寂しきバイカーたち

 私の話は福原さんからしたら偏っていたと思う。

 だけど宗則や孝子と話してるときみたいに話し手も聞き手もない、本当は親子ぐらい齢も離れているはずなのに年上も年下もない、そんな違和感を何も感じない楽しい時間。バイクサークル以外、ましてや父親ほどの年上の男性だと初めてのことだ。

 私は楽しいと感じているときにいつも感じる不安のことを福原さんに話した。宗則や孝子に話すとバカにされそうだと思ってずっと話せずにいた感情。今はみんなバイクに乗って楽しくつるんでいても、大学卒業や就職、家庭を持ったりする頃には、いつかこの楽しさが消えて無くなってしまうんじゃないかって不安。みんなのことを信頼していないわけじゃない、だけど変なことを言ってこの距離が壊れてしまうのが怖くてずっと言えなかった。

 福原さんとの距離はあるようで無い、だから話せたのかもしれない。それに福原さんと話していて楽しいと実感したとき、不思議といつもの不安は訪れなかった。福原さんなら答えを知っているのかも、そんな期待もあった。


 しかし福原さんは、若いときにはわかりにくいし、自分もまだ答えに辿り着いていない、そういうもんじゃないかなと言った。

 福原さんも一緒にバイクに乗り始めた友達が何人かいたらしい。みんなでお揃いのベストを着てバイクチームみたいなのを作っていたとか。孝子のやってる走り屋チームみたいなものなのかと聞いたら、チームトレーナーではなくって、看板って言っていた。そういえば旅先でハーレーに乗っている人たちがお揃いで着ているのをみたことがある。福原さんたちのそれはモーターサイクルクラブというらしく、ハーレーオンリーのチームみたいに車種の縛りや決まりなどは何もなくって、どちらかというとツーリングクラブみたいなものだったとか。その時の友達は、今もまだバイクに乗っているかもしれないし乗っていないかもしれない、お互いほとんど連絡もとることもないから知らないし気にならないらしい。

「まだベストを着て走っているのは俺だけかもなぁ」と言った福原さんの表情は複雑で、どんな心情からくるものなのか、私には全くわからなかった。

 でも、もしかして……。

「寂しいですか?」思ったことがすぐに口をついて出てしまった。

 優しい笑顔で「ははっ」と声を出して笑い「寂しくはない、ただもしまだ友人たちが一人でもバイクに乗っていてお揃いのベストを着てもう一度一緒に走ることができたら、その時は最高に楽しいと感じると思う」と答えてくれた。

 その後、いい感じに酔いが回ってきた私は、福原さんが三十年ぐらい着ているという看板を見せてもらった。

 革製のベストに縫い付けられたでっかいイラストの刺繍。よく見ると、大きく書かれたGとBがかろうじて読めるチーム名は、孝子と同じじゃんと思ったけど、福原さんから聞いた単語の綴りは〝GentleBreeze〟こういうのって何でみんな読みにくい変な形のアルファベットを使うの?

「私をおじさんのチームに入れてよ、そしたらお揃いで一緒に走れるよ」と言ってみたが、笑いながらいっそ君が作ったらどうだい? と言われた。一人でも二人でも、新しい仲間が増えても減っても、もしずっと君が走り続けていたら、また十年後でも二十年後でも一緒に走ろう。そうしたらおじさんを君の作ったクラブに入れてくれ、そして今度はおじさんから君に同じ質問をさせてくれ、と。


 瞬間、初めてバイクに乗った時の、初めて思いっきりアクセルを捻った時に感じた風、加速感の中で吹いてくる風が顔にあたった気がして、まばたきをする私。

 自分で。

 考えたこともなかった。福原さんが背負っているチーム看板、これを作ろうって言った福原さんの友達も当時まだ二十歳ハタチぐらいだったとか。

 私は福原さんに約束だよっと指切りげんまんの小指を出した。今回の宴の記憶はここまで。

 この後、福原さんたちが友達数人とチームを作る時の話、看板やチーム名の由来とか、私たちのバイクサークルの名前の変遷とかお互いに沢山の話をした、気がする。近くの焚火の音が心地良かった、ような気がする。


 ……目を開けると、自分のテントの中。どうやってテントに行ってどうやって寝袋に入ったのか。チャックを開けて上半身を起こして納得した。酔いつぶれた私を福原さんがここまで運んでくれたのだろう。実に紳士的だが、革ジャンぐらいは脱がしてくれても良かったと思う。身体の節々が痛い。テントから出て革ジャンを脱いで伸びをする。福原さんは出発した後だった。GPZの方を見るとタンクキャップにメモ書きが挟まっていた。


「またいつか道の上で! 福原」

 うわぁ、こういうのはオヤジバイク乗りのセンスだなぁ。

 いかにも〝バイク乗り〟クサい。いや、もちろんいい意味でね。

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