第7話 見つかってしまった

チラつく笑みと笑い。そして、月のように光る金目が猫のように細くなり、うっとりと恍惚とした表情を見せた。




『メアリー。相変わらず君のは綺麗だな』



氷魔法。人を凍らせ、その凍った騎士の姿に彼が言った。



メアリーは無表情だった。



億劫そうに髪を払い、興味ないそれから視線を逸らして背を向けた。




『邪魔よ、ルーカス。あなたも、凍る?』



背後にいつの間にか立ち、進行を妨げた彼に冷たい視線を向けた。



ルーカスはさらに猫のように目を細めて、メアリーの顔に自身の顔を近づけ、笑った。


『いいねぇ、それも。僕にはご褒美だ。ふふ…どうしたの?メアリー』




メアリーは露骨に顔をしかめていた。



気味の悪い、ただの冗談だとメアリーはそのとき思った。



『…あなたは、いつも冗談ばかりね』



そう呆れたように呟いて、ルーカスの横に移動し、離れて行く。




『…あ、メアリー。僕は本気…って、あれ、まだこいつ生きてるじゃん』



不意に聞こえた不愉快そうな声。



急に温度が下がって、ハッと後ろを振り向いた瞬間、パリーン!と氷の砕けた音がした。



『ルーカスっ!』



目を剥き、青ざめたメアリーが慌てて彼に駆け戻る。



だが、凍らされた騎士の氷は地面に無残に砕け散り、バラバラになっていた。



『悪い、手が滑った』



ヒラヒラと手を動かし、右足を引っ込める。



今のは、右足で蹴り飛ばしたように見えた。




『…何も、命を奪わなくても…』



バラバラに砕けた氷を見つめ、痛みを堪えた歪んだ顔で呟く。



すると、フッと目の前にルーカスが現れ、メアリーはびくりとした。



無表情に見る金目が輝きを失い、ポッカリと開いた穴のような暗い目で、こちらを見下ろしていた。



何とも言えない圧を感じる。



いつもと違うルーカスに言い知れぬ恐怖を感じ動けずにいると、グッと肩を掴まれた。



『メアリー、君は優し過ぎだ。もっと敵に容赦を…残酷にならなければ、いつか、殺されてしまうよ?』



そう冷たく囁き、掴む手に力を込めた。



その強さにギシと骨の軋むような音がして、痛みを感じた。




『ルー…っ!?痛いわ。離して』



そうも強くされたら、骨が折れる。



顔をしかめて離れようとすると、ルーカスが突然、自分の方に引き寄せ抱きしめた。



ギュッと、突然の抱擁に、息が詰まる。



『僕を…これ以上、刺激しないで』


それは先ほどと打って代わって弱々しく、消え入りそうな声だった。



抱き締める腕も、胸も、メアリーをすっぽり包むくらい大きく立派だが、その身体は微かに震えていた。



それはまるで小さな子供が親にすがりついている感じだった。



『ルーカス?どうしたの?』



震えは止まらず、抱き締める力も弱まらない。



ただ、彼女の肩に埋めた顔を、埋めたそれをすりすりと擦り付けた。



やはり、子供のそれだ。



大きな甘えん坊だと、メアリーはため息をついて、その背を優しくポンポンと叩いた。



『ルーカス…私は、死なないよ。何を怖がっているのかわからないけど、私達は大丈夫よ』



根拠はない。ただそう思って言った。



まさかその後、あんな仕打ちを受けるとは思わなかったが、メアリーの言葉に、このときのルーカスは微かに安堵したように笑った気がした。








◇◇◇◇◇




キラキラと光の当たり具合で輝いて見える、ラピスラズリの宝石のような眼。



くらりと、目眩がした。



誰かを思い出させるその珍しい瞳が、猫のように細め、冷たく見下ろし、無表情にミルディアを見つめている。



「ご、ごめんなさい!本当に、すみませんでしたぁ!」



その視線を一身に受けて、カタカタ震え謝るのはミルディアだ。


マリーゴールドの刺繍入りの、小さな緑色の袋。


微かに匂いのあるそれは、透明の袋に入っており、口にリボンがついていた。



「…マクシミリアンの前で、落としただと?」


ぎろり、と彼が睨む。


ミルディアは竦み上がり、頭を下げて何度も謝った。




……それは、今から一時間程前の出来事だ。




呪い袋を完成させて、約束通りセシアと会い、彼とともにマクシミリアンのいる町の聖堂に向かった。



聖堂には難民が住み込み、ボランティアで来た領民が忙しく昼食の準備をしていた。



「マクシミリアン様なら、先ほど薪を取りに森に出かけましたよ」



聖堂のシスターの教えてくれた通り、ミルディアはマクシミリアンのいる森に向かう。



このとき、セシアとは別れていた。彼は彼で難民の相手をしなければならない。



ミルディアは魔物の件もあり、森に行くのは危険だと感じていた。



「森なんて…また出たら、やばいよね」



いっそのこと、結界でも張る?



しかし、そうすれば、間違いなく近衛騎士団に見つかる。



「結界が無理なら、魔物が嫌う魔除けを作ってみるか」



呪い袋とは違う、魔物から守る護符。



ミルディアはそんなことを考えながら鬱蒼と生茂る森の中に入り、マクシミリアンを捜しに行った。



難民はこの森に魔物が現れた事を知らない。ミルディアとあの倒れていた男女しか知らない。



そのせいか、暇つぶしに森に来る人がいた。



子供も森の入り口付近で遊んでいた。




「本当に危険よね。やっぱり魔除けが必要だわ」



大人が森で騒ぐのもあれだが、子供が遊ぶのは危険極まりない。



注意しても他人から、それも使用人であるミルディアが言っても、聞き入れてくれないだろう。だが、このことを伯爵家の誰かやマクシミリアンに話すのは避けたい。



何故魔物が出た事を知っているのか聞かれたら、それに応えられないミルディアは疑いをかけられるかも。最悪にも魔物が出たと吹聴したと、周りを悪戯に騒がせたなどと近衛騎士団に引き渡されたら…!



「…口は禍の元。もう、前世のようにはいかない」



魔女だと間違われたらそれこそ、生き延びることは難しいだろう。



「キャハハ!」


「待てーーっ!」



鬼ごっこだろうか、ミルディアの横を子供達が走って行った。


「二人とも待ってよーーっ!」


そこに遅れて一人、男の子が走って行く。



ミルディアはそれを見つめ、温かい気持ちになったが、周りの木や草を見て、ここが森の入り口付近だと思い出す。




「あ、ねぇ…僕!」



最後に走っていた子を呼び止めた。


その男の子が足を止め、不思議そうに顔を見上げた。


「この森に来ている子供は、君達だけ?」


男の子はジロジロとミルディアを見て、


「お姉ちゃんは誰?なんでそんな事を聞くの?」


「え…?あ、ごめんごめん。ちょっと知り合いを捜しに来たの。それで、子供達は君達だけかな?」



男の子は訝しげに彼女を見つめて、首を傾げた。



「さぁ…?僕らは川の向こうの街から来たんだ。ここの人達のことはよく知らないよ?」



やはり、難民の子だ。



地元の子なら、ここで遊ばないはずだ。親が言い切かせている。森は深く、危険な場所だからと。



川の向こうにいたコンコリ町の難民はあまりこちらまで来ないから知らないのだろう。



「そうなんだ。あのね、僕。遊ぶのはいいけど、あまり森深くに行ってはダメだよ。暗くて道が複雑に…迷路みたいになっているから」



「深くまでは行かないよ!親に叱られるし!

でもなんでお姉ちゃんがそんな事を言うの?お姉ちゃん…俺たちに居場所をくれた人達と関わっている人?」



そう言って、またジロジロとミルディアの格好を見て、「この服は、見たことあるな」と呟いていた。



ミルディアはなんと答えればいいか躊躇したが、にこりと笑って「そうなんだよ」と頷いた。



「この森をよく知っているの。だからね、他の子にも言って欲しいんだ。この森深くには行かないで欲しいってね」



「うーん、なんかよくわからないけどわかった。多分他の子も僕と同じく、親に言われていると思うけど、お姉ちゃんが助けてくれている人達の味方ならちゃんと注意しておくよ!」




ニカッと男の子は笑い返事をして、他の子の後を追うように森の中に走り去って行った。



ミルディアは一応注意してくれると言ってくれた男の子を信じることにして、森の中に入って行った。



マクシミリアンはすぐに見つかった。



右手にちらほらと人がいて、そこで倒した木を切り分けて、斧で割っている。



薪にするのに、男の人達が多い。ただ、力仕事のため暑さからか、服を脱いで作業している人もいた。



「マクシミリアン様!」



一緒に薪割りしているマクシミリアンは、いつもと違い上着を脱いで、シャツの襟を開き腕まくりしていた。それから覗く白い肌と額に浮かぶ汗が、髪と同じくキラキラと太陽の光に浴びて輝いていた。




「あれ…?君は確か…」



目の保養だな、と思わず見惚れていると、彼がミルディアに気づき、振り下ろしていた斧を離した。



「あ…すみません、作業の途中に!実はあの、セシア様から聖堂に戻られるようにと、伝えにまいりました」



「え…?彼が?…わかったよ。あ、君達。終わったら悪いけど、薪を持ってきてくれ。僕は先に失礼するよ」




マクシミリアンの言葉に近くにいた町人が口を揃えて「わかりました」と言った。



その様子を遠巻きに見ていた女の人達が残念そうにしていた。



さきほどの彼の姿をもっと見ていたかったのだろう。


(そりゃあそうよね。この見た目にあの性格だもん。女の人が放って置かないわよね〜)


貴族の紳士として立派に成長した彼を、ミルディアは眩しいものを見るように見つめた。



「行こうか。…どうしたの?」



見つめられていると気づいたのか、近づいてきていたマクシミリアンが不思議そうにミルディアを見つめ返した。



「え?いえ、すみません!不躾に見つめて…!それでは行きましょう」



慌てて誤魔化して、ミルディアは近づいた彼に進むように促した。


マクシミリアンは特に気にした様子はなかった。だが、前を行こうとしていた彼が突然立ち止まった。



「あれ…?これはなんだろう?」



そう地面を見ては首を傾げ、腰を折る。



目で追っていたミルディアも首を傾げて下を向いた。



「何かの袋だ」



彼がそう呟いて拾おうとしたそれを見て、ミルディアはギクッ!とした。



「ああっ!それは…!!」



突然、大きな声を上げて駆け出した彼女は、マクシミリアンがそれを拾ったと同時に手を伸ばして、それを横から奪い取った。



「わっ!な、何!?」



「すいません!これは、私の大事な物です!!拾ってくださり、ありがとうございます!」



驚くマクシミリアンから何か言われる前に、ミルディアは自分の物だと主張した。



マクシミリアンはポカンとした。


いきなりの強奪、そして大事な物だと大声で言った彼女に。


(やややばい!見られたっ!どうしよう、どうしよう…!)



ミルディアは内心、焦った。突然のアクシデントに心臓はバクバクして、全身から冷や汗が流れた。



「…はぁ、驚いたな。でも…それ、なくさなくて良かったね」


すると、一呼吸ついたマクシミリアンは、まるで自分の事のようにホッと息をつき、ミルディアに労いの言葉をかけた。



「え…?あ、はい。なくさなくて、良かったです」



その反応が予想外で、何か聞かれるかと身構えていた彼女は拍子抜けした。



彼女がこんなにも過剰に、動揺したのは、それがマクシミリアンにあげるはずの呪い袋だったからだ。



呪い袋は透明な袋に入っていた。口にリボンをつけてプレゼント用にしたのだ。



それを彼に見られてしまった。



これに対して何も聞かれなかったが、作戦前に呪い袋を見られてしまったため、このまま作戦が実行できなくなる。



(ヤバイよ!ばっちり見られたから、このままだと私からあげたことになる!セシア様に伝えないと…!)



実はもう作戦は始まっていた。マクシミリアンを呼びに来たのもそのためだった。



そして、マクシミリアンとともに聖堂にいるセシアの元に向かったミルディアは、セシアにこのことを話して……今に至る。



叱られ睨まれ、罵詈雑言に悪態をつかれたミルディアは、精神的に追い詰められた。



「はぁ…。それで、どうするんだ?見られたと言ったが、少しだけなんだろ?その袋だけ変えれば何とかならないのか?」



怒鳴り散らしたセシアはそれでスッキリしたのか、真っ青に震えて反省しているミルディアにため息まじりに問いかけた。



ミルディアはハッとして伏せていた顔を上げた。



不機嫌だが、もう怒っていない様子の彼にホッと息をついた。


「あ…はい。その、予備は作ってあります。ですが…」



そこで言葉を切り、続きをなんと伝えればいいか迷う。



「なんだ?はっきり言え!」



また苛ついたようにセシアが声を上げると、迷っていたミルディアはびくりと竦み、「すみません!」と謝る。


「そのっ、予備の袋なんですが…!また、私の魔力を入れるわけですが、今日の朝礼でクレイクさんが言ってました!マクシミリアン様の兄君であるジュリアス様が、こちらにいらっしゃると…!」



「なにっ!?俺はそんなの聞いて…!?」



驚いたように叫んだセシアは、すぐにハッとしたように突然口を閉ざし、顔色を変えた。


「セシアさ…」


ミルディアが「様」と呼ぶ前に、彼が素早くミルディアの口を塞ぐ。


「んんっ!?」


「シッ。静かに。そのまま後ろを向くんだ」


驚くミルディアに対し、セシアは緊張した面持ちで耳元で囁く。



ミルディアには何が起きているのかわからなかったが、彼に言われた通りに、ゆっくりと後ろを振り向いた。



「…そこの、二人方?ここで一体、何をしているのですか?」



聖堂の裏から少し離れた路地裏。



その人気のない道と、大通りに向かう道との境に、白い制服を着た男が立っていた。



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