第8話 近衛騎士団の調査
誰にも見つからないように、聖堂の裏の少し離れた路地裏に来ていた二人。
人気のないその場所で、隠れたように話し合う男女を見て、彼はどう思っただろうか…?
ミルディアは青ざめたまま固まる。
セシアは、大通りから現れた白い制服の男を見て、にこりと笑い近づいた。
「…ああ、すみません。私はこの領地の伯爵家の者です。騎士団の方ですか?」
セシアが友好的に会話をしようと、白い制服男の言葉に答えて質問をする。
(金の獅子が刺繍された、あの白い制服…近衛騎士団のだ!でも、あの顔…マクシミリアン様に似ている?)
ミルディアは現れた制服男を探っていた。
マクシミリアンと同じ顔立ちに金髪。だが、その目は冷たく険しい表情をしている。
「そうだが、あなた達はここで…っ!?あなたは…!」
微かな怪しい光を湛え、訝しげに二人の方へとゆっくりと歩いた制服の彼は、セシアの顔を見て驚いた。
「ええ、そうです。私です、ジュリアスさん。お久しぶりでございます。この領地の息子、セシア=フェイン=サリオンです」
セシアが自身の名を語ると、ジュリアスの顔つきが穏やかになった。
「これは、申し訳ありません!伯爵令息だと気づかず、とんだ無礼を働きました」
慌てたように警戒を解いて、彼が頭を下げて謝る。
ジュリアスの態度が変わってミルディアは驚いたが、セシアにとっては慣れた行為だ。
「いえ、ジュリアスさん。昔からのよしみですからそう堅くならないでください。ああ、それでこっちは父が雇っている庭師の娘です。ほら…君。ジュリアスさんに挨拶を」
少し離れているミルディアに振り返って、セシアがよそ行きの顔で紹介する。
主人の伯爵家に雇われた身として、ミルディアは内心ドキドキしながら、彼等に近づきぺこりとお辞儀をした。
「初めまして、ジュリアス様。ご紹介にお預かりました庭師の娘、ミルディア=フランと申します」
ミルディアも咄嗟によそ行きの顔をして、ジュリアスに自己紹介をした。
彼はミルディアに冷たい視線を向けて、露骨に顔をしかめた。
「庭師の娘?…領民と、このような場所で二人きりで何をされていたのですか?」
これはセシアに向けた質問だ。
令息らしくない行動だと、厳しい目を向けて言った。
「ああ、彼女は妹の侍女でもありまして、聖堂に帰る途中です。皆さんに配る花を取りに行ったのですが、どうやら手違いがあり、責任者である彼女と話をしていたんです」
「花の話ですか?このようなところでするような話には思いませんが…?まぁ、それよりも、今から聖堂に向かうのでしたら、私もご同行してもよろしいでしょうか?弟はすでに難民の手助けをしていると聞きました。急な事で皆さま不安にしているかと存じます。近々、ご挨拶に伺おうと思っていたのです」
ジュリアスは近衛騎士としてではなく、マクシミリアンの兄として、弟の手伝いをするためにあの聖堂に向かう途中だったようだ。
だが、ミルディアは彼は嘘をついているように見えた。
近衛騎士として、あの難民のいる聖堂に用があるのではないか、と。
(このタイミングで現れるなんて…絶対、魔物関係だよね。一昨日起きた森での事もきっと感知していたに違いない。でも、あれは私があの場で元いる場所に戻したからなぁ。それで調べにこの町に来たのかも…!)
国王陛下の命令で近衛騎士団は人の出入りを封鎖した隣りのコンコリ町にいる。
そこからなら、ジュリアスだけじゃなく他の感知者でも気づく。
森に魔物が出れば、その魔物の魔力を感知して、すぐに魔物討伐に向かったはずだ。
でも、先にミルディアがあの魔物に遭遇してしまい、元いる場所に送ってしまった。
魔物の気配を感知したのに、肝心の魔物が居なければ不審に思うだろう。また、その魔物の現れた場所から黒魔法、闇魔法が使われた気配がすれば、より一層に警戒して、周りに魔法が使える術師がいるのかと調査に出るはずだ。
「それは助かります!歓迎されますよ、ジュリアスさん!あ…ですが、良いのでしょうか?コンコリ町での仕事は忙しいと聞きました」
すると、セシアがジュリアスの申し出に歓迎の意を表したが、すぐにハッとしたように顔を強張らせ、心配そうに尋ねた。
彼は彼で、ミルディアが二日と連続に魔力を使っていると知っている。
感知者のジュリアスが現れたのは、それが原因ではないかと、セシアも疑っているのかもしれない。
それを探るために出たセシアの質問に、ジュリアスは驚いた様子で目を見張り、微かに眉を寄せた。
「それはまぁ、忙しいと言えば忙しいですね。何せ魔物が現れたんですから。そのためその周りを隈なく調査している所です。しかし、私は今日はお休みを頂いてきましたので、心配には及びません。それに騎士団の者は優秀な者ばかり集まっているので」
少し言いにくそうに口を濁して答えたが、彼は最後には近衛騎士団を誇りに、自慢げにそう告げた。
「ああ、そうですか。それなら心配いりませんね。ジュリアスさんが来てくれれば頼もしいです。マクシミリアンもきっと喜ぶでしょう」
弟の良き兄として来る気なら、そのように振る舞うだけだ。
セシアがにこやかに告げた途端、ジュリアスは顔に出さないようにホッと息をついた。
ミルディアはそれを見逃さなかった。
「それでは、えーと、私が案内しましょう」
ミルディアが案内役にかって出た。
こういうのは騎士の仕事だろうが、今は客人となる。ミルディアの申し出に、セシアが頷いた。
「では、よろしくお願いします」
ジュリアスがセシアに会釈した。
セシアは微かに笑って頷くと、ミルディアに近づいて、
「(とりあえずジュリアスさんを送るぞ。話はそのあとだ)」
すれ違いざま、小さく囁いた。
ミルディアは頷いて二人の前に出ると、二人を聖堂に案内した。
聖堂の前に来ると、難民がそれぞれ時間を持て余していた。
ジュリアスを連れたセシアが戻った姿を見た老夫婦がセシアに近付き挨拶を交わした。他にも子供連れの夫婦や、若い女性が集まってきている。
その人気にジュリアスは驚いた様子だ。ミルディアは彼の本性を知っているためなんとも言えない複雑な気分でそれを見ていた。
「皆さんすいません。通してください。話は後でお願いします。先にお客人を案内しますから」
なかなか聖堂に入れない事で、少し困ったようにセシアが言うと、すぐに彼らは邪魔した事を謝り、少し離れる。
道が開くと彼等は聖堂の中へと入っていった。司祭に挨拶がてら、ジュリアスを紹介するのだろう。
ミルディアは外で待つように言われた。
何もする事がなく、入り口近くで待っていると、先ほどセシアに近づいていた若い女性達の会話が聞こえてきた。
「あ〜…また、お話しできなかった」
ミルディアと同じ歳くらいの女性達だ。クルクル髪を綺麗にまとめて三つ編みにした少女が、残念そうに隣の年上のお淑やかな雰囲気の女性に告げる。
「仕方ないわ。お客人を連れていたし、忙しい人だからね。まぁ、出てきたら話しかけてみればいいわよ。伯爵令息は優しい方だもの。話を聞いてくれるわ」
「はぁ…そうだよね。今度こそこれを渡すわ」
彼女がそう言って、自分の手元に視線を向けた。
ミルディアも横からチラッと彼女の手元を見た。そこには青の袋にラッピングされたクッキーが入っていた。
(うわー…あれ、手作りだよね。セシア様ったら、隅に置けないなぁ)
マクシミリアンに負けて劣らず、セシアの容姿も整っていた。冷たい印象だが女性受けは良かった。
「そうよ!頑張って今度こそ渡しなさい。セシア様からきっと喜んで受け取ってくださるわ」
勇気付けるように励ましの言葉を告げて、お淑やかな女性が三つ編みの少女の背を叩いた。
その励ましに少女は明るい顔を取り戻し、二人仲良く戻っていった。
「姉妹かなぁ…。町から追い出されたのに、元気があるな。あ…そうだ」
ふと、ミルディアは二人を待っている間に、マクシミリアンに渡そうとしていた袋を、予備の袋に入れ替えようと思った。
魔力を使ってはジュリアスに見つかってしまうが、袋を変えるだけなら大丈夫。
早速、誰かに見られないように裏手に回り、奥の日陰になった草むらに向かう。
周りに人がいない事を確認し、プレゼント用にした呪い袋を取り出す。予備は青にマリーゴールドの花がついた袋だ。それを取り出して、中身を入れ替えた。
「さて、そろそろ戻って…」
草むらから顔を出して、ミルディアはハッとした。
彼女が来た方向とは逆の方から、一人の男性が歩いてくる。
よく見ると、あのジュリアスと同じ白い制服を着ている。
(嘘…!あれ、近衛騎士だよね!?なんでこんな所に?ジュリアスだけじゃなかったの!?)
近衛騎士の男がゆっくりとミルディアのいる草むらに近づいてくる。
その顔には身に覚えがあった。一昨日、コンコリ町の町長に剣を突きつけて脅していた副団長オリバー=ハーレツイン。
侯爵家嫡男であるがため、彼は王族の第二王子と親戚同士だと聞く。一つしか歳が違わない事で、幼い時から彼は王子と一緒にいたそうだ。
(なんで副団長が来るのよ!やっぱり、あれを調べに来たんだわ!)
ジュリアスは難民の手助けをしに来たと言ったが、副団長のオリバーが姿を見せた時点で、彼も仕事で、ここに調査に来たことになる。
「それにしてもなかなか見つからないな。難民の中に、魔法使いか魔女がいると言っていたが…」
誰もいないと思って、オリバーがぶつぶつと重大な事を口にして、ミルディアは息を飲んだ。
「…ん?」
そのとき、少し草に触れてしまい、かさりと音がした。ハッと慌てて顔を引っ込める。
「今、何か音がしたような…」
オリバーの地面を踏む音がこちらに近づいてきた。
(やばい!見つかったら、何もかもおしまいだ!)
ミルディアの手元には呪い袋がある。
身体検査をされたら一発で終わりだ。
彼女は息を殺し、ただじっと彼が離れるのを待った。だが、オリバーは離れることなく草むらの前で、止まった。
(ダメ…!もう、見つかる…っ)
ギュッと目を閉じ、天に向かって祈ろうとしたときだ。
「そこで、何をしているんですか?」
ミルディアが来た方向の聖堂の表から、誰かの声が響いた。
オリバーがさっと後ろを振り向く気配がした。
「…ジュリアスの、弟か」
オリバーが小さな舌打ちと共に呟いた。
ミルディアはハッとして、草むらから少し顔を覗かせる。そちらに顔を向けた。
タイミング良く表から現れたのは、マクシミリアンだった。
「白い制服?…近衛騎士団の方ですか?」
マクシミリアンは近づいて、オリバーの制服姿に驚いた表情を見せる。
「あ、ああそうだ。君は確か、ジュリアスの弟だったな」
オリバーがわざとらしく明るい声で尋ねると、マクシミリアンはハッと敬礼し、緊張した様子で頷いた。
「そうです!ジュリアスは私の兄で…あ、もしかしてあなたは、ハーレツイン侯爵家のオリバー様では!?」
名乗りあげた彼はオリバーの姿に目を輝かせ、距離を一気に縮めた。
「あー…そうだ。俺…私はオリバー=ハーレツインと申す。それで君は、マクシミリアンだったね。ジュリアスはどうしたんだ?話をしたのか?」
マクシミリアンの態度に若干引き気味で、オリバーは兄ジュリアスのことを持ち出した。
でも、マクシミリアンはまだ知らない。
不思議そうに首を傾げ、「兄がどうしたんですか?」と尋ねる。
「まだ会っていないのか?ジュリアスも、ここに来ているぞ。仕事でコリコンにいるのは知っているだろう?そのついでとなんだが、ここに流れ込んだ住民の援助に、ジュリアスが申し立ててね。弟がいるからと、ここに来たわけだ」
「え…?兄も、難民の方に?ですが、大丈夫でしょうか…?」
軽く目を見張ったマクシミリアンは、すぐに深刻そうな顔をして訝しげに告げた。
ミルディアはマクシミリアンの言葉に、草むらの中で頷いていた。
(そうだよなー。コリコンの住民を追いやったのは、こいつらだもん。手助けに来たなんて言われたら、きっと反感買うわよ!)
「ああ、それなら心配は要らない。町長からすでに話は通してある。彼らの為に、食料や服、最低限の必需品を持ってきているんだ」
(なにっ?物でツルわけ!?)
「必需品を、ですか…。それなら皆さん喜ばれますね。あ、兄は今どこに?」
一瞬沈黙した後、マクシミリアンはにこりと笑って、すぐさまジュリアスの居場所を訊いた。
「ジュリアスは私も知らないな。先に行っているはずなんだが、私はこの通り。ここはあまり立ち寄らないから、魔物の事もあり、近辺を回っていたんだ」
咄嗟に思いついたのか、オリバーは自分がこの場にいたその理由を聞いてもいないマクシミリアンに話した。
マクシミリアンは微かに眉を寄せたが、それには何も言わず、もう一つ、ジュリアスについての質問をした。
「そうなんですか、大変ですね。ああ、それで兄なんですが、最近現れた魔物の感知をしたと聞きました。こちらの領地にいらしたのも、兄の感知能力が当たったのですか?生憎
、私にはなくて…」
「それは…実は、ジュリアスだけではないんだ。コンコリを封鎖したのも、新しく選ばれた聖女様の予言なんだ。君も、魔王が復活したという噂を知っているだろ?魔物がここまで来ているその元凶でもある」
「それはもちろん聞き及んでおります。ですが、聖女様の予言とは…初耳です。首都にいる方、特に上流貴族の方々はあまり危機感がなく、聖女様の加護を受けているためか、魔物が現れず…。討伐しているのは、聖騎士ではなくあなた方の役目だとも…」
マクシミリアンが顔を曇らせて小さく呟いた。その言葉に出る聖女や聖騎士の話に、ミルディアは顔を強張らせた。
(聖女は、存在しているのね…!セシア様が言っていたが半信半疑だった。それに聖騎士までもいるなんて…!でも奴等はまだお父様…魔王がどこにいるか知らない)
「ジュリアスの弟だけはある。よく勉強しているな。そうだな…聖騎士はまだ、半分見つけていないと聞く。百年前…もっと前だったか。魔王が復活して奪った領地の、その場所を知っているか?」
「奪った…?確か、現ゲンリー国と親交があった、北国のブラット王国ですよね?その王国には呪いの魔女がいると言われている」
マクシミリアンが首を傾げうろ覚えに答えた、その瞬間。
−−−−−ドックン!
一際大きく心臓が鳴り、ガンガンと激しい頭痛に襲われた。
(呪いの…くっ!メアリーのことだわ!ああっ、ダメ!頭が、割れるように痛いっ!)
メアリーの話は止めて欲しい。ミルディアは頭を抱え、その場に蹲った。
頭を殴られたような、その痛みの延長戦。
頭痛は彼女の思考を麻痺させ、聴力を衰える。
マクシミリアンとオリバーの話声が、聞こえない。
「で…北の……魔女の側近。元は暗殺者で闇魔術の……は、裏切り者……も、王子にね。だから、あの……が現れて、今は魔女から………聖女の護衛をしている」
痛みと耳鳴りに、何箇所か聞き取れなかった。
だが、ミルディアははっきりと、彼等が前世の自分の話を、魔王の娘の話をしているのだけは理解できた。
(魔女…側近、裏切りと言えば、ただ一人。アイツの事に繋がる)
二人はメアリーの側にいた、あのルーカスの事も話題にしていた。
彼等がどこまで知っているのか気になったけれど、頭痛や耳鳴りが激しく、それどころではなかった。
(うっ…!ホント、止めて…欲しいっ)
悲鳴を上げそうになり、痛みに涙が浮かんだ。
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