2スト

 宴会翌日、ひどい二日酔いの宗則が動けるようになったのは既に日が暮れた後だった。トイレは以前よりもきれいに掃除させた。

 蕎麦を茹でて二人で薬味無しのざるそばを食べた後、タンデムで宗則のアパートに向かった。


 何回か玄関先から覗いたことがある宗則の部屋は、常に足の踏み場もないほど散らかっているので、いつも通り駐輪場で待つ。


 近くの自販機で缶コーヒーを買って飲み干し、空き缶を灰皿にして一服していると、ゲロ臭かった服をガソリン臭い作業着に着替えた宗則が降りてきた。

「ホイっ」と言ってバイクのキーを投げてきたが私が受け取れずに地面に落とす。

 無言で拾い「さんきゅ」と言う。


 景観を損ねるから、との理由でかけられているバイクカバーをはがすと嘗ての峠王ホンダNSR250Rがその姿を現す。

 CBの直前に乗っていたというのは話に聞いていたが、私が知り合った時には既にCBに乗っていたので、宗則のNSRを見るのはこれが初めて。宗則が乗っていただけあり、さすがにボコい……。


 外観以外はほぼノーマルというNSRはカウルが外されいて、代わりに小さなエンジンガードとスライダーがついている。ヘッドライトはなくフロントフェンダーに小さなフォグランプがあるのみ。ウインカーの付いていた辺りには配線だけぶら下がっている。タンデムステップもタンデムシートもない。バックミラーは右側だけ。タンクとシートはいかにもな自家塗装で艶のない白色。一応ナンバーもついているが自賠責はとうに切れているだろう。ボコい……。


 このNSRに乗るには幾つか法的問題を犯すことになるかもしれないが、結局私はNSRを借りることにした。背に腹は代えられない気持ちではなく、2ストロークのバイクに乗るという背徳感と好奇心で。


 背徳感については、私の中型バイク購入時に遡る。

 割と放任主義の父は、私が中型免許を取りバイクに乗ることには特に反対も賛成もしなかったが、バイクを買うときに唯一言った小言が「できることなら2ストのバイクは危ないからやめておけ」だった。

 そもそもそこまでバイクの知識もなかったし、バイク屋に行っても、金額的に選択肢には入らなかった。年式の古いニーハンが最新のニーハンの倍以上もしたのだ。なので私のファーストバイクは、見に行ったお店にたまたま入荷されてすぐの中古車。常連さんが最新型に買い替えるとかで下取り後、まだ店頭に並んでいなかった転倒傷の残るニンジャ250。それをそのまま最低限の納車整備に留めてもらい格安で売ってもらうことになった。

 結果、ニンジャには大満足だったんだけど、心のどこかで、父に「おまえには2ストは乗りこなせない」と言われたような気がして少しだけ引っ掛かっていた。


 あとは好奇心。孝子がいつも話している、身体じゃなく感覚が置いて行かれるような加速感ってやつがずっと気になっていた。


 さっき渡してもらったキーを挿す。孝子のアプリリアやヒロシのTDRを見ているからキックスタートもなんとなくわかる。キックペダルを出してキックしてみる。数回キックするが何の音沙汰もない。宗則が隣にきてチョークレバーを操作する。再度キック。

「カロッ」て音とともに何のコツもなくエンジンがかかった。

「ベ、ペペペペ」と湿った軽い音。

 何も口にしてはいないが私の表情から察したのだろう、宗則が補足をしてくれる。孝子のバイクはチャンバーが社外品なので音が乾いていてうるさいこと。なんだかんだ言ってもホンダとスズキの設計思想の違いがあり、NSRはむしろ乗りやすいバイクだということなど。


「ありがと、GPZの修理でも世話になっちゃうね、ホントさんきゅ」と言ってメットを被る。宗則が顔を近づけ、万が一転かしたとしても、まぁぶっちゃけ気にしなくてもいいから、と言ってくれ、「ん」と応えシールドを降ろして走り去る。


 出だしでフロントが浮き気味になる。これでノーマルか……。

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