不動者
いつも私は夢を見る方なんだけど、今日は何も夢を見ないまま、尿意によって身体と脳に起こされた。
目を開けると、瞼の上の方に靄がかかったような感覚。アルコール性の頭痛をひしひしと感じながらゆっくりと起き上がる。周りを見渡す、死屍累々。
隣に奇麗な顔の孝子が横たわっていた。
「また負けたか……」小さく呟く。
女ブラックジャックとキャプテンハーロックはまだ起きる気配がない。
孝子は世田谷の生まれだけど、ご両親の出身は九州の福岡らしく、まぁ、とにかく酒が強い。バイクサークルで孝子に落書きをしたのは過去に一人だけ、しかも既に卒業している大先輩だけだ。その先輩の同期の方々にも臆することなく肉とかミートとか描いていたのも後にも先にも孝子一人だけだとも言われているが。
思考に何かが引っ掛かるが、とりあえず排尿のためトイレに向かう。
「ガチ、ガチッ」トイレのドアが開かない。
そうか、そういえば宗則が部屋に居なかったな。淑女的におとなし目にノックして見るが無反応。淑女として対応していられるのもあと僅か。ちょっと強めにドアドン。やはり無反応。私の尿意は半端ない。
カギは外から開けられるけど、さすがに下半身がネイキッドだったらやばいよね。
父は単身赴任中、今の家主は私。まだ私以外誰も起きていない。以上を踏まえて迅速にバスルームに向かった。
バスルームですっきりした後、脱衣所で自分の顔を見る。前回は額に目が一つだったが、今回は顔いっぱいに幾つもの目が描かれている。
部屋に戻ると上半身だけ起こしている孝子と目が合う。
「何のキャラ?」と自分の顔を指差して聞くも、たまたま起きたユキの仕業だからわからないとのこと。なるほど、元ネタは最近のアニメだろう。
スクっと起き上がった孝子はそのまま無言でトイレに向かった。
あっ! と思い、引き留めるが、ポケットからコインを取り出して躊躇なくドアを開け、便器を抱擁してた宗則の脇の下に手を入れて横にずるずるとどかし、傍らに意識不明な宗則を置いたままドアもあけたまま用を足し初めてしまった。同性でも恥ずかしくなるシチュエーションに何も言えず、何処から突っ込むべきか悩んでいると、
「ユキが起きたら困るしとりあえずこいつどかそう」と孝子。うなずく私。
両足を私が持ち、孝子が上半身を持ちお尻を引きずりながらトイレの前の辺りに転がす、念のためドアが開け閉めできるかだけ確認した。
さてと孝子と駄弁りながら、少しずつ目についたものから部屋の後片づけを開始する。飽きたり疲れてきたら二人でベランダで一服する。そんな緩い片づけにヒロシが参戦する。次にユキ。ほとんど片付いてきた頃、宗則が飛び起きてそのままトイレに駆け込む。しばらくの間、ゲーゲーと聞こえていたが、15分ぐらいしたら静かになった。
ユキがやさしくドアをノックしながら「大丈夫ですか?」と聞いたが返事がない。
「開かずのトイレ完成」と孝子。はぁ。いざとなったら公園かコンビニに行けばいいか。
そういえば落札はどうなったんだろうか。トイレの主のことなんかより楽しいことを思い出しパソコンを起こす。ログイン認証後、開きっぱなしのブラウザを更新すると、なんと落札できていた。何故か私の想像した金額より少し高くついているが。そうだ、そういえば言質取ったんだった。ブレーキマスター回収に部室行かなきゃだ。
フロントとリアのブレーキがこれで直る。あとは外装の修理だ。こちらも部室にある補修用品を漁ってみよう。
二日酔いの頭の中で、私のギアが入る音が聞こえた。スプロケットがチェーンが動いて大きなタイヤを転がし始める。ここで気づいたんだけど、私
以前乗っていたニンジャ250は宗則のツテでGPZ900Rのユーザー車検をお願いした大手バイクチェーンに車検が取れるタイミングで引き取ってもらった。それから一ヶ月もしないうちにやらかしてしまうなどとは、その時は微塵も思っていなかった。
念のため、誰か私に貸せるバイクがないか聞いてみたが、もちろん無い。さらに、孝子のアプリリアはタンデムシートすら無く、ヒロシもユキも積載メインでタンデム場所は荷物を積めるようにカスタムされている。タンデムを頼むことすら微妙。いつかお金に余裕が出来たらセカンドバイクにミニバイクでも買おうと心に誓う。
「話は聞かせてもらった」と後ろから宗則の声が聞こえた。
「NSRなら貸せなくもないぜ」と言う宗則に、まずはトイレの掃除を命じた。
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