オークション

 パソコンの電源を入れ、ブラウザを開く。


 オークションサイトに行き、パーツジャンルで〝GPZ900R〟と打つ。

 ヒット数が多すぎて目的のものが何も探せない。優先順位をつけて探そうと宗則が言う。今度はスペースを挟んで〝ブレーキレバー〟と入力してみる。これもヒット数は多いが現在値で並び替えをすると100円台でいくつか出品がある。

 しかし、どれも送料の方が高くなりレバーは新品を購入する方針に変更した。


 続いて〝リアブレーキ〟と検索。キャリパーやマスターも引っ掛かりイマイチ。

 ユキがリアブレーキレバーは? と言うとすぐにヒロシがペダルだろと突っ込む。今度は割と目的に近い検索結果だ。

 いくつか見ているうちにバックステップの出品が気になり始めた。そういえば宗則のCBにもバックステップがついていたはず。実際どうなの? と宗則に質問するが、そもそもあんたステップ擦るまで攻めれるわけじゃないでしょ、と後ろで焼酎をあおりながら孝子が横槍を入れる。

 孝子は自分用に買ってきたワインを空けてしまったので渋々焼酎に移行。すでに割り物のウーロン茶やジュースも底をついている。ここから朝まではバトルロイヤルだ、最後まで意識を保っていられた者だけが明日すっぴんでいられる。

 前回の宴会では最後の最後で孝子に引けを取り、額に第三の目を描かれてしまった。後ろではまたもや、足を置く位置だとか重心の移動のしやすさだとか、いつも通りの展開で孝子と宗則が白熱している。

 単純に信号待ちで足が当たるんだよね。お酒の勢いもあり、一番安そうな聞いたこともないメーカーのバックステップにとりあえず出せそうなマックス額を入力してみた。


 宗則と孝子のライディング論が難しすぎたのか、数分前まで起きていたはずのユキが寝始めた。早速孝子が「医者はどこだ!」と笑いながらユキの顔に大きな縫い痕を描き、モニターをちらっと覗き込んで、今度は笑わずに「重そう」と呟く。

 孝子はバイクの操作に直結する部分については基本的にカスタムをしない事を信条としている。自分がマシンに合わせるべきと言うのが持論だ。

 もう何が何だかわからないくらい改造されているバイクに乗っている宗則とのつばぜり合いが多いのも、根っこのところで宗則のCBを否定しているからだろう。

 私はそこまで深く考えていない。純正品より安くて良いものがあるなら結果的にカスタムになったって良いと思う。

 

 一度寝て再起動したヒロシが、やはり顔に大きな縫い傷をいたずら書きされた顔で、人気車種はネット世界にパーツが溢れてて羨ましいなと言った。

 確かにヒロシの乗ってるオフだかオンだかわからないバイクは人気なさそうだと思ったがあえて口にはしない。

 ヒロシはどうしてるのか聞くと、ヤマハ車は共通部品が割とあるみたいで、何のバイクのどこが共通なのかを覚えておいて、たまに中古パーツのチェーン店を五~六軒ハシゴして、転倒時に壊れやすい部品や消耗品などの掘り出し物を集めているらしい。

 ただしその行動範囲は関東全域に及ぶので私には真似できない。


 宗則が言うには神奈川にも昔は解体屋がたくさんあって一日で何軒か周るってことができたらしい。

 バイク用品店の駐車場でバイク整備をしているときに知らないおっさんに話しかけられて、色々と場所や名前を教えてもらったそうだ。

 私は女だし、GPZに乗り始めてまだ浅いからそんな経験はないけど、バイク乗りのおじさんたちは古めのバイクに乗っている若者に会うとよく話しかけてくれるそうだ。そして大体の場合、昔は良かった的な話で締めくくる。

 物好きな宗則はその後、実際に何軒か行ってみて、本当にほとんどなくなっているのを確認したそうだ。大手バイクチェーンの系列で販売用バイクのバックヤードとして機能している店や、一応解体屋の体で営業しているが実際は通販メイン、つまりオークション屋として変貌していけたお店ぐらいしか残っていなかったらしい。

 確かにそんな古着屋さんみたいなののバイクショップ版がたくさんあったのなら、昔はいい時代だったのかもと思ってしまう。おじさん世代の話にも興味深い話があるもんだ。自分の乗っている古いバイクを自分が手に入れたときは安かったのに今はプレミアがついて高くなってるとか、そんなどうでもいい自慢話はうんざりだけどさ。

 高いお金を出してでもそんな古いバイクに乗ろうと頑張ってる私たち世代の方がおじさんたちよりよっぽど愛情深いんじゃないのって思っちゃう。


 そんなことを考えていると、本当にふと、私がただで手に入れたGPZや、宗則が破格で譲ってもらったCBはいったいいくらくらいの値段なんだろうと思ってオークションサイトで調べてみた。

 GPZは、まぁ安くもないけど、おじさんたちが揃って口にする古いZなんかに比べたら全然高くはなかった。たまにすごい金額をかけたであろうカスタム車両に高値がついてたりするけど、かと言って入札がたくさん入っている訳でもない。

 どこを改造したとかの文章が長くて今の頭だとまったく読む気がしない。けどこれはこれで暇なときに読んでみると、改造した方が良いところがどんなところなのかぐらいは参考になる筈だ。何件かウォッチリストに登録しておいた。

 CBは、そもそもほとんど検索にひっかからないけど、出品されている何件かはGPZの倍以上の値段がついていた。けど元々バイクサークルに伝わるレース車両だったボロボロのCBにはこんな高値はつかないだろうなぁ。足回りも純正から変わっているらしいし、……前後のホイールがそもそも形状違うのよね、外装もだいぶやれてるし。


「ピロン♪」

 パソコンのスピーカーから警告音が鳴った。数十分前のことなのになぜか忘れていたオークションの高値更新を知らせるアラートだ。

 また寝落ちしたヒロシの目にドクロマークの眼帯を描きながら宗則が負けるなと煽る。改造に難色を示していたはずの孝子もイっちゃえと煽ってくる。

 お酒を飲みながら入札とかするもんじゃないね、私もイケイケムードです、はい。

 しかし本当にいくらまで出せるのかは慎重に計算したい。計算機アプリを立ち上げ何回も計算するのだがアルコールは回って頭はうまく回らない。

 見かねた宗則が部室に転がってるフロントブレーキマスターを無期限で貸してやるからもう三千円くらい上乗せしろと言ってきた。確かにそれならブレーキレバー分は余裕が出来る。言質取ったよと言いながら再入札。


 今回の宴会、私の記憶はここまでだった。

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