」
呼ばれた騎士は二十歳くらいの青年だ。喧騒変えたように現れた彼は、オリバーに炎魔法を使いながら誰に攻撃をされたのかを尋ねた。
「…それが、わからないのです。突然、オリバー様の腕が凍り、あっという間にこうなっていたんです」
一緒いたマクシミリアンがしょげた顔でそう告げた。
「違うだろ!明らかに、あの場にいたこの女が怪しい!この女は、伯爵に雇われた庭師の娘らしいが、私達の話を盗み聞きしていたんだ。絶対、これはこの女の仕業だ!」
だが、オリバー本人は腕を凍らせられて、ミルディアに向ける疑心感がより一層深まったようだ。
いや、それよりかこれはもう、彼女が犯人だと決めてかかっている様子だ。
ミルディアを憎しみのこもった目つきで睨みつけた。
「…そんな、私は違います!」
しかし、ミルディアははっきり否定した。
(これは、考えたが、自分のせいではない!)
確かに氷魔法を使える。でもそれは前世のメアリーの場合であり、今の彼女は無闇に人に危害を加えるような事をしない。魔法など、人に使ったことがなかった。
そう考えてみれば、あのとき、ミルディアは自分の魔力を使ったという感じはしなかった。ただ、目の前で凍っていく彼を茫然と見つめていただけだ。
「でたらめな…っ!非を認めろ!貴様しかいないだろ!」
治療途中にも関わらず椅子を蹴って立ち上がり、オリバーは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ちょっ…立ち上がらないで下さい!危ないですよ!」
炎魔法を使っている団員が慌てて止めに入る。
今にも怒りに殴りかかってきそうな勢いに、ミルディアは息を飲んだ。
「……そうですね。怒るのも無理はありませんね」
そのときだった。
治療室に、司祭に挨拶をしていたはずのセシアが姿を現した。
「セシア様!」
ミルディアがホッとして駆け寄ろうとしたが、彼はそれを手で制し、首を振った。
「近づくなミルディア。私が来たからと、騒ぐのもやめてくれ」
厳しい顔で睨み、彼女を邪険にした。
近づこうとした彼女は顔を引きつらせ、足を止めた。
「君は発見者だが容疑者でもある。それと……オリバー様。ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんでした。私は、サリオン伯爵家次男、セシアと申します」
セシアはミルディアに厳しくした後、すぐにオリバーの前に行き、腰を折って自己紹介をした。
「挨拶は結構。それより、あなたの所の庭師の娘なんだが、その女は怪しい!私達の会話を盗み聞きした挙句、氷魔法を使い私の腕をこの通り負傷させた!今すぐ容疑者として捕らえるべきだ」
ミルディアがやったのだと、彼は怒りで周りが見えていない。セシアは困ったように首を傾げた。
「その事なのですが…この娘は十数年間、我が家のために尽くしてきました。それは父親の跡を継ぎ、立派な庭師になるためとのこと。その際に一度も仕事をさぼったこともなければ休んだ事もない。庭の手入れだけに死力を注ぎ、真面目に行ってきた者であります。そのような者が、今更、我が伯爵家を裏切り間者に走ったとは思えません」
セシアは、伯爵家に仕えてきた彼女の弁解をした。
これは使用人達の受け売りだろうが、周りはミルディアをよく見ていていた。
セシアがこの場でこの話をしたのは、彼女は仕事熱心な人で伯爵家を裏切るよう愚かな者ではないのだと、オリバーにわかってもらいたかったからだ。
「…失礼いたします!副団長!遅れて申し訳ありませんでした!ジュリアス、只今参りました!」
そこに突然、扉が勢いよく開き、外からジュリアスが現れた。
元気のいい挨拶と敬礼をする。
「ジュリアスか…!いい所に来たな」
ジュリアスが現れて自分の味方が増えたことに、オリバーは顔を輝かせた。
「はい!失礼します。…それで、オリバー様。一体何があったのですか? 」
オリバーのところに向かって、彼は痛そうな顔をした。
魔法と湯で氷は半分以上は溶けているが、まだ完全ではない。
「それが…この女が…!」
すると、オリバーがギロッとまたミルディアを睨み、憎らしげに舌打ちした。
「ああ、いいところにジュリアスさん。副団長は、氷魔法で腕を負傷しました。なんとかここまでしたのですが…やはり、治癒魔法を使わなければなりません」
「おい、テルト。ちゃんと集中しろ!それに誰が治癒魔法なんて使える!?団にはいないだろ!」
横で自分のことを喋る団員、テルトに苛ついたオリバーが怒鳴るように言うと、困ったようにテルトは彼に顔を向けた。
「ちょっ、僕に八つ当たりしないでくださいよ!ねぇ、ジュリアスさんもいることだし、この際王宮に戻って、治してもらった方がいいですよ!」
城、つまり宮廷に戻れば、治癒魔法を使える者もいるのだろう。それか、あの偉大な聖女にでも頼み、彼女の魔法でこの腕を完全に治してもらえばいい。
「そうだな。氷を溶かしても…副団長。ここはテルトの言う通り、戻られてはどうでしょうか?今は犯人逮捕ではなく、ご自身の腕を一刻も早く治す方が最善だと思います」
ジュリアスもその腕の状態を見て、即座に意見した。
「だが、それでは私のこの腹の虫が収まらない!この女を一刻も捕まえなければ安心できん!」
しかし、オリバーはそれでもミルディアを捕まえる事しか頭になかった。
自分の腕より犯人逮捕が優先とは、相当怒らせ、憎まれたようだ。
ミルディアは小さく悲鳴を上げて、彼のその激しくぶつける怒りに怯えた。
ジュリアスはそんな彼にため息をつき、ミルディアに冷たい視線を向けた。
「おい、そこの女。副団長はお前を捕まえなければ安心して腕も治せないと言われている!こうなったら仕方ない。お前を連行する!」
「…は?えっ?」
(嘘だろ!?なんでそうなるの!)
ミルディアがやったという証拠は出てない。
確かに魔法を使ってしまったのかと思い怯えたが、それは違うと分かった。
前世のように、魔法を使ったという感じがなかったのだから。
「待って下さい兄さん!それはあまりにも横暴です!彼女が魔法を使えるなんて聞いたことがない!」
すると、マクシミリアンが慌てた様子で止めに入った。
自分の兄のやり方に反対すると、ジュリアスは弟を睨んだ。
「お前は黙っていろ。騎士団の問題だ。お前に権限はない」
冷たく吐き捨てるように告げたが、そこには弟に対しても警戒しているような物言いだった。
マクシミリアンは息を飲んで、黙りこんだ。
その顔は蒼白で、体が微かに震えていた。
それを見て鼻を鳴らし、ジュリアスは冷たい目を向けたままミルディアに迫った。
「さぁ、女。お前を連行する」
「わ、私は違います!お願いです!信じてください!」
(このままでは、本当に彼らに捕まってしまう!)
ミルディアは悲痛な叫び声を上げて、目前に迫り来るジュリアスに訴えた。
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