第六蹴 はじめての
放課後。約束通り鈴木、杉浦、京の三人は杉浦家のケーキ屋を訪れていた。もちろん、すでに美代のおつかいは済んでいる。京は心置きなくケーキを選ぶつもりである。
「いらっしゃいませ…ってなんだ俊か、おかえり。俊哉くんもいるのね。もう一人の子は…?」
朗らかな笑顔で首をかしげる女性に、京はぺこりと頭を下げる。
「伊吹京っす」
「ほほぅ、新しい俊の友達だね?ゆっくりしていってね、うちはイートインもやってるから」
パチンとさわやかなウインクを残して奥に行ってしまった女性の背中に、杉浦が指をさした。
「あれうちの母親な」
「へぇ、明るい人だな」
「怒るとおっかないの」
ケラケラと笑う杉浦に、京は心の中で杉浦は母親似なんだなと決定づける。
「さぁて、伊吹何食べる?」
「…おすすめは?」
「おすすめはまぁ、看板メニューのマドレーヌなんだけど…初日に食わせたしなぁ」
悩んでいる杉浦の横で、なぜか鈴木が誇らしげに笑った。
「俺のおすすめは無難にいちごのショートケーキだ!」
ビッと勢いよくショーケースの中にキラキラと輝くいちごが乗ったショートケーキを指さした。
「ショートケーキか…悪くねぇな」
「ふふん、だろ」
胸を張る鈴木を杉浦がうざったそうに見つめながら、口を開く。
「あとはまぁ、チョコ系とかだったらフォンダンショコラかな。食べて行くなら尚更。熱々で提供するぜ?」
それに、きらりと京の瞳が輝く。
「じゃあ、その二つにする」
「りょーかい。鈴木は?」
「うーん、俺はアップルパイにする」
「珍しい…なんで?」
目を丸くする杉浦に、京はそんなに珍しいのかと目を瞬かせる。
「伊吹にもアップルパイ食わせてやりたいから」
「鈴木…」
彼の優しさに、京は素直に感服する。
「へぇぇぇ」
一方で、なんだか疑わしげな視線を向ける杉浦である。
「なんだよ、その目」
「いや別にぃ?」
「ふふん、別にお前がどう思おうがなんでもいいもんね。とりあえずさっさと席座ろうぜ」
若干不服そうにしながらも、鈴木がイートインスペースへと移動する。
「んじゃ、俺後ろいって鞄とか置いてくるついでにオーダー通しとくわ」
それに、京と鈴木が頷きながら料金を杉浦に渡す。
席を立つ杉浦に手を振りながら、京ははたと気づいたことがあった。
(何気に鈴木と二人でこういう風に話すのははじめてかもしれない…)
保健室でのことはまた別だろう。
そう考えると、なんとなく緊張してしまう。いや、それもそれでおかしなことなのだが。
ごくりと生唾を呑む京には気づかずに、鈴木がのほほんと言う。
「そういやさ、伊吹の家の猫ってやっぱ伊吹に懐いてる?」
残念ながら前回の自宅訪問では愛猫であるネコは夜までお散歩していたため、鈴木たちに会うことはなかったのだ。ただ、写真は見せたことがあったので、興味が沸いたらしい。
「ああ。懐いてると思う。よくいろんな貢物をもらう」
「おぉ、猫あるあるだな!いいなぁー、うちも動物飼いたいなぁ」
「飼えないのか?」
首をかしげると、鈴木は目をすがめる。
「いんや、別に飼えないってことはないんだけど、この前母ちゃんに動物飼いたいって言ったら「あんたがペットみたいなもんだから十分だよ」って鼻で笑われたんだ」
それに、京は思わず吹き出した。肩を震わせる京に、鈴木はさらに目をすがめる。
「そんなに笑わなくとも」
「いや…悪い…くくっ!」
俯いて喉の奥で笑っていると、ふわりと人の気配がして顔を上げる。不思議そうな顔をした杉浦が立っていた。
「どうした」
「いや…ふっ」
尚も笑う京に、杉浦は座りながら鈴木を見る。
それに、鈴木はため息混じりに母親に言われたことを言う。杉浦も吹き出して笑い始めた。
「お前ら、そんなに面白い??この話」
目を半目にしてつまらなそうにほおづけをつく鈴木に、二人はこくこくと頷く。
「傷つく」
「まぁまぁ。でも言いそうだな」
「鈴木のお袋さん、会ってみたい」
「おー、今度うちに来いや。天使もいるぜ?」
天使、という単語に一瞬首を傾げかけたが、彼が転校初日に弟が天使だと言っていたのを思い出してうなずいた。
「あ」
「「ん?」」
杉浦が声を上げるので、鈴木と京が二人して首をかしげる。
「俺の友達だから今回はお代いらねぇってさ、親父が」
先ほど受け取ったお金をそれぞれに返す。
「えぇ、伊吹はともかく俺まで?」
「…別に払うぞ?」
困惑する二人に、杉浦は爽やかに笑った。
「まぁまぁ、カッコつけさせてやってよ」
それに、二人はうなずく。
「…帰りになんか買ってく。お袋たちに」
「ああ、そうしてくれ」
ふっと笑う杉浦に京も頷く。
「俺も弟たちにマドレーヌ買ってこ」
「おー、まいどあり」
嬉しそうに笑う杉浦に、鈴木も頷いた。
京は、帰りになにを購入して行くのかと考えて、そっと口元に笑みを浮かべた。
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