③
放課後。美鈴と共に、京はなぜか気合を入れて家庭科室の前に立っていた。
ガラガラッと勢いよくドアを開ける。師範台のところで、伊東とうさぎが何やら話し合っていた。
「こ、こんにちは」
美鈴が挨拶すると、他の部員たちも挨拶を返してくれた。伊東とうさぎも挨拶を返す。
「こんにちは〜。あ、この前の。入部してくれたんだね」
伊東がのほほんとした口調でいうので、京はうなずいた。
「よろしくお願いします」
「うん。よろしく。うさぎも会ってるんだっけ?」
それに、彼女はうなずいた。
「これからよろしくね、伊吹くん。ちょうど今日はロールケーキを作る予定なのよ」
その言葉に、彼はきらりと瞳を輝かせる。
「ロールケーキ…」
「ふふ、甘い物、好きなのよね」
うさぎがその呟きにおかしそうに笑う。京は無言でうなずいた。
「楽しみっす」
「じゃあ、そろそろみんな集まってきたし、作り始めようか。結城ちゃんと京ちゃんも参加してね。俺が説明するから」
言いながら、伊東は腕捲りをしてエプロンを身につける。
(結構筋肉あるな)
あらわになった腕を見て、京は移動しながらもそう思うのだった。
一通りの説明がなされて、早速部員たちが作業に取り掛かる。京は美鈴が一緒にやろうと言ってくれたので、二人でやることになった。
「伊吹くんはお菓子作りしたことある?」
いつのまにか隣にやってきていたうさぎに驚きながらも、彼は首を横に振った。
「初めてっす」
「じゃあ、私も一緒に作ってもいいかな」
それに、京はこくりとうなずいた。頼もしい。美鈴も大きくうなずいている。
さすがに三人で一本のロールケーキを作るのは逆に大変なので、うさぎは二人のお手本として一人で一本作ることにした。京と美鈴は二人で一本だ。
「じゃあ、始めましょうか。まずは材料を量っていってね」
配布されたレシピの分量通りに計量していく。次に白身と黄身に分けたものに数回に分けた砂糖をいれて、ハンドミキサーで泡立て始める。
「メレンゲはツノが立つまでね」
うさぎの言葉にうなずきながら初めて感じるハンドミキサーからの振動に、京は感動した。
(これ、腹に当ててやってたら痩せそうだな…)
やがてピンとツナが立ったのを確認して、次の作業に取り掛かった。
オーブンが出来上がりを告げる機械音を鳴らした。京と美鈴が、そっとオーブンを開ける。中から甘いバニラの香りが立ち込める。
美鈴が鍋つかみを使って台の上に置いた。
出来上がった生地を見て、二人はうなずき合う。
表面は茶色く、ふんわりと膨らんだ柔らかそうなスポンジ生地。間違いなく成功だった。
「うまくできたな」
「はい!よかった…」
「ふふ、上手に焼けてるわね」
自分の分のスポンジ生地を台の上におきながら、うさぎが笑った。
「うっす」
「じゃあ、生地が冷めたらラム酒を打って、さっき泡立てておいたクリームを塗りましょう」
それにうなずいて、京が必要な道具を取りに行く。途中、師範台で一人ロールケーキを作っていた伊東の横を通り過ぎようとして、立ち止まる。
伊東は既に二本のロールケーキを作り終えていて、クッキングシートの上に置かれていた。
(すげぇな。俺なんか結城と2人がかりで生地が焼き終わったばかりなのに)
よほど手際がいいのだろうなと考えていると、ぼーっとしていた伊東と目があった。
「…どうしたの?」
「や…手際いいんすね」
素直に思っていることを口に出してみる。すると、彼は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。後で食べてみる?」
「いいんすか。ぜひ」
楽しみが増えたと思いながら、彼は調理準備室に入っていった。
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