宗谷岬

 福原さんのメモは何となく捨てられず、シートの裏についている車検証入れにしまった。


 今日、最北端まで走ったら初めての北海道に別れを告げる。こんな風に旅人っぽくおセンチになってしまうのが北海道効果なのか、それとも昨晩話し込んだ福原さん効果なのか。

 少し早めに宗谷岬に着いた。待ち合わせは最北端オブジェ前に午前11時、目安。

 現在時刻10時ちょい過ぎ。既に黄色いバイクが止まっている。バイクの脇に座り、タバコをふかしているのは、走り屋スタイルの孝子。って、革ツナギ? バイクにも何も荷物が乗っていないし、周りに荷物の影も見えない。ドカティ748Rのミラーに例のバカでかディフューザーとイタチの尻尾の付いたアライ製フルフェイスが掛けてあり、タンデム席はもともとないがそこにマッハボーイが付いているだけ。

 GPZを748Rの隣に停めて「お疲れ」と声をかけながらメットを脱ぐ。私もタバコに火をつけて横に座る。ゆっくり吸い込んだタバコの煙を吐き出してから尋ねる。「あんた荷物は?」

「ウエストポーチにパンツとキャミは一~二枚入れてるし、あとはタバコとスマホと財布があれば充分でしょ」と。さらに聞くと食事は全部外食にして全て個室宿に泊まったらしい。

「荷物あったら気持ちよく攻めれないじゃん。峠走ってきたけど、地元っぽいやつでも骨のあるやつ一人もいなかったよ、あとはだいたい荷物満載のツアラーで地元民じゃないだろうし。死神マッハも出なかったよ」いや、その出で立ちじゃあんたが地元民と思われてるよきっと。

「そういえば、ブラは?」ブラがかさ張るでしょ、私よりはきっと。女同士遠慮はいらない。

「今してるスポブラだけ」こ、こいつ。ちょっと近づいて臭いを嗅いで、いつぞやの復讐をと思ったが、甘い匂いしかしない。顔面偏差値は体臭にも影響するのか……。

「な、なによ急に」いきなり顔をよせたので孝子が当然の反応で半身遠ざかる。

「アンタが北海道の風をちゃんと纏ってるか確認したのよ」

「……アンタとは違うのよフェロモン女」と少し遅れてこちらのささやかな復讐心に気づかれてしまった。それならいっそ後学の為にその違いを教えてくれ、と内心思ったが口にしなかった。


 少ししたら宗則が到着し三人で駄弁っていると、10分もしないうちに一緒に行動していたであろうユキとヒロシとトモくんの三人が同時に到着した。この三人が今回のツーリングの大枠考えてくれたわけだからそりゃ一緒になるよね。

 このメンツだとトモくんのTWだけやや巡航速度や巡航距離に難点ありかな。そういう所も踏まえて全プランを考えたりするのがツーリングの面白いところなんだろうけど。ツーリングといえば、昔どこかの峠で孝子がちょっとトモくんのTWを借りて、およそTWらしからぬ速度域とバンク角で走った後、色んな所から色んな煙が出てヘッド周りからオイルが滲んできたときのトモくんの慌てっぷりは未だにサークル内の語り草だ。そのあと一週間くらいエンジンの調子が良くなったと所有者本人が喜んでたからまぁ良かったんだか悪かったんだか。


「みんなで写真撮ろー」とユキがスマホ用の三脚やリモコンを用意する。

 みんなでモニュメントの前に並ぶ。自然と宗則を真ん中で囲む形になった。サークルっぽい。集合写真を数枚撮って、バイクのみで並べて数枚とバイクとみんなとでも数枚撮った。写真はあとでユキがグループラインに上げることにした。

 実は今日が一番距離を走るんだよね。日本海側オロロンラインを通って札幌を経由して苫小牧西湊フェリーターミナルまで約400キロ。現状のフルメンバーでの走行。前みんなで一緒に走ったのはいつだったっけ。

 途中、トモくんのガソリン残量が危ぶまれる場面もあったが、なんとヒロシがガソリン携行缶を持参していたので事なきを得た。そういえばヒロシも燃費ヤバイ車種だしね。

 札幌に着いた時点で深夜のフェリー時間までかなり時間があったので、少し早めにみんなで本場の札幌ラーメンを食べてから苫小牧フェリーターミナルに向かった。帰りはせっかくなのでみんなで船内レストランで食事をすることにした。

 港でフェリーの出航時間を待つ間、各自自由行動時の思い出話に花を咲かす。

 私は福原さんとの出会いについては話さなかった。一応男性陣、主に部長の宗則に余計な心配をかけたくなかったのもあったが、私の中に起きた小さな気持ちの変化を小さいままで外に出したくなかったのが理由だ。


 意地や建前、周りへの体裁やカッコつけじゃなくって、乗りたいって気持ち、走りたいって気持ち。

 ずっとバイクともに。今日見た岬に誓いたい。

 これは誰にも言わない、私の中だけの誓い。

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