⑤
「まず最初に」
ごほんと、杉浦がわざとらしく咳払いをする。さて、どんな叱責やら罵倒やらが飛んでくるのかと、鈴木はびくびくと無いはずの耳を垂れさせた。
京も先程の杉浦の姿を思い出して、背筋を伸ばしてその後の言葉を待つ。
「…殴っちまって悪かった」
予想外なその言葉と殊勝な声音に、二人は毒気を抜かれたように目を瞬かせる。
「お前の、困ってる人がいたら誰だろうと助けてやる優しさは好きだよ。尊敬してる」
唐突すぎる親友のデレに、鈴木はあんぐりと口を開けて目をまん丸くした。京もこれには驚いた。杉浦は、いつも鈴木に対して小言を言ってばかりだったためだ。
「ど、どうした…さっき実は一発食らってたか?」
普通に心配になって、鈴木は杉浦の両肩にそっと手を置いた。
「けどな」
と、言いながら逆に杉浦が鈴木の両肩をがしりと掴んだ。
「人助けにも、お人好しにも限度をつけろ。下手すればガラスが目に刺さって失明してたかもしれないし、他の人にも怪我をさせていた可能性だってある。お前は後先を考えなさすぎなんだ。言っている意味、わかるな?」
じっくりと見つめてくるその真剣な瞳に、鈴木はごくりと生唾を呑んでうなずいた。
「いつもお前のそばに俺がいるわけじゃない。もう高一だ。中学生じゃないんだから、もう少し自分の行いに責任を持てるようにしろ。お前は弟だっているだろ。弟たちに嫌われるような行動は、絶対するな。弟たちに真似されて困るような行動も、絶対するな」
「うっす」
その言葉を噛み締めるように深くうなずいた鈴木に、杉浦は満足げに少し笑った。
「わかったらもういい。早く怪我、治るといいな」
ふぅと疲れたように息をついて、熱い手を肩から離した。
京は、二人の友情に感動した。こんなにも、お互いのことを理解して、思いやって、助けて。そんな存在は、京にはいなかった。それが、どうしようもなく、悲しく思った。
杉浦が松尾に呼び出された後、必然的に保健室には京と鈴木だけが残された。京は、よくわからない謎の気まずさを覚える。
「…杉浦ってさ」
そんな京の心のうちを知ってか知らずが、鈴木がぽつりとつぶやく。その目線はどこを見ているのかよくわからなかったが、輝いていた。
「すっっげぇ、かっこいいよな」
「…ああ」
小さく目を丸くしながらも、京は躊躇いなくうなずいた。杉浦は、文句なしにかっこいい。あれで同い年とは、とても思えないほど大人びているように感じる。
「俺さ、中学の時からあいつと仲良いんだけど、いつも助けられてんの。もう、あいついなきゃ俺ダメなんじゃね?くらいに」
少しだけおかしそうに笑って、次に困ったような笑みを浮かべる。
「あいつはさっき、俺のことを尊敬してるって、言ってくれたけど。俺は杉浦みたいなやつに尊敬されるような人間じゃあないし、むしろ、俺の方がよっぽどあいつを尊敬できる。あいつに捨てられないように、俺も頑張らなきゃな」
「…杉浦は、」
京は、どこか不安げに揺れているように見えるその瞳の奥を認めて、そっと口を開いた。
彼があまり話すのが得意でないことを、鈴木は知っている。だから、じっとその言葉の続きを待った。
「きっと、お前のことを見捨てたりはしない。鈴木のことが、好きだから。じゃなきゃ、助けたりしないし、わざわざあんなことを言ってくれたりしない」
京なりの、精一杯の励ましだった。そして、それは鈴木にきちんと伝わった。
「…そうだよな。あいつだって、馬鹿みたいにお人好しなんだ。俺のこと、途中で見捨てたりなんかしないよな」
うんうんと、ゆっくりと自覚していくようにそう言って、鈴木はいつものように明るく笑った。
「ありがとな!伊吹」
「ああ」
安心して、京もふっと微笑んだ。
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