エナジードリンク

 学食でヒロシを捕まえ、鍵を開けるついでに一緒に部室漁りを手伝ってもらう。しかし昼食後小一時間探したがブレーキマスターは見つからなかった。


 学食にもどりヒロシにジュースを奢る。

 サークルの定位置で講義のないユキが一人でスマホをつつきながら座っている。向かいの席に私たちが座ると、スマホをこちらに向けて「ここどう?」と聞いてきた。画面には食べログのラーメン屋のレポート。ヒロシが魚介系かー、いいね! といった反応。私はそこまでラーメンに造詣が深い訳ではないので、判断つかないと答える。


 神奈川に住んでいると自然と食べ慣れている、家系豚骨ラーメンは正直好きだけど、最近は種類が多すぎて何が何だかわからない。あといくら美味しくっても並んでまで食べたくないし、無駄に高いのもダメ。高いお金を出せば美味しいに決まってるでしょ、って。

 私ん家は別に貧乏な訳ではないけど、金持ちって訳でもない。平均的な家庭で育ったが、どちらかというと私は貧乏性だと思う。どうしても時間やお金と質的価値を秤にかけて考えがちだ。


 二人はプチラーメンツーリングの計画を立て始めた。ヒロシに「キョウも行く?」と軽いノリで誘われたが、借り物の足で県外ツーリングに行けるほど無神経ではない。もちろんヒロシに悪気はなく、単純に楽しそうだから声をかけてくれただけだろう。

 仮にバイクが借り物でなかったとしても、正直そこまでしてラーメンを食べに行くなら、今はその分のお金をGPZの修理代に回したい。

「GPZなら行きたいけど、今回はパス」と言って指でバッテンを作った。

 ここで初めてヒロシは数日前の私の転倒を思い出してくれたようだった。対して私の頭の中はバイク修理で一杯。あ、そう言えば、と続けようとして口を開いたが声に出すのはやめた。

 ユキにブレーキマスターのことを聞こうかと思ったんだけど、そもそも部室に言ったことすらなさそう。それに盛り上がっているところをわざわざ話題を変えてまで聞くことでもないだろう。


 そうこうしていると、宗則がやってきた。

「コトッ」と私の前にレッドブルを置く。あ、高級品じゃん、少し上機嫌になったよ私。でも私が笑顔になる前に宗則が発した第一声は「すまん、キョウ」だった。

「へ?」嫌な予感がして、一字で詰め寄る。表情にも苛立ちが出ていたと思う。


 誠心誠意謝りながら宗則が話した内容は、さっきまで私とヒロシが探してたブレーキマスターの行方について。

 どうやら宗則の記憶違いで、部室に転がっていたマスターは既にCBに付けた後だったのをここに来るまでの道のりで思い出したという。元々保安部品がついてなかったCBにNSRからヘッドライトやウインカーなどを移植して、その際にブレーキマスターも移植したと思っていたのだけど、そしたら今私に貸しているバイクには何でブレーキ付いてるんだ? って気づいて、よくよく考えたらそうだった、と。


 うげー、と机に突っ伏した私の頭上から「どうしたのコレ?」と孝子の声。結果的に徒労に付き合わされた形になったヒロシが事のいきさつ話した。

 孝子は、ふーん、と興味なさそうな相槌を打ちながら「ップシ」とレッドブルのプルタブを起こして飲み始める。

「あ、それ私の!」と言ったがそのまま飲み続ける。手を伸ばして取り上げようとしたが、椅子の後ろ足でウィリーの様にのけぞりながら躱し「私、余ってるよ」と一言。

「へ、何が?」と聞き返す。「ふぁふぁら、ファフハー」とレッドブルの缶を咥えたまま答える孝子。何でってのと、あんた操作系は純正でいいとかいつも言ってるでしょとか諸々一気に捲し立てたが、孝子曰く「既にノーマルは扱いきってブレーキの限界を感じた結果」だとか。次はキャリパーも交換したいらしい。


「……で、翼は?」という孝子の問いに「授けます」と答えた。

「宜しい」と言ってレッドブルが飲み干された。

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