④
京は、唖然と少し離れた位置にいる、やはり怒気を纏った杉浦を見つめる。
(すげぇ…)
素直にそう思った。あんなに綺麗な投げは初めてみる。きっと杉浦は合気道部の中でも腕が立つのだろう。
呑気に感心していると、騒ぎを聞きつけた教員が数人ドタドタとやってきた。
「何の騒ぎだ!?」
松尾が額に脂汗を浮かべて頰に血を流す鈴木を見て聞いた。
「んーっと、かくかくしかじかで」
「はー、なるほど…ってわかるわけあるか!!お前はこういう時くらい真面目に説明しろ!!」
ベシンッと音を立てて鈴木の頭を叩いた。
「いってぇ!なんなんだよー、もう!」
やりとりを見ながら京は思った。
(今のは確実に鈴木が悪いだろう)
と。
「杉浦、説明できるか?」
もう一人の方の男性教師がまだ硬い表情をしている杉浦の肩に手を置いた。彼はそれに特に反応を示さなかった。
京にとっては初めて見る教師だ。
京が無言で杉浦たちのもとに歩み寄っていく。今は杉浦も冷静ではないだろう。一応一通りのことは見ていたので、簡単には説明できるはずだ。
「すんません、俺が説明します」
少しだけ緊張しながら、彼はその教師に声をかける。
「お、お前は?」
首をかしげる男性教師に、松尾が代わりに口を開く。
「うちのクラスの転校生ですよ。伊吹、この人は物理の先生で、長江先生だ」
なるほど、先週の物理の授業は自習だったので、まだ会ったことがなかったのだ。
「伊吹京っす」
「よろしくな」
爽やかに笑って、下に伸びている上級生を見下ろす。
「んで、何でこうなった?」
「実は俺もよくわかんないんすけど…」
ざっくりと、上級生がたぶん女生徒になんらかの嫌がらせをして、それを鈴木が止めたこと。苛立った上級生が鈴木に手を挙げ、それを見た杉浦がやり返したということを説明する。
「詳しくはそこの女子に聞くか、鈴木に聞いてもらえれば」
「なるほど…わかった。ありがとな」
松尾がふむとうなずいて、鈴木と杉浦の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でた。
「「うわっ」」
驚いたように同時に声を上げて、二人は担任を見つめる。
「なにすんだよまっつん」
「雑じゃないっすか。撫でるならもうちょい優しく」
「あっはっは!文句言える元気があるなら良い。鈴木、女子を助けて偉いぞ!杉浦も、ちょっとやり過ぎかもしれないが友達を助けたのは偉い!!」
「「………」」
それには何も言わずに、二人はただされるがままに撫でられている。照れているのだろうか。
「松尾先生、とりあえずこの生徒は俺が生徒指導室に連れて行ってもいいですかね?」
その様子をおかしそうに笑いながら、長江が伸びている上級生を指さした。それに、松尾は大きくうなずく。
「頼みます。俺も後で行きますね」
「はい。ではまた」
軽々しく上級生を肩に担いで去っていく長江を見送って、松尾が腰に手をやった。
「さぁて、鈴木は頰の怪我の手当があるから保健室な。他の奴らは散った散った!もうすぐ授業始まるぞー」
その掛け声にざわめいていた生徒たちがチラホラと各教室に戻っていく。
「あの、俺も一緒に行って良いっすか」
「俺も」
杉浦が少しだけ言いづらそうに言って、京もうなずく。松尾が仕方なさそうにため息をついて、うなずいた。
「いいよ、じゃあ鈴木の付き添いってことで」
「やりぃ。まっつん最高」
「あざす」
杉浦と京がとても良い笑顔を浮かべる。松尾は呆れたように目をすがめた。
「調子のいい奴らだな」
「あーらまぁ」
ぱっくりと切れた鈴木の頰を見て、養護教諭夏野はつぶやいた。
「結構深いわよ〜、これ。なにやったの?」
「ガラスで切りました。俺のイケメンフェイスにワイルド感が増しちゃって、さらにモテモテになっちゃうかも?」
ウケケ、となんだかよくわからないテンション&笑い声を上げる鈴木を無視して、夏野は手際良く傷の手当てを済ませてしまう。
「あんまりやんちゃしちゃだめだからね〜」
「はぁーい!ありがと〜ございます」
ピシッと敬礼する鈴木を、夏野は華麗にスルーするのだった。
「それで、杉浦くんと…」
ちらりと視線を投げられて、京が背筋を伸ばす。
「伊吹っす」
「伊吹くんは、どこか怪我したってわけではないの?」
京がうなずく。
「うっす」
「俺たちは鈴木の付き添いです」
「そう。何か話があるなら早く話しちゃいなさい。先生これから職員室行っちゃうけど、授業にはちゃんとでるのよ」
それにうなずいて、夏野を見送る。
「さて…」
杉浦が低い声で呟く。京がそっと距離をおいた。
「すーずーきーくん!」
「ぎゃぁーす」
不自然なほどに機嫌の良い声音に、感情のこもっていない声音で返答?をする。
京は今になって鈴木についてくるのを若干、後悔した。
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