第3話 最低な男と悪質な契約
ミルディアの全身から冷や汗が流れた。
(…え?…バレた!?)
顔を青ざめて、彼女は一歩、後ろに下がった。
ドッドッド!と心臓が早鐘を打つ。
「お前……今のは、魔法か?」
驚きながらゆっくりと近づき、セシアはミルディアに問いかけた。
青ざめたまま動けないミルディアに焦れたのか、ゆっくりだった彼が早足になり、険しい顔で両肩を掴む。
「今のは魔法だよな!?なんでお前が…!」
驚きは混乱から、切羽詰まったような顔をして再度、問いかけた。
(な、何か…何か話さなければ!でも、何を…説明する?)
頭が、回らない。
ミルディアは視線を逸らし、肩に掴む彼の力強さに痛みを感じた。
「あ…セシア様っ、痛いです。離して…ください」
肩をそんなに力強く掴むとは、彼を非難するが、セシアは変わらずミルディアを厳しく睨んでいた。
逃げられないと感じた。
「わ、わかりました…話します。だからセシア様!離してください!」
もう一度、ミルディアが叫ぶように告げると、ようやく我に返った彼が離した。
その顔は喪失し切って弱々しかった。
「何故…いつからだ?」
セシアの三度目の問い。
これはもう逃げられないみたいだ。
ミルディアは、覚悟を決めた。
息をついて表情を引き締めると、真っ直ぐにセシアを見つめ口を開いた。
「セシア様達には、大変お世話になりました。私のこれは、生まれつきでございます。物心ついた頃から魔力を持ち、魔法が使えました」
「…っ、生まれつき、魔力が…?あ…アリシアも知っているのか?」
ハッとしたように妹を思い出し、セシアが痛みを堪えるかのように小さく呟いた。
「いいえ。アリシア様は知りません。これは、両親も誰も知らないのです。セシア様が初めてです」
ミルディアがはっきりと告げると、彼が一瞬息を詰まらせ、目を剥いた。
「…俺が初めてなのか?」
知った重みを感じさせたか、急に戸惑う彼に訝しんだが、ミルディアは頷いた。
「セシア様が初めてです。だから、私も戸惑って…いえ、これでは言い訳になりますね。見つからなければ、このままずっと隠しているつもりでしたから」
正直な気持ちを伝える。
これで事態が変わるわけじゃないが、知られたからには開き直って、全部吐き出そうと思った。
微かにセシアが息を吐き、厳しい表情を浮かべた。じっとこちらを睨むように見つめていたが、突然、クスクスと彼が笑い声を立てた。
ミルディアは思わずギョッとして、次の瞬間、凍りついた。
目の前で笑っていた彼の表情がどこか愉しむように歪んだ。
獲物を見つけたときのような鋭い眼光で、ミルディアを逃すまいと捕らえた。
「それは、いい事を聞いたな。ミルディア。お前のそれ、誰にも知られたくないんだよな…?なら、俺のためにさ…ちょっと、使ってくれない?」
まるで買い物を頼むかのような軽々しさで、セシアが脅してきた。
ミルディアは青ざめ、戦慄した。
その脅す彼の視線、まるで蛇に睨まれた蛙のように、肉食獣に狙われた小動物のように、身動き一つ出来ない。
「さて…。拒否権などないお前にやって欲しいことは、その魔力で魔法を使い、マクシミリアンの騎士の道を閉ざす手助けをして欲しい」
固まるミルディアにセシアが話を進めた。
それにハッとして、彼女はまだ青ざめた顔で恐る恐る口を開いた。
「あ、あの…何故、マクシミリアン様?」
「お前は知らないか?アイツ、ああ見えて、伝説の聖女の騎士家系なんだよ。だけど俺は…いや、まずは聖女の誕生からか。お前がどこまで知っているか知らないが、魔王が北の奥で復活した事を聞いたか?」
「魔王復活ですか?魔物が出る事で、魔王はすでに生き返っていると、考えています。それが…何か…?」
突然、元父親の話を持ち出され、ドキッとした。
訝しげに尋ねるミルディアに、セシアは鼻で笑い、うんざりしたように大きくため息をついた。
「そのせいで、首都付近が封鎖されたんだ。あれも急な事で行き場のない奴らが、こっちに流れ込んできたわけだ。迷惑な話だよなぁ」
迷惑だと、本気で思っているようだ。
さっきからミルディアは思っていたが、セシアの態度がさっきと違い、昔に戻っている。
自分のことを『僕』から『俺』に変わっている。丁寧な言葉も砕け、下町の男達のように汚い言葉を吐いていた。
「あ、あの…!話がずれてますけど、魔王復活とあなたが、何か関係しているのですか?」
要点がずれていては、いつまで経っても話が終わらない。
「あ…?あー、そうだな。難民共の話はいいか。俺が言いたいのは、その復活のせいで王は聖女を召喚したっていうんだ。そのせいでマクシミリアンが騎士に選ばれる確率が出たわけ。俺は、知り合いに聖女と関わる者がいるのが気に食わない。それにこのままいけば俺も、兄貴の代わりに騎士団に入部するかもしれないんだ」
セシアがこの話を持ちかけた理由がわかった。
(この男…変わんないな。私に、代わりをしろって言ってるのかしら?いや…騎士団は女人禁制だ。魔法で、邪魔しろってことかな?)
セシアは自分が得になる事しかしない主義だ。
幼い頃に出会った彼は大変わがままで自己中で、悪巧みが好きな陰湿な奴だった。そして、それを隠すのが上手かった。
「ミルディア。ここまで言えば、俺が言いたい事わかるよな?」
ポン、と手を置いて、諭すように首を傾けた。
ミルディアの顔が引きつる。
「…はい。それで私は、あなたのために魔法を使って、マクシミリアン様の騎士候補を放棄するように仕向ければいいですか?」
「ん〜…そうなんだが、マクシミリアンの候補を取り下げるよりも、聖女関連の騎士や王族の前であいつが無能だと気づかせる方がいいな。魔物も退治できない無能…用は剣の腕がないってわかれば、誰もあいつを候補にしないだろ?」
(つまり、それは旧友の出世を潰すと言うことか?王族に無能だって気づかすって事は、宮廷に上がれないようにするってことだよな!?)
あまりに容赦ない考えに息を飲んだミルディアに、セシアはわざとらしく困ったような笑みを浮かべて、「できるか?」と首を傾げて見せた。
その仕草にゾッと背筋に悪寒が走る。
聖女を嫌っているのかわからないが、そんな事を考えて、それを断れないと分かって脅すなんて…。
「せ、セシア様。それは、あの方の未来も潰す事になりますよ…?聖女の騎士候補だけじゃなく、王族が彼は宮廷に相応しくないと…」
「うん。そうだな。いいんじゃないか?マクシミリアンは宮廷に興味ないだろうからな」
軽い口調でなんてことのないように、彼は言った。
(はっ、はぁーーっ?そうだなぁ?旧友の、出世が…未来がかかっているのに、なんで言い草だ!)
グッと言葉を飲み込み、叫びたい気持ちを押さえ込んだ。
セシアの思考は、どう考えてもおかしい。
…恐ろしいとさえ、思う。
「で、ですがセシア様!私は高度な魔術は使えません!せいぜい、マクシミリアン様に軽い怪我をさせるとか、ちょっとした失敗をさせて…呪い体質にすることはできます!」
震える声でなんとか彼女は勇気を持って、セシアにそう告げた。
セシアの眉がピクリと動き、困った笑みから、ニヤリと意地汚い笑みに変わる。
「いいんじゃないか、それ!うん…!その呪い体質ってようは不幸にするんだろ?俺が頼みたいのはまさにそういうやつだ!」
即座に考えを変えて、ミルディアの苦し紛れの意見をすんなり受け入れた。
(この、男…!本当に、最低な奴だな!)
喜ぶように手を叩いて、決まりだと話をつけるセシアを見ながら、ミルディアは彼こそ悪魔のようだと、そう思った。
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