第6話 人の好意も作戦のうち

暫く、互いに見つめ…睨み合う。



その効果からか、セシアが先にふぅとため息をついて、口を開いた。



「…目が離せなくなるか、なるほどな。その答えは気に入った。だが、間違えて失敗させる、バレるのが怖いくせに、俺を脅して安心するのがな…」



「…っ!ええっ、そうですよ!ちゃんと教えてくれないなら、作りません!」



呟きながら、氷のように冷たく睨むセシアに一瞬怯んだが、ミルディアはなぜかムキになって、そう叫んだ。



ここまできて、成功するかもわからない、根拠のない計画に託すのは不安だし、それを除け者にされるはもっと困る。



やめない、中止しないつもりの彼をうまくコントロールしなければ、どのみちこちらも危険となる。



すると、セシアは一瞬ニヤリと笑った。それを知らずに悶々と悩みつつ睨み返すミルディアに、彼はふん!と軽く鼻を鳴らした。



「わかった。そこまで覚悟があるなら、いいだろう。作るのを拒否されたら面倒だし…お前にも知る権利はあるよな」



呪い袋を作るのはミルディアだ。これが証拠になり、セシアが裏切り騎士団に色々とバレたら、捕まるのはミルディアの方になる。



「そうですよ。だから、教えてください。あなたがやるなら、私も、やるまでです」




逃げられないと、あのとき思ったのは、確か。


これも、逃げられないなと悟った。



それならどこまで行けるか、ミルディアは覚悟を決めた。



セシアは微かにため息をついて、ミルディアに真剣な顔を向けた。



「…作戦は簡単。マクシミリアンにはその呪い袋を女から貰った事にすればいい。袋に…そうだな。女が好みそうな匂いをつけたり、手紙をつけてそれらしく印象付けるんだ。俺はそれを代わりに受け取った役だ。お前に気がある女がいるとマクシミリアンに囁くだけだ」



なんとも、意外性のある作戦だ。



目をパチクリさせて、ミルディアは「はい?」と思わず聞き返した。



「マクシミリアンは、昔から女に弱いんだよ。好意を持つ者には尚更だ」



「え…?冗談じゃなくて、本気?」



思わず笑いそうになったミルディアを睨み、セシアは真面目な顔つきで話した。



「…奴の性格はよく理解してる。あのくらいの同じ歳の男は思春期の影響で、女の好意に弱いところがある。好きな奴の前で素直になれないってのもそうだ。マクシミリアンは前者だな」



同じ歳の男と、まるで他人事のように喋るが、セシアも同じ歳頃だ。



ミルディアが変な顔をすると、大人びた顔で論じたセシアが露骨に顔をしかめた。



「止めろ、その顔。俺は違う。昔も今も興味があるのは、一人だけだ」



きっぱりとそれでいて真剣に、彼は衝撃的な告白をした。



「…せ、セシア様。好きな人がいるんですか?」



驚くと言うよりも、戸惑いに近い気持ちになった。


ミルディアが何とも言えない表情で尋ねると、セシアは恥ずかしがるような態度はせず、正直に頷いた。



「いる。一人、気になる奴がな。まぁ、俺のことはいい。今話したことが作戦その一だ」



セシアはその後も、ミルディアに作戦を話した。



だが、どういう訳か、ミルディアの頭の中にはその作戦が入ってこなかった。というよりも、今言ったセシアのはっきりした答えが、『好きな人がいる』という答えが、ひどく胸を締め付け、モヤモヤした。



(嘘でしょ…?こんな人が昔から、それも一途に、一人の女性に傾倒してるなんて…)




てっきり、そういうのに興味がないと思った。他人事のように話せるのはそのせいだと思った。



「…で、おい?…ミルディア!聞いてんのか!」



刹那、バシ!と頭を強く叩かれた。



「痛っ!?な、なんですか急に!」



考え事をしていたミルディアは頭を抑えて、叩かれた痛みに悲鳴を上げた。



「ボーとしてんな!作戦を知りたいと言ったのはお前だろ!」



「…っ!そ、そうですけど何も叩かなくても…っ」



ムッとして、叩いたセシアを睨むと、彼は冷たく一瞥する。



「だまれ。俺は時間がないんだよ。これから出かける予定が…」



そこまで言って、不意にセシアは口元を押さえた。顔をしかめ、「余計なことを言ったな」と呟く。



「え?予定って、昨日のように町に?」



しっかりと聞こえていたミルディアが、昨日と同じ事を、難民を見に行くのだろうと尋ねると、セシアは苦虫を噛み潰したような顔で「そうだ」と頷いた。



「それよりも、お前。作戦その二の話を、ちゃんと聞いていなかったよな?」



「…あ。それは、ごめんなさい。女性の話に気を取られてしまい…。あの、そのあとはどうするのですか?」



正直に謝り、もう一度話してもらうように頭を下げた。



彼は微かにため息をついて、



「作戦その二は、その呪い袋がある女から貰ったと思い込んだマクシミリアン自身を利用して、騎士団の者を騙すんだ。マクシミリアンに好意を持っている女がいることを仮定に、もし騎士団がその呪い袋の存在に気付いても、マクシミリアンは女が誰か顔すら知らないから答えれないだろ。当然俺にも聞き込みに来る騎士団がいる。そこで俺は、ある女を犯人に仕立てるんだ」



「え?騙すって…その人に、濡れ衣を着させるのですか!?」



見ず知らずの人に罪を被せることにミルディアが驚いたように問うと、彼は首を振り、冷たい表情を向けた。



「濡れ衣ではない。その女が適任なんだ。前から鬱陶しいと思っていた女で、そいつは隠していたようだが、立派な犯罪経歴があった。この気に騎士団に捕まえてもらおうと思ったんだ」



「ええっ!?犯罪経歴?だ、誰ですかそれは!そんな人が近くに!?」



セシアの答えに、さすがにギョッとし青ざめた。



「個人情報になるから、誰とは言えないが、そいつが作った事にすれば一石二鳥だろ?俺やお前には一切、疑いがかからない」



「ですがセシア様!それでも、その女の人に潔白を証明する証拠が出れば、調査は振り出しに戻って、それを貰ったセシア様か持っていたマクシミリアン様が疑われるでしょ!?」


唾を吐くような勢いで、セシアに訴える。



彼はうんざりしたように顔をしかめて、



「そう、喚くなよ。…女には動機もある。それにそいつの私物に、人を呪う道具がいくつかあった」




「…っ!それは、まさか私のように、魔法を使う人ですか?」



またもや驚きに声を上げて、ますますセシアの顔がしかめられた。



「そこまでは知らんな。だが、その女には悪意があった。呪い道具もある。ここでその女を犯人にすれば、充分な証拠になるだろ」



いつ、どこでそれを調べたのか気になるが、用意周到な彼の作戦に、度肝を抜かれた気分だ。



そこまで考えて作戦を立て、見つかって捕まる事はないと確信している。



だから、初めからこんなにも余裕があったのか…。



感心するよりちょっと唖然とした。



これをどう反応すればいいか困った。



「お前の言いたい事はわかる。犯罪経歴も動機があっても人を貶めるやり方は嫌いなんだろ?でも、そこまで追い詰めないと、あの女も逃げるだけで捕まらない。国の犯罪専門の衛兵はもちろん自警団の奴らも動かないだろうな」



「セシア様はそこまで考えて、捕まらない確信があった。だから、この作戦を実行しようと思ったのですね」



ようやく口を開いたミルディアは、感心よりも尊敬した眼差しを向けた。




「はぁ…お前は単純だな。そんな目で見るな。それはそうと、これでわかっただろ?捕まる事のない作戦を立て動けば、当初の目的が成功するはずだ」



はっきりと最後に、セシアが宣言した。



人を騙すのは忍びないが、ミルディアには考えつかない作戦だった。



「セシア様…。それで作戦はいつから…」



続けるように、ミルディアが作戦開始の確認を取ろうとした時だ。




「セシア様!時間です!セシア様、どこに…!」



離れた所から、使用人か、女性の声が聞こえた。


ミルディアはハッとしてそちらを振り向くと、セシアの侍女らしきメイド服を着た女性が、庭園の外の茂みの向こうにいた。周りをキョロキョロ見て歩いている。




「…ちっ。もうそんな時間か。おい、お前は呪い袋を明日、この時間までに作って、ここで待ってろ」



舌打ちと共に、セシアが身を翻し、侍女らしき女のいる方へと向かう。



「あ…待って、セシア様!」



ミルディアは慌てて、彼の腕を掴んだ。



「…っ!?」



驚いたようにセシアが息を飲み、振り返った。



「わ…、す、すみません!でも、まだ話がちゃんと…」



掴んだ腕を離し、手を引っ込める。



雇い主の、貴族のセシアに、馴れ馴れしく触れるのは良くなかった。



でも、何故か、引き止めたくて思わず腕を掴んだ。



セシアはポカンとしてから、ハッとしたように顔をしかめて、迷惑そうな不機嫌な顔をした。



「馴れ馴れしく触るな。それで、なんだよ?引き止めた理由は?早く言え」



そのまま早口でミルディアを問い詰めた。



急に言われても、ミルディアは自分でも引き止めた理由が分からない。



話の途中だったからもあるが、それだけじゃないのもある。



「ええと…袋に…そう!あの、マクシミリアン様が好きそうな匂いを用意していいですか?」



「は?…知っているのか?あいつの好み」



「え…?は、はい。この邸で花を育てていた私に、えっと…あの方が、花をくれと言って用意した事があるんです」



「へー…アイツ、花にも興味あるんだ」



どこか冷たく、皮肉げに笑う。



今ので何か、さらに冷たく不機嫌になった。



(あ、どうでもいいこと、思われたか?でも、そういう作戦にしたのは彼だ。女性らしい匂いのある袋なら、マクシミリアン様が好む物の方がいいだろう)



「あ…すみません。それはこちらで用意しておきますね!引き止めてごめんなさい。どうぞ、行ってください」



引き止めるまでもない、何種類か用意して、もちろん手紙も書いておけばいい。



ヘラヘラっと笑って、ミルディアは不機嫌にしてしまった彼を引き止めた事を後悔した。




その笑いに、セシアは無言でミルディアの頬をつねった。



「ひゃっ!?な、なんへ…ひたいっ、です!」



「煩いわ。嬉しそうにくだらない事を言った罰だ。何が花だ。花くらい俺だって用意できる」



(ああ、やっぱり…!くだらなかったか!ううっ痛い!)




引っ張り怖い顔で訴える彼に抵抗もできなかった。



ただ、その痛みに涙目になると、少し満足したのか、セシアが愉しそうに笑い、ぱ!と手を離した。



「ふぁ…?うううっ…。い、痛かった…」



つねられた頬をさすり、ミルディアは涙目のまま彼を睨む。



それをどこか楽しそうに、小さい頃の笑いと同じ無邪気な笑みを向けた。



「はははっ!やっぱ、面白いなお前。……て、ジロジロ見るなっ」



そう笑って、ミルディアの視線に気づきハッとした。



恥ずかしそうに少し頬を染めてチッと舌打ちすると、彼は彼女の頭を乱暴に押さえた。



「え?ちょ…?何をするんですか!」



ミルディアは突然視線が足元に向かって、頭を押さえつける彼の手を離そうと抵抗した。



「じろじろと見るからだ!もう、ホント…っ。ああ、もういい!」




文句をつけたからと思ったら、バッ!と手を離し、ミルディアが顔を上げると同時に彼女に背を向けた。



「袋、ちゃんと作っておけ!」



そう吐き捨てるように言い残し、今度こそセシアはそこから駆けて、離れて行った。



その後ろ姿をぽかんと見つめて、くしゃくしゃになった頭を触り、ふと先程の、楽しそうな笑顔を思い出す。



「……ああいう顔、できるんだな」




どこかぼんやりと、あの珍しい笑みへの感想を呟いた。



昔のように、悪戯が成功した時の無邪気な笑みは、彼らしいと思った。




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