④
自分で作った切り分け済みのロールケーキと、伊東が作ったロールケーキが一本まるまる台の上に置かれている。
(…ここは楽園だ…)
自分の好きなものが目の前にある。しかも、一本は絶対に美味しいと確信できているものだ。幸せな極みである。
「よかったですね、伊東先輩のケーキもらえて」
「…ああ」
うなずいて、京はフォークを持って手を合わせる。
「いただきます」
美鈴も同じようにして手を合わせて挨拶を済ます。そんな二人に、うさぎはおかしそうに笑いながら自分の作ったロールケーキを切り分けて、それを伊東の元へ運んだ。
「あの二人、かわいいですね」
「だね〜。あんなに俺の作ったお菓子喜んでくれるなら、いくらでも作りたくなる」
かちゃりと音を立てて、うさぎがロールケーキの乗った皿を彼の前に置いた。
「そう思うなら、私の作ったものじゃなくてたまには自分で作ったものも食べればいいんじゃないですか?」
「んー、自分が作ったものより人が作ったもののほうが、なんかよくない?」
相変わらずよくわからないことを言う。彼女はため息をついて、その前の席に座った。そこには伊東が作ったロールケーキが既に切り分けられている。これはうさぎ用のケーキだ。
「「いただきます」」
二人で声を揃えて、食べ始めた。
京はまず、自分たちで作ったロールケーキを一口食べてみる。
(…うまい…)
ほんわりとした気分になりながら、次々にフォークで切ってはそれを口に入れて行く。
あっという間に食べ終えて、伊東からもらったロールケーキに手をつけた。
口に入れた瞬間、明らかに自分たちで作ったロールケーキとは全く異なるその食感と風味に、京は言葉が出なかった。
そして、それを大事そうにゆっくりと食べ進めていき、名残惜しくも最後の一口を飲み込んだ。
彼は師範台でうさぎと仲良く談笑しながらロールケーキを食べている伊東をじっと見つめる。
(あの人はすげぇ…俺が今まで会ったことのない人間だ…尊敬するぜ)
一つうなずいて、視線を戻す。いつかあの人のようにお菓子作りが上手くなればいいなと、京は本気で思った。
余ったロールケーキは持ち帰り可だと言われて、京は嬉々としてタッパーに自分で作ったロールケーキと伊東が作ったロールケーキを入れて行く。
(お袋たちにいい土産ができたな)
美鈴も隣で余った分をタッパーに詰めているのを見て、京は首をかしげる。
「そういや、結城は兄弟いるか?」
唐突な問いかけに、彼女は首を傾げながらもうなずいた。
「い、妹がいます」
「妹…」
一つうなずいて、京は口を開く。
「じゃあ、それも妹にやるのか?」
「は、はい。実は、私がこの部活に入ったのは妹がきっかけなんです。妹が甘いもの好きで…多分、伊吹くんと気が合うじゃないかと」
そうだったのか。妹の気持ちはよくわかる。甘いものは正義だ。
「いい姉貴だな」
「いいいいえ!!とんでもない!私なんてグズでノロマで間抜けで…!!妹はとても優秀なんです」
「そ、そこまで自分を卑下しなくてもいいんじゃ…」
凄い勢いで自分を罵倒した美鈴に驚きながら、京は珍しく苦笑する。それに、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
「ご、ごめんなさい…今後は気をつけます」
「あ、ああ…」
別に怒っているわけではないのだが。やはり人の気持ちというのはわかりづらい。
戸惑いながらもうなずいて、京は務めて声を高めにする。
「今度、会ってみてぇな」
「ぜ、ぜひ!妹も喜びます」
嬉しそうに笑う美鈴に、京はほっと息をついた。
「京ちゃん」
この呼び方は。
振り向くと、案の定伊東が立っていた。
「今日どうだった?」
「楽しかったっす」
素直な感想を口にする京に、彼はニコニコと笑った。
「よかった。それじゃ」
言いながら、伊東は大きな両手をパンパンと叩いた。その音に、談笑していた部員たちが振り向く。
「みんなー、今日から入部した伊吹京くんです。何か困ってそうな時は協力してあげてね」
急な紹介に、京は驚きながらも頭を下げた。
「…よ、よろしくお願いします」
それに、パチパチと拍手がなり始める。
生まれてこの方、こういう風に拍手をもらったことがなかった京は感動した。
(なんていい人たちなんだ…)
家庭科部に入ってよかったと、改めて実感するのだった。
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